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島国の戦士
第205話 出航日 ~市原 2~
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遠ざかる船のデッキから、手を振る麻乃の姿が見えなくなった。
それを機に修治の家族や子どもたちは、それぞれに帰っていく。
海風は体に良くないからと、塚本が多香子を連れて先に帰ったあとも、市原は高田や隊員たちと一緒に海岸に残っていた。
船が水平線の向こうに消えてしまうまで、高田はずっと見送っていた。
薄曇りの空からは今にも雨が落ちてきそうだ。
さっきまではにぎやかだった海岸も、今は静けさを取り戻している。
「だいぶ冷えてきたな。市原、そろそろ戻るか」
「隊の奴らも引きあげるようですね、雨も降りそうですし、少し急いで戻りましょう」
ざっと海岸を見渡してから、高田に答える。
堤防にとめてある車に向かって歩きながら、高田は麻乃の隊員たちと雑談をかわしていた。
前を歩いていた何人かがざわめき始め、なにごとかと高田とともに前に出ると、丘の上から一台の車がスピードを出したままおりてきて、堤防の脇でとまった。
ドアが勢い良く開き、巫女が一人、あわてた様子で飛び出してきて、海岸を見つめてその場に座り込んだ。
「あれは……イナミさまじゃないか」
高田がつぶやくと、何人かの隊員が駆け寄り、手を貸してイナミを立たせてやった。
「あぁ……やはり間に合わなかった……」
「どうされたんですか? 間に合わなかったとは一体……」
ひどく憔悴した様子のイナミに高田が問いかけると、ハッと我に返ったイナミが、高田にすがりついた。
「シタラさまがお亡くなりに……事情があって、カサネさまがこの出航を一時、止めるようにと……北浜と南浜にも、サツキさまとシズナさまがそれぞれ向かわれたのですが……」
高田は厳しい表情でイナミを見つめている。
シタラが亡くなったのはともかく、カサネが出航を止めるように言ったというのはなぜなのか。
事情とは一体……?
見ると隊員たちも不安をあらわにしている。
「間もなく元蓮華の皆さまに、中央より呼び出しがあるでしょう。高田さまへも御足労いただくことになります。よろしければこのまま、私と一緒に中央までお越しいただけないでしょうか?」
「ちょ……ちょっと待ってください、一体、なにがどうしたというんですか? 出航を止めようって、なんだってそんな……たった今、出ていったばかりですよ?」
麻乃の隊の小坂が、市原よりも先に二人の間に割って入った。
「はっきりとしたことは、まだわかっていないのです。軍の上層の方々を含め、元蓮華の方々にも事情をお話ししたうえでご意見をいただくというのが、カサネさまのお考えだそうです」
「そんな……」
麻乃と鴇汰の隊員たちが、それを聞いて一斉にざわめいた。
吹き抜ける風の冷たさが不安を一層あおり立て、身震いしてしまう。
「少し落ち着け!」
高田の低い声が響き、ざわめきがビタリと止まった。
「まずは私がイナミさまと中央へ行き、詳しく話しをうかがってくる。戻り次第、なにがあったのかを知らせる。全員、通常通り詰所で待機していなさい。おまえたちはあとを任されている身だろう? こんなときにオタオタとしてどうする」
落ち着き払った高田の口調が全員の気持ちを和らげたようで「わかりました」と返事をすると、詰所に戻っていった。
「市原」
「はい」
「そういうことだ。私はこれから中央へ向かう。塚本にも伝え、あとを頼む。多香子には……まだなにも言わずにおいてくれ」
「わかりました」
その答えにうなずいた高田はイナミをいざない、そのまま中央へ出かけてしまった。
それを見送ってから、市原は自分の車の前に立ち、海を振り返った。
重く広がる雲を映した水面は濃い灰色に染まり、大きな飛沫を上げて波音を響かせている。
(出航したばかりだと言うのに……なんだってこんな、おかしなことが……ほかの浜は出航に間に合ったのだろうか? 北浜の修治はどうしただろう)
何の事情もわからないまま、ただ漠然とした思いだけが広がり、車に乗り込むとアクセルを踏み込んで急いで道場へと向かった。
それを機に修治の家族や子どもたちは、それぞれに帰っていく。
海風は体に良くないからと、塚本が多香子を連れて先に帰ったあとも、市原は高田や隊員たちと一緒に海岸に残っていた。
船が水平線の向こうに消えてしまうまで、高田はずっと見送っていた。
薄曇りの空からは今にも雨が落ちてきそうだ。
さっきまではにぎやかだった海岸も、今は静けさを取り戻している。
「だいぶ冷えてきたな。市原、そろそろ戻るか」
「隊の奴らも引きあげるようですね、雨も降りそうですし、少し急いで戻りましょう」
ざっと海岸を見渡してから、高田に答える。
堤防にとめてある車に向かって歩きながら、高田は麻乃の隊員たちと雑談をかわしていた。
前を歩いていた何人かがざわめき始め、なにごとかと高田とともに前に出ると、丘の上から一台の車がスピードを出したままおりてきて、堤防の脇でとまった。
ドアが勢い良く開き、巫女が一人、あわてた様子で飛び出してきて、海岸を見つめてその場に座り込んだ。
「あれは……イナミさまじゃないか」
高田がつぶやくと、何人かの隊員が駆け寄り、手を貸してイナミを立たせてやった。
「あぁ……やはり間に合わなかった……」
「どうされたんですか? 間に合わなかったとは一体……」
ひどく憔悴した様子のイナミに高田が問いかけると、ハッと我に返ったイナミが、高田にすがりついた。
「シタラさまがお亡くなりに……事情があって、カサネさまがこの出航を一時、止めるようにと……北浜と南浜にも、サツキさまとシズナさまがそれぞれ向かわれたのですが……」
高田は厳しい表情でイナミを見つめている。
シタラが亡くなったのはともかく、カサネが出航を止めるように言ったというのはなぜなのか。
事情とは一体……?
見ると隊員たちも不安をあらわにしている。
「間もなく元蓮華の皆さまに、中央より呼び出しがあるでしょう。高田さまへも御足労いただくことになります。よろしければこのまま、私と一緒に中央までお越しいただけないでしょうか?」
「ちょ……ちょっと待ってください、一体、なにがどうしたというんですか? 出航を止めようって、なんだってそんな……たった今、出ていったばかりですよ?」
麻乃の隊の小坂が、市原よりも先に二人の間に割って入った。
「はっきりとしたことは、まだわかっていないのです。軍の上層の方々を含め、元蓮華の方々にも事情をお話ししたうえでご意見をいただくというのが、カサネさまのお考えだそうです」
「そんな……」
麻乃と鴇汰の隊員たちが、それを聞いて一斉にざわめいた。
吹き抜ける風の冷たさが不安を一層あおり立て、身震いしてしまう。
「少し落ち着け!」
高田の低い声が響き、ざわめきがビタリと止まった。
「まずは私がイナミさまと中央へ行き、詳しく話しをうかがってくる。戻り次第、なにがあったのかを知らせる。全員、通常通り詰所で待機していなさい。おまえたちはあとを任されている身だろう? こんなときにオタオタとしてどうする」
落ち着き払った高田の口調が全員の気持ちを和らげたようで「わかりました」と返事をすると、詰所に戻っていった。
「市原」
「はい」
「そういうことだ。私はこれから中央へ向かう。塚本にも伝え、あとを頼む。多香子には……まだなにも言わずにおいてくれ」
「わかりました」
その答えにうなずいた高田はイナミをいざない、そのまま中央へ出かけてしまった。
それを見送ってから、市原は自分の車の前に立ち、海を振り返った。
重く広がる雲を映した水面は濃い灰色に染まり、大きな飛沫を上げて波音を響かせている。
(出航したばかりだと言うのに……なんだってこんな、おかしなことが……ほかの浜は出航に間に合ったのだろうか? 北浜の修治はどうしただろう)
何の事情もわからないまま、ただ漠然とした思いだけが広がり、車に乗り込むとアクセルを踏み込んで急いで道場へと向かった。
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