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島国の戦士
第174話 過去の記録 ~梁瀬 2~
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窓の向こうには真っ青な空が見えるだけで、時折、子どもたちの声と、飛ばした鳥もどきがチラリと見える。
「心当たりがないわけでもありません」
「本当ですか!」
突然の母の言葉に、梁瀬はつい身を乗り出す。
「三人ほど、強力な回復術を扱い、さまざまな術に長けたかたを知っています」
「三人も? それは大陸の人間ですよね?」
泉翔でそれだけの使い手がいれば、梁瀬の耳に入らないはずがない。
まったく聞いたことがないということは、考えたくはないけれど、大陸の人間でしかありえない。
「そう、大陸には賢者と呼ばれるものが三人います。彼らであれば、大きな怪我も一晩どころかものの数分で治してしまうでしょう。術に嵌めることもしかりです」
「そんなに……それほどの力があるなら、この国へ侵入することもきっと簡単にできますよね? 一体どこの……」
「けれど、それも無理です」
「無理? それもですか!」
「三人のうち、二人は既に亡くなっています」
遠い昔を見るように細めていた目を閉じ、母は静かにそう言った。
「そして、あとの一人は大切なものを守るため、世を捨て、隠遁《いんとん》しています」
「八方ふさがりか……」
梁瀬は机の上で、頭を抱えてうなった。
ここへくれば大陸へ渡る前に、なんらかの情報がつかめるかもしれないと思ったけれど、やはり無理なものは無理でしかなく、梁瀬の耳に入ってくるのと同じで特別な使い手がいるわけでもないらしい。
ふと、西浜のロマジェリカ戦を思い出した。
「そう言えば、大陸には傀儡か暗示か、あるいは洗脳か、そんな術に長けたものがいるんでしょうか?」
「ええ、それが亡くなった賢者の一人ですよ。そのあとは、特別に抜きん出たものはいないようですけれど」
「数百、いや、もしかすると数千まで動かせるような……」
おもむろに母は机をビシッとたたいた。
「あなたはさっきから、なにを世迷言ばかり並べているのですか!」
「そう怒らないでくださいよ……僕にだってありえないことぐらいはわかっています。わかっているんですけど、これはすべて本当にあったことなんですから」
とりあえず、怒りを静めてもらうために、梁瀬は西浜のロマジェリカ戦で起きたことから話した。
麻乃のことも、大よその事情は聞いているだろうと思い、怪我のこと、精神状態の不安定さ、庸儀戦でのことまで包み隠さずに話した。
険しかった表情が徐々に緩み、信用しているかどうかはともかく、母の怒りはおさまったようで、梁瀬は心底ホッとした。
「僕らは今年、それぞれが慣れない土地に向かうことになりました。不穏な要素はできるだけ少なくしたい。けれど、なにもかもが中途半端なままで手の出しようがないんですよ」
「困りましたね……父さんの留守中に話していいものか……少しお待ちなさい」
母は立ちあがり、部屋を出ていってしまった。
あの口ぶりだと、なにかを知っているようだ。
(それにしても堅苦しい……)
もう温くなったお茶をガブリと飲むと、梁瀬は足を伸ばして、ゴロリと横になった。
天井を眺めていると、数カ所にシミが見える。
(もう、ここも建ってから古い。雨漏りでもするのかもしれないな。修繕しないといけないか)
ジッと天井のシミを見つめた。
なにかを思い出しそうで思い出せない。
一体、なんだろう?
記憶を手繰り寄せながら、ぼんやりと時計を見た。
母が出ていってから、十分以上たつ。
嫌な予感がして、梁瀬はあわてて飛び起きた。
(長居し過ぎたかも……また見合いにでも持ち込まれたら面倒だ)
黙って帰るのも気が引けるけれど仕方ないだろう。
そう思ってそっと襖を開けると、目の前に母が立っていて、腰が抜けるかと思うほど驚いた。
「どうしました?」
「いえ、あまり遅いのでどうしたかと思って……」
母は、古びた小さな桐の箱を手にしている。
机にそれを置き、中から数枚の紙を取り出した。
「あなたも、この国の文献については、良く知っていると思います」
丁寧に紙を広げながら、そう言った母に、梁瀬はうなずいた。
「大陸にはもっと多くの伝承があり、それがこの一つです。ロマジェリカで知り合った巫女からあずかりました」
「そのかたは?」
「あの忌まわしい粛清の日に亡くなられています」
部屋を重苦しい空気が包んだ。
「心当たりがないわけでもありません」
「本当ですか!」
突然の母の言葉に、梁瀬はつい身を乗り出す。
「三人ほど、強力な回復術を扱い、さまざまな術に長けたかたを知っています」
「三人も? それは大陸の人間ですよね?」
泉翔でそれだけの使い手がいれば、梁瀬の耳に入らないはずがない。
まったく聞いたことがないということは、考えたくはないけれど、大陸の人間でしかありえない。
「そう、大陸には賢者と呼ばれるものが三人います。彼らであれば、大きな怪我も一晩どころかものの数分で治してしまうでしょう。術に嵌めることもしかりです」
「そんなに……それほどの力があるなら、この国へ侵入することもきっと簡単にできますよね? 一体どこの……」
「けれど、それも無理です」
「無理? それもですか!」
「三人のうち、二人は既に亡くなっています」
遠い昔を見るように細めていた目を閉じ、母は静かにそう言った。
「そして、あとの一人は大切なものを守るため、世を捨て、隠遁《いんとん》しています」
「八方ふさがりか……」
梁瀬は机の上で、頭を抱えてうなった。
ここへくれば大陸へ渡る前に、なんらかの情報がつかめるかもしれないと思ったけれど、やはり無理なものは無理でしかなく、梁瀬の耳に入ってくるのと同じで特別な使い手がいるわけでもないらしい。
ふと、西浜のロマジェリカ戦を思い出した。
「そう言えば、大陸には傀儡か暗示か、あるいは洗脳か、そんな術に長けたものがいるんでしょうか?」
「ええ、それが亡くなった賢者の一人ですよ。そのあとは、特別に抜きん出たものはいないようですけれど」
「数百、いや、もしかすると数千まで動かせるような……」
おもむろに母は机をビシッとたたいた。
「あなたはさっきから、なにを世迷言ばかり並べているのですか!」
「そう怒らないでくださいよ……僕にだってありえないことぐらいはわかっています。わかっているんですけど、これはすべて本当にあったことなんですから」
とりあえず、怒りを静めてもらうために、梁瀬は西浜のロマジェリカ戦で起きたことから話した。
麻乃のことも、大よその事情は聞いているだろうと思い、怪我のこと、精神状態の不安定さ、庸儀戦でのことまで包み隠さずに話した。
険しかった表情が徐々に緩み、信用しているかどうかはともかく、母の怒りはおさまったようで、梁瀬は心底ホッとした。
「僕らは今年、それぞれが慣れない土地に向かうことになりました。不穏な要素はできるだけ少なくしたい。けれど、なにもかもが中途半端なままで手の出しようがないんですよ」
「困りましたね……父さんの留守中に話していいものか……少しお待ちなさい」
母は立ちあがり、部屋を出ていってしまった。
あの口ぶりだと、なにかを知っているようだ。
(それにしても堅苦しい……)
もう温くなったお茶をガブリと飲むと、梁瀬は足を伸ばして、ゴロリと横になった。
天井を眺めていると、数カ所にシミが見える。
(もう、ここも建ってから古い。雨漏りでもするのかもしれないな。修繕しないといけないか)
ジッと天井のシミを見つめた。
なにかを思い出しそうで思い出せない。
一体、なんだろう?
記憶を手繰り寄せながら、ぼんやりと時計を見た。
母が出ていってから、十分以上たつ。
嫌な予感がして、梁瀬はあわてて飛び起きた。
(長居し過ぎたかも……また見合いにでも持ち込まれたら面倒だ)
黙って帰るのも気が引けるけれど仕方ないだろう。
そう思ってそっと襖を開けると、目の前に母が立っていて、腰が抜けるかと思うほど驚いた。
「どうしました?」
「いえ、あまり遅いのでどうしたかと思って……」
母は、古びた小さな桐の箱を手にしている。
机にそれを置き、中から数枚の紙を取り出した。
「あなたも、この国の文献については、良く知っていると思います」
丁寧に紙を広げながら、そう言った母に、梁瀬はうなずいた。
「大陸にはもっと多くの伝承があり、それがこの一つです。ロマジェリカで知り合った巫女からあずかりました」
「そのかたは?」
「あの忌まわしい粛清の日に亡くなられています」
部屋を重苦しい空気が包んだ。
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