蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
187 / 780
島国の戦士

第187話 感受 ~鴇汰 4~

しおりを挟む
「……でね、思ったよりスピードもあるから突進されると、必死に逃げても追いつかれてさ、どうにか誘導して落とし穴にはめたときは、みんなも飛び上がって喜んでたよ。でもね、一頭が落ちるとそこはもう使えないから……」

「一頭が、って、全部で何頭いたのよ?」

「えっ? 三頭だよ。残りの二頭はそんなに大きくなかったから、二手にわかれて一頭ずつ斬り倒したんだ。もうね、追われてるときはもの凄いスリルで面白かったよ、角を当てられたら大怪我だもん」

「あぁ、そうだろうな」

「でもさ、逃げるのも、避けかたでスタミナとか力量がわかるよね。危なそうな子が何人かいたし。次からはそこら辺も鍛えないと……」

 鴇汰は頬づえをついて聞いていたけれど、あんまり熱心に語る麻乃の姿が面白くて、口もとが緩んだ。
 それに気づいた麻乃は、我に返ったようにハッとして頬を赤く染めている。

「ごめん……こんな話し、つまらないよね」

「そんなことねーよ。麻乃って、こういう話しになると、本当に生き生きしてるよな。刀の選別とかでもさ」

 麻乃は答えずに箸を運ぶ。

「調理したのはあの人だろ? 道場の娘さん」

 鴇汰の問いに驚いて、視線をこちらに向けた麻乃が、今度は逆に問いかけてきた。

「どうしてそういうの、わかるの? 多香子姉さんも鴇汰が作ったスープを飲んだだけで、お弁当とオレンジケーキを作ったのが鴇汰だってわかってたけど、どうして?」

「なんとなく、癖みたいなのがあるんだよ。それだけ」

 麻乃は納得のいかない顔つきで、首をかしげている。

「多香子姉さんはまだ具合が良くなくて作ったのはうちのやつらなんだけど、味付けの指示をしたのは姉さんなんだよね」

「やっぱそうか。凄いよなホント。なるほどね、こういう味付けもあるのか……」

 感心してあらためて食べながら、鴇汰は料理になにが使われているのかを考えていた。
 どのくらいそうして考えていたのか、半分以上を平らげたところで、会話が途切れて長いことに気づいた。

 ふと麻乃に視線を向けるとうつむいたまま黙々と食べ続けている。なにか落ち込んでいるふうに見えるのが気になった。

「どうしたんだよ?」

「ううん……あたし……なんか羨ましくて。なんで姉さんみたいな女性になれないんだろう、ってさ」

「おまえが? あの人みたいに?」

 突拍子もない麻乃の言葉に、鴇汰は思わず、声をあげて笑ってしまった。

「なにがそんなにおかしいのさ! 普通に料理や掃除をしたり、人にハンカチを差し出したり、そんなことができるようになりたい、って、あたしが考えるのがそんなにおかしい?」

「そうじゃねーよ。そんなんじゃなくて……だって麻乃は蓮華じゃねーか。あんな、なよっちいんじゃ話しになんねーじゃん」

「あたしは別に、蓮華になんかなりたくなかったから!」

 突然怒り始めた姿を唖然として見つめた。
 しかも蓮華になりたくなかったって……?

「あたしだって、ただの戦士だったらチャコみたいに……戦士じゃなかったら多香子姉さんみたいに、普通に暮らしていたかもしれないのに!」

「普通普通って、麻乃だって普通じゃねーか。蓮華とかただの戦士とか、そんなことに人として大きな差はねーだろ? 違いがあるとすりゃあ腕前くらいだぜ?」

 何がそんなに、麻乃の怒りに触れたのかわからないけれど、だんだんと興奮してきてるのは鴇汰にもわかる。
 穂高の奥さんの話しまで出てくるのは、どういうことなんだろうか。

「だいたい、なんだよ? 一人一人、違うのなんか当たり前だろ? 麻乃は麻乃じゃんか。そのまんまのおまえでなにか問題でもあるのかよ?」

「だって……たいていの人はあんな女性が好きでしょ。あたしが男だったら、絶対あんな人を嫁さんにほしいもん。なのにあたしは、ただ人を傷つけるだけで……」

 不意に黙った麻乃は、食べ終わった食器を流しに持っていき、洗い始めた。

「そうとも限らねーだろ? そりゃあ、ああいうタイプが好きなやつは、多いかもしれないけどな」

「ホラね、そうでしょ?」

「ホラね、って……みんながみんな、そうじゃねーじゃん。俺なんかたいていのことは自分でできるから、相手がなにもできなくったってなんの問題も感じねーし、いい食材を調達してきたり、俺が作ったもんをうまそうに食ってくれるようなやつのほうが絶対いいけどな」

 なんだって急に、そんなことを言い出したんだか……麻乃のいう『普通』とやらに見られたい相手でもいるんだろうか?

 急に不安になって麻乃の背中を見た。
 不器用な手つきで洗い物を続けている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

処理中です...