蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
190 / 780
島国の戦士

第190話 感受 ~岱胡 1~

しおりを挟む
 南詰所を出たところで岱胡は巧に捕まり、焦って帰ろうとするなと、また頭を引っぱたかれた。

 北に行くから途中まで並走していこうと言われ、スピードを出すわけにもいかずジレンマを感じていると、不意に巧が別れ道で車をとめた。

 岱胡もあわててブレーキを踏む。

「なんスか? 急にとまって」

「急ぐ気持もわかるんだけどね、今、事故を起こすわけにはいかないでしょう? とりあえず私のいうことを聞いて、焦らないで帰りなさい」

 巧は岱胡の肩を軽くたたくと車に戻り、そのまま北へ向かっていった。
 山道を走ることを考えると、暗い中、動物が飛び出してこないとも限らない。
 確かに巧のいうように焦るのは良くないだろう。
 岱胡はいつもどおりのスピードで西区まで帰ってきた。

 西詰所の前で車をおりて会議室の窓を見ると、明かりは消えている。
 もう三時を過ぎているせいで、宿舎のほうも明かりの点いている部屋は少ない。
 真っ暗な中に浮かび上がる詰所と宿舎が不気味な雰囲気に見えて、岱胡は急ぎ足で会議室に向かった。

 中には鴇汰の地図と買い置きした食べ物しかない。
 ぐるりと見渡して机の上にメモを見つけた。

『宿舎の麻乃の部屋にいる。戻ったら来てくれ』

 それしか書いてない。
 取り急ぎ宿舎に向かおうと歩き始めたところで、まだ談話室に残っていた隊員の岸本きしもとが顔を出し、岱胡は呼び止められた。

「なにか変わったこととか、あった?」

「いえ、特には……長田隊長が、四階の一番手前を使ってるから、そこに来てくれって言っていましたけど」

「四階? あ、そう」

(メモと違うな……?)

 そう思ったとき、岸本の後ろから茂木もぎが口を挟んできた。

「違う違う。藤川隊長の部屋にいるって言ってくれ、って言っていましたよ」

「え~? なんだよ、どっちが最新情報~?」

 隊員たちは顔を寄せて情報をつき合わせ、藤川隊長のところですね、と言った。

「夕飯どきに、なにか揉めていたみたいで、階段のところで大騒ぎしてましたよ」

「揉めてた? なにそれ!」

 岸本の話しでは、玄関口で鴇汰が大声でなにか文句を言ってるのが聞こえたあと、廊下に大きな物音が響いた。
 数人で様子を見にいったところ、階段の途中で鴇汰が麻乃を肩に担ぎ上げ、落ちた荷物を拾っていたという。

 なんでもないから気にするな、と言い残して、そのまま宿舎の部屋に向かったようだけれど、担がれた麻乃のほうは、大暴れしていたうえにひどく悪態をついていたらしい。

(なんてこった……来いと言われて部屋に行ったら、修羅場だったり血の海になってたりしないだろうな……?)

 う~ん、と唸ったあと、岱胡はガリガリと頭を掻いた。

「まぁ、いいや。とりあえず行ってみるよ。ありがとうな」

 重い足取りで麻乃の部屋の前に立ち、外から様子をうかがう。
 明かりは点いているけれど、中からはなんの物音もしない。
 こうなると岱胡の頭には、もう嫌な想像しか浮かんでこない。

 鴇汰の血まみれになった姿が……。

 ここでためらっていても仕方ないと、思いきってそっとドアを開けた。

「……失礼しまーす」

 半分開けたドアから中をのぞくと、部屋は奇麗に片づいていて、惨劇さんげきが繰り広げられた様子はない。
 ホッとして中に入った。二人の姿は見えない。
 部屋の中は何だか暖かく、なにを作ったのかおいしそうな匂いがしている。
 そっと机に荷物を置いた。

(出かけてるのか? それともやっぱり四階のほうか?)

 つと視線を奥に移すと、ベッドに麻乃が、その横で椅子に座った鴇汰がぐっすり眠っている。
 しかも、また手を繋いで……。
 もしも、ここに修治がいたら、問答無用で目を覚ます間もなく、鴇汰は斬られてしまうんじゃないかと思った。

(なんなんだ? この状況……揉めてたんじゃなかったのか?)

 ベッドで一緒に寝てるところに遭遇しても困るけれど、こんな十二、三の子どもの恋愛みたいな……背中がむず痒くなるような、こっ恥ずかしい場面に遭遇しても本当に困る。

(まぁ、前みたいな勢いで喧嘩をされているよりは、マシかもしれないけどね)

 夕飯もろくに食べていなかったせいで、腹の虫が鳴った。
 調理場の隅に食べ物を見つけ、なるべく静かに温めて食べながら地図を広げると、もう一度、修治と決めてきたルートをさらった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...