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島国の戦士
第187話 感受 ~鴇汰 4~
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「……でね、思ったよりスピードもあるから突進されると、必死に逃げても追いつかれてさ、どうにか誘導して落とし穴にはめたときは、みんなも飛び上がって喜んでたよ。でもね、一頭が落ちるとそこはもう使えないから……」
「一頭が、って、全部で何頭いたのよ?」
「えっ? 三頭だよ。残りの二頭はそんなに大きくなかったから、二手にわかれて一頭ずつ斬り倒したんだ。もうね、追われてるときはもの凄いスリルで面白かったよ、角を当てられたら大怪我だもん」
「あぁ、そうだろうな」
「でもさ、逃げるのも、避けかたでスタミナとか力量がわかるよね。危なそうな子が何人かいたし。次からはそこら辺も鍛えないと……」
鴇汰は頬づえをついて聞いていたけれど、あんまり熱心に語る麻乃の姿が面白くて、口もとが緩んだ。
それに気づいた麻乃は、我に返ったようにハッとして頬を赤く染めている。
「ごめん……こんな話し、つまらないよね」
「そんなことねーよ。麻乃って、こういう話しになると、本当に生き生きしてるよな。刀の選別とかでもさ」
麻乃は答えずに箸を運ぶ。
「調理したのはあの人だろ? 道場の娘さん」
鴇汰の問いに驚いて、視線をこちらに向けた麻乃が、今度は逆に問いかけてきた。
「どうしてそういうの、わかるの? 多香子姉さんも鴇汰が作ったスープを飲んだだけで、お弁当とオレンジケーキを作ったのが鴇汰だってわかってたけど、どうして?」
「なんとなく、癖みたいなのがあるんだよ。それだけ」
麻乃は納得のいかない顔つきで、首をかしげている。
「多香子姉さんはまだ具合が良くなくて作ったのはうちのやつらなんだけど、味付けの指示をしたのは姉さんなんだよね」
「やっぱそうか。凄いよなホント。なるほどね、こういう味付けもあるのか……」
感心してあらためて食べながら、鴇汰は料理になにが使われているのかを考えていた。
どのくらいそうして考えていたのか、半分以上を平らげたところで、会話が途切れて長いことに気づいた。
ふと麻乃に視線を向けるとうつむいたまま黙々と食べ続けている。なにか落ち込んでいるふうに見えるのが気になった。
「どうしたんだよ?」
「ううん……あたし……なんか羨ましくて。なんで姉さんみたいな女性になれないんだろう、ってさ」
「おまえが? あの人みたいに?」
突拍子もない麻乃の言葉に、鴇汰は思わず、声をあげて笑ってしまった。
「なにがそんなにおかしいのさ! 普通に料理や掃除をしたり、人にハンカチを差し出したり、そんなことができるようになりたい、って、あたしが考えるのがそんなにおかしい?」
「そうじゃねーよ。そんなんじゃなくて……だって麻乃は蓮華じゃねーか。あんな、なよっちいんじゃ話しになんねーじゃん」
「あたしは別に、蓮華になんかなりたくなかったから!」
突然怒り始めた姿を唖然として見つめた。
しかも蓮華になりたくなかったって……?
「あたしだって、ただの戦士だったらチャコみたいに……戦士じゃなかったら多香子姉さんみたいに、普通に暮らしていたかもしれないのに!」
「普通普通って、麻乃だって普通じゃねーか。蓮華とかただの戦士とか、そんなことに人として大きな差はねーだろ? 違いがあるとすりゃあ腕前くらいだぜ?」
何がそんなに、麻乃の怒りに触れたのかわからないけれど、だんだんと興奮してきてるのは鴇汰にもわかる。
穂高の奥さんの話しまで出てくるのは、どういうことなんだろうか。
「だいたい、なんだよ? 一人一人、違うのなんか当たり前だろ? 麻乃は麻乃じゃんか。そのまんまのおまえでなにか問題でもあるのかよ?」
「だって……たいていの人はあんな女性が好きでしょ。あたしが男だったら、絶対あんな人を嫁さんにほしいもん。なのにあたしは、ただ人を傷つけるだけで……」
不意に黙った麻乃は、食べ終わった食器を流しに持っていき、洗い始めた。
「そうとも限らねーだろ? そりゃあ、ああいうタイプが好きなやつは、多いかもしれないけどな」
「ホラね、そうでしょ?」
「ホラね、って……みんながみんな、そうじゃねーじゃん。俺なんかたいていのことは自分でできるから、相手がなにもできなくったってなんの問題も感じねーし、いい食材を調達してきたり、俺が作ったもんをうまそうに食ってくれるようなやつのほうが絶対いいけどな」
なんだって急に、そんなことを言い出したんだか……麻乃のいう『普通』とやらに見られたい相手でもいるんだろうか?
