蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
173 / 780
島国の戦士

第173話 過去の記録 ~梁瀬 1~

しおりを挟む
 ――自宅の敷居が高い。

 ここへ帰ってくるのは久しぶりだ。
 梁瀬の実家は、西区で術師を育てる道場を営んでいる。

 両親ともになかなかの使い手と言われ、まだロマジェリカに暮らしていた幼いころから、梁瀬は厳しく鍛えられてきた。
 親としてはもちろん、術師としても人間的にも尊敬している存在ではあるけれど……。

「はぁ……」

 自宅に近づくほどに、足枷をはめたように梁瀬の足は重くなる。
 もう十年以上前、まだ蓮華になりたてのころ、まったく乗り気じゃなかったのに、両親の熱心且つ強引な勧めでうっかり結婚してしまった。

 乗り気じゃなかったうえに、相手の女性がいろいろな意味でひどく強い人で、どうにも一緒にいることができなくて、梁瀬はわずか一年半で泣いて拝んで離婚した。

 ――以来、どうも両親とはうまくない。

 顔を合わせれば誰かいい相手はいないのか、早く結婚しなさいだの、孫の顔が見たいだの、あれやこれやと急かしてくるうえに油断してると即お見合いだ。

 両親曰く、男たるもの家庭を持ってこそ一人前、だと言うけれど、どうも梁瀬には向かない気がするし、なによりそう思える相手に出会わない。

 歳を重ねるにつれ面倒になってきて、自然と足が遠のいてから、もう数年がたっている。
 今では年に一度帰ってくればいいほうだろう。

 さすがに少し熱は冷めたようだけれど、前もって帰ることを伝えるとなんの準備をされてるかわからないから、今日はいきなり帰ってきた。

 ため息まじりに、まずは道場のほうへ顔を出した。

 地区別演習のせいで子どもの数は少なく、師範もほとんどが出払っていて、梁瀬は少し拍子抜けした。

「まぁ、これは珍しいこと。あなたのほうから顔を出すなんて」

「突然にすみません」

 小さな子どもたちを指導していた母親に声をかけられ、中へ入ると礼をした。

「今日は父さんは東区へ?」

「ええ、今年は私が留守をあずかることになったのよ」

「そう……ですか……少しばかり二人にたずねたいことがあったんですけど」

「もうそろそろ豊穣のはずなのに、なにか迷ってるのですか?」

 母は奥の部屋で待っているように、と言い残し、おもてで指導中の師範のところへ向かった。
 とりあえず、母の意見だけでも聞ければと思い、梁瀬は奥の部屋で待つことにした。

 数分後、部屋へやってきた母は、お茶を手にしている。
 ほかにはなにも持っていないようだ。

「最近はなにやらいろいろと面倒なことがあったようですね」

 きっとほかの道場から、話しが回ってくるのだろう。
 もちろん、麻乃と修治の道場からも。

「ええ、なにがどうと問われると、明確に答えることができないんですが、どうも腑に落ちないことが多いんです」

「今は父さんは留守にしていますけど、たいていのことなら私でもわかるはずですよ」

 目の前に置かれたお茶を手に一口すすると、母はフッと息を漏した。
 梁瀬も湯飲みに口をつけ、喉を潤す。

「まずなにから話したらいいのか……そうだな……例えば歩けなくなるほどの怪我を、回復術で、それも一晩で治すことは可能なんでしょうか?」

「歩けないほどでしょう? それは無理ですよ。あなたも知ってるでしょう?」

「そうですね。それじゃあ、暗示にかかりにくい相手に対して、さしたる準備もせずに戦争中、術中に嵌めることは?」

「それも無理です。かかったとしたら、それはなにかしら下準備があったということですよ」

 母は半ば呆れ気味に梁瀬を見つめた。

「いまさら、そんなことで迷っているのですか?」

「いや、迷ってるというより、わからなくなって。僕がかけようとした暗示も金縛りも、まったく効かない。けれど、どう聞いても、なんらかの術中に嵌ってるとしか思えない状態の人がいて……」

 指先でコツコツと机をたたいたのを、母にたしなめられて指を止めた。

「それぞれの国には、その国独自の術やかけかた、さまざまな違いがあるでしょう?」

「はい」

「あなたは私の血を濃く継いでいるからか、どちらかというとヘイト寄りの術が強いけれど、ロマジェリカの流れもしっかりとくんでいます。それに豊穣で庸儀へ行くたびに、庸儀の術も身につけて戻ってますね? そのあなたにかけられない相手なら、相当かかりが悪いはずです」

「そうですね……敵ではない以上、嵌める必要もなかったから、これまで下準備をしたこともない。だからそれが原因になってしまった、ということもないと思うんです」

 不意に母の視線が窓の外へ向いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...