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島国の戦士
第173話 過去の記録 ~梁瀬 1~
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――自宅の敷居が高い。
ここへ帰ってくるのは久しぶりだ。
梁瀬の実家は、西区で術師を育てる道場を営んでいる。
両親ともになかなかの使い手と言われ、まだロマジェリカに暮らしていた幼いころから、梁瀬は厳しく鍛えられてきた。
親としてはもちろん、術師としても人間的にも尊敬している存在ではあるけれど……。
「はぁ……」
自宅に近づくほどに、足枷をはめたように梁瀬の足は重くなる。
もう十年以上前、まだ蓮華になりたてのころ、まったく乗り気じゃなかったのに、両親の熱心且つ強引な勧めでうっかり結婚してしまった。
乗り気じゃなかったうえに、相手の女性がいろいろな意味でひどく強い人で、どうにも一緒にいることができなくて、梁瀬はわずか一年半で泣いて拝んで離婚した。
――以来、どうも両親とはうまくない。
顔を合わせれば誰かいい相手はいないのか、早く結婚しなさいだの、孫の顔が見たいだの、あれやこれやと急かしてくるうえに油断してると即お見合いだ。
両親曰く、男たるもの家庭を持ってこそ一人前、だと言うけれど、どうも梁瀬には向かない気がするし、なによりそう思える相手に出会わない。
歳を重ねるにつれ面倒になってきて、自然と足が遠のいてから、もう数年がたっている。
今では年に一度帰ってくればいいほうだろう。
さすがに少し熱は冷めたようだけれど、前もって帰ることを伝えるとなんの準備をされてるかわからないから、今日はいきなり帰ってきた。
ため息まじりに、まずは道場のほうへ顔を出した。
地区別演習のせいで子どもの数は少なく、師範もほとんどが出払っていて、梁瀬は少し拍子抜けした。
「まぁ、これは珍しいこと。あなたのほうから顔を出すなんて」
「突然にすみません」
小さな子どもたちを指導していた母親に声をかけられ、中へ入ると礼をした。
「今日は父さんは東区へ?」
「ええ、今年は私が留守をあずかることになったのよ」
「そう……ですか……少しばかり二人にたずねたいことがあったんですけど」
「もうそろそろ豊穣のはずなのに、なにか迷ってるのですか?」
母は奥の部屋で待っているように、と言い残し、おもてで指導中の師範のところへ向かった。
とりあえず、母の意見だけでも聞ければと思い、梁瀬は奥の部屋で待つことにした。
数分後、部屋へやってきた母は、お茶を手にしている。
ほかにはなにも持っていないようだ。
「最近はなにやらいろいろと面倒なことがあったようですね」
きっとほかの道場から、話しが回ってくるのだろう。
もちろん、麻乃と修治の道場からも。
「ええ、なにがどうと問われると、明確に答えることができないんですが、どうも腑に落ちないことが多いんです」
「今は父さんは留守にしていますけど、たいていのことなら私でもわかるはずですよ」
目の前に置かれたお茶を手に一口すすると、母はフッと息を漏した。
梁瀬も湯飲みに口をつけ、喉を潤す。
「まずなにから話したらいいのか……そうだな……例えば歩けなくなるほどの怪我を、回復術で、それも一晩で治すことは可能なんでしょうか?」
「歩けないほどでしょう? それは無理ですよ。あなたも知ってるでしょう?」
「そうですね。それじゃあ、暗示にかかりにくい相手に対して、さしたる準備もせずに戦争中、術中に嵌めることは?」
「それも無理です。かかったとしたら、それはなにかしら下準備があったということですよ」
母は半ば呆れ気味に梁瀬を見つめた。
「いまさら、そんなことで迷っているのですか?」
「いや、迷ってるというより、わからなくなって。僕がかけようとした暗示も金縛りも、まったく効かない。けれど、どう聞いても、なんらかの術中に嵌ってるとしか思えない状態の人がいて……」
指先でコツコツと机をたたいたのを、母にたしなめられて指を止めた。
「それぞれの国には、その国独自の術やかけかた、さまざまな違いがあるでしょう?」
「はい」
「あなたは私の血を濃く継いでいるからか、どちらかというとヘイト寄りの術が強いけれど、ロマジェリカの流れもしっかりとくんでいます。それに豊穣で庸儀へ行くたびに、庸儀の術も身につけて戻ってますね? そのあなたにかけられない相手なら、相当かかりが悪いはずです」
「そうですね……敵ではない以上、嵌める必要もなかったから、これまで下準備をしたこともない。だからそれが原因になってしまった、ということもないと思うんです」
不意に母の視線が窓の外へ向いた。
ここへ帰ってくるのは久しぶりだ。
梁瀬の実家は、西区で術師を育てる道場を営んでいる