急に不安になって麻乃の背中を見た。
不器用な手つきで洗い物を続けている。
「一頭が、って、全部で何頭いたのよ?」
「えっ? 三頭だよ。残りの二頭はそんなに大きくなかったから、二手にわかれて一頭ずつ斬り倒したんだ。もうね、追われてるときはもの凄いスリルで面白かったよ、角を当てられたら大怪我だもん」
「あぁ、そうだろうな」
「でもさ、逃げるのも、避けかたでスタミナとか力量がわかるよね。危なそうな子が何人かいたし。次からはそこら辺も鍛えないと……」
鴇汰は頬づえをついて聞いていたけれど、あんまり熱心に語る麻乃の姿が面白くて、口もとが緩んだ。
それに気づいた麻乃は、我に返ったようにハッとして頬を赤く染めている。
「ごめん……こんな話し、つまらないよね」
「そんなことねーよ。麻乃って、こういう話しになると、本当に生き生きしてるよな。刀の選別とかでもさ」
麻乃は答えずに箸を運ぶ。
「調理したのはあの人だろ? 道場の娘さん」
鴇汰の問いに驚いて、視線をこちらに向けた麻乃が、今度は逆に問いかけてきた。
「どうしてそういうの、わかるの? 多香子姉さんも鴇汰が作ったスープを飲んだだけで、お弁当とオレンジケーキを作ったのが鴇汰だってわかってたけど、どうして?」
「なんとなく、癖みたいなのがあるんだよ。それだけ」
麻乃は納得のいかない顔つきで、首をかしげている。
「多香子姉さんはまだ具合が良くなくて作ったのはうちのやつらなんだけど、味付けの指示をしたのは姉さんなんだよね」
「やっぱそうか。凄いよなホント。なるほどね、こういう味付けもあるのか……」
感心してあらためて食べながら、鴇汰は料理になにが使われているのかを考えていた。
どのくらいそうして考えていたのか、半分以上を平らげたところで、会話が途切れて長いことに気づいた。
ふと麻乃に視線を向けるとうつむいたまま黙々と食べ続けている。なにか落ち込んでいるふうに見えるのが気になった。
「どうしたんだよ?」
「ううん……あたし……なんか羨ましくて。なんで姉さんみたいな女性になれないんだろう、ってさ」
「おまえが? あの人みたいに?」
突拍子もない麻乃の言葉に、鴇汰は思わず、声をあげて笑ってしまった。
「なにがそんなにおかしいのさ! 普通に料理や掃除をしたり、人にハンカチを差し出したり、そんなことができるようになりたい、って、あたしが考えるのがそんなにおかしい?」
「そうじゃねーよ。そんなんじゃなくて……だって麻乃は蓮華じゃねーか。あんな、なよっちいんじゃ話しになんねーじゃん」
「あたしは別に、蓮華になんかなりたくなかったから!」
突然怒り始めた姿を唖然として見つめた。
しかも蓮華になりたくなかったって……?
「あたしだって、ただの戦士だったらチャコみたいに……戦士じゃなかったら多香子姉さんみたいに、普通に暮らしていたかもしれないのに!」
「普通普通って、麻乃だって普通じゃねーか。蓮華とかただの戦士とか、そんなことに人として大きな差はねーだろ? 違いがあるとすりゃあ腕前くらいだぜ?」
何がそんなに、麻乃の怒りに触れたのかわからないけれど、だんだんと興奮してきてるのは鴇汰にもわかる。
穂高の奥さんの話しまで出てくるのは、どういうことなんだろうか。
「だいたい、なんだよ? 一人一人、違うのなんか当たり前だろ? 麻乃は麻乃じゃんか。そのまんまのおまえでなにか問題でもあるのかよ?」
「だって……たいていの人はあんな女性が好きでしょ。あたしが男だったら、絶対あんな人を嫁さんにほしいもん。なのにあたしは、ただ人を傷つけるだけで……」
不意に黙った麻乃は、食べ終わった食器を流しに持っていき、洗い始めた。
「そうとも限らねーだろ? そりゃあ、ああいうタイプが好きなやつは、多いかもしれないけどな」
「ホラね、そうでしょ?」
「ホラね、って……みんながみんな、そうじゃねーじゃん。俺なんかたいていのことは自分でできるから、相手がなにもできなくったってなんの問題も感じねーし、いい食材を調達してきたり、俺が作ったもんをうまそうに食ってくれるようなやつのほうが絶対いいけどな」
なんだって急に、そんなことを言い出したんだか……麻乃のいう『普通』とやらに見られたい相手でもいるんだろうか?
急に不安になって麻乃の背中を見た。
不器用な手つきで洗い物を続けている。
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