188 / 780
島国の戦士
第188話 感受 ~鴇汰 5~
しおりを挟む
もし、そんな相手がいるのなら、麻乃がいくら鴇汰とのことを考えてくれたところで、なんの期待もできないじゃないか。
残った皿を片づけると、麻乃を押しやって洗い物の続きをした。
肩を押した瞬間、怒っているわけではないのがわかった。
誰かほかのやつのことを考えているわけでもないようだ。
それならなんであんなにむきになっていたのかを思い返してみる。
様子がおかしくなったのは、麻乃の姉を褒めたあたりからだった。
(もしかして嫉妬してるとか……?)
一瞬、頭をよぎったけれど、麻乃にかぎってそんなわけがない、と自嘲気味に小さく笑った。
蓮華になんかなりたくなかったと、ただ人を傷つけるだけだと、そう言った麻乃にはなにか思うところがあるようだ。
けれどそれは絶対に開かない扉の向こう側にあって、こちら側からこじ開けようとしても決して開かないだろう。
それがなんなのか気になったけれど、麻乃が自分で開かないかぎり、絶対に触れてはいけないような気がした。
そこに触れた瞬間から遠ざかっていくんじゃないだろうか。
チラリと振り返ると、麻乃は机に頬づえをついて外を見ている。
(ひょっとすると、こいつが覚醒しない原因がそこにあるのかもしれない)
とすれば、そこに触れなければいい。
してはいけないことが一つでもはっきりとわかってるのはありがたい。
もう何年も一緒にいるのに、いまさら気づき、わかることがこんなにあるなんて……。
コーヒーを二つ、一つを濃いめに淹れると机に置いた。
「なぁ、豊穣のルートだけど」
冷蔵庫からチョコレートケーキを出して麻乃に渡し、話題を変えることにした。
「岱胡の話しだと、川の左側のほうが低いから城から見えにくいっていうんだよな。そんで、今回はそっちを使ったらいいんじゃないかと思うんだけど、どうよ?」
「そうだね……見つかりにくいなら、そっちでいいよ。少しでも不安は減らしたいからね」
「だよな。それに右側は崖の高さもかなりあるって言うしよ、いざなにかあって川に飛び込まなきゃならないってときに、ためらっちまうもんな。穂高なんか、岱胡に突き落とされたらしいぜ」
それを聞いて麻乃はやっと笑い、ケーキに手を伸ばした。
「あたし、高いところは全然平気だけど、川に飛び込むとなると変な落ちかたをしたら痛そうだよね? 痛いのは嫌だから、左がいいよ」
「じゃあ、左側で決まりな。あとは向こうに渡ってみて、おかしな雰囲気があったらその都度対応していこうぜ。俺、足手まといかもしれねーけど、そうならないように気をつけるから」
麻乃は急に厳しい目を鴇汰に向けると食べる手を止めて姿勢を正した。
「ちょっと、そこに座りな」
そう言って向かい側の椅子を指差す。
部屋中の雰囲気が変わった気がする。
変な威圧感に、鴇汰は言われたとおり椅子に腰かけた。
(この雰囲気、道場のあの師範と同じだ)
麻乃は真剣な眼差しで鴇汰を見ている。
そして、ゆっくりと言った。
「あたしと鴇汰は、これまで持ち回りでもめったに一緒になったことはないけど、足手まといだなんて一度だって思ったことはない。腕前だって大したものだと思っている。前に出るなら安心してあとを追えるし、後ろを任せることも十分にできる。それで足りない部分はあたしが全部サポートする。自分の力量を過信するのは危険だけれど、そう卑下するものじゃない。自信をなくした男は、あたしは嫌いだ」
普段はぼんやりしている癖に、こんなときには麻乃は厳しい。
たとえ一年でも経験が長いだけのことはあって、しっかりしても見える。
不安定な中にみえる、揺るぎない強さと崩れそうな弱さに、いつも強く惹かれ焚きつけられる。
敵わない相手が、自分を認めてくれているということも嬉しくもあった。
「わかった。もう二度と、そういうことは言わない」
そう答えると、フッと麻乃の表情が緩み、威圧感もすっかり消え去った。
こうなると、ここから先はいつもの麻乃だ。
少し前まで泣いたり興奮したりしていたことが嘘のように、今は暖かい空気が満ちている。
時計が九時を回っていた。
「麻乃、明日は早いとか言ってなかったか?」
「うん。明日は地区別からみんな戻ってくるから」
「あぁ、そうか……もう九時過ぎてるけど、どうすんのよ?」
「うん……もう寝ないと……あたし部屋に戻るよ」
わずかに不安げな表情で、そう言った。
残った皿を片づけると、麻乃を押しやって洗い物の続きをした。
肩を押した瞬間、怒っているわけではないのがわかった。
誰かほかのやつのことを考えているわけでもないようだ。
それならなんであんなにむきになっていたのかを思い返してみる。
様子がおかしくなったのは、麻乃の姉を褒めたあたりからだった。
(もしかして嫉妬してるとか……?)
一瞬、頭をよぎったけれど、麻乃にかぎってそんなわけがない、と自嘲気味に小さく笑った。
蓮華になんかなりたくなかったと、ただ人を傷つけるだけだと、そう言った麻乃にはなにか思うところがあるようだ。
けれどそれは絶対に開かない扉の向こう側にあって、こちら側からこじ開けようとしても決して開かないだろう。
それがなんなのか気になったけれど、麻乃が自分で開かないかぎり、絶対に触れてはいけないような気がした。
そこに触れた瞬間から遠ざかっていくんじゃないだろうか。
チラリと振り返ると、麻乃は机に頬づえをついて外を見ている。
(ひょっとすると、こいつが覚醒しない原因がそこにあるのかもしれない)
とすれば、そこに触れなければいい。
してはいけないことが一つでもはっきりとわかってるのはありがたい。
もう何年も一緒にいるのに、いまさら気づき、わかることがこんなにあるなんて……。
コーヒーを二つ、一つを濃いめに淹れると机に置いた。
「なぁ、豊穣のルートだけど」
冷蔵庫からチョコレートケーキを出して麻乃に渡し、話題を変えることにした。
「岱胡の話しだと、川の左側のほうが低いから城から見えにくいっていうんだよな。そんで、今回はそっちを使ったらいいんじゃないかと思うんだけど、どうよ?」
「そうだね……見つかりにくいなら、そっちでいいよ。少しでも不安は減らしたいからね」
「だよな。それに右側は崖の高さもかなりあるって言うしよ、いざなにかあって川に飛び込まなきゃならないってときに、ためらっちまうもんな。穂高なんか、岱胡に突き落とされたらしいぜ」
それを聞いて麻乃はやっと笑い、ケーキに手を伸ばした。
「あたし、高いところは全然平気だけど、川に飛び込むとなると変な落ちかたをしたら痛そうだよね? 痛いのは嫌だから、左がいいよ」
「じゃあ、左側で決まりな。あとは向こうに渡ってみて、おかしな雰囲気があったらその都度対応していこうぜ。俺、足手まといかもしれねーけど、そうならないように気をつけるから」
麻乃は急に厳しい目を鴇汰に向けると食べる手を止めて姿勢を正した。
「ちょっと、そこに座りな」
そう言って向かい側の椅子を指差す。
部屋中の雰囲気が変わった気がする。
変な威圧感に、鴇汰は言われたとおり椅子に腰かけた。
(この雰囲気、道場のあの師範と同じだ)
麻乃は真剣な眼差しで鴇汰を見ている。
そして、ゆっくりと言った。
「あたしと鴇汰は、これまで持ち回りでもめったに一緒になったことはないけど、足手まといだなんて一度だって思ったことはない。腕前だって大したものだと思っている。前に出るなら安心してあとを追えるし、後ろを任せることも十分にできる。それで足りない部分はあたしが全部サポートする。自分の力量を過信するのは危険だけれど、そう卑下するものじゃない。自信をなくした男は、あたしは嫌いだ」
普段はぼんやりしている癖に、こんなときには麻乃は厳しい。
たとえ一年でも経験が長いだけのことはあって、しっかりしても見える。
不安定な中にみえる、揺るぎない強さと崩れそうな弱さに、いつも強く惹かれ焚きつけられる。
敵わない相手が、自分を認めてくれているということも嬉しくもあった。
「わかった。もう二度と、そういうことは言わない」
そう答えると、フッと麻乃の表情が緩み、威圧感もすっかり消え去った。
こうなると、ここから先はいつもの麻乃だ。
少し前まで泣いたり興奮したりしていたことが嘘のように、今は暖かい空気が満ちている。
時計が九時を回っていた。
「麻乃、明日は早いとか言ってなかったか?」
「うん。明日は地区別からみんな戻ってくるから」
「あぁ、そうか……もう九時過ぎてるけど、どうすんのよ?」
「うん……もう寝ないと……あたし部屋に戻るよ」
わずかに不安げな表情で、そう言った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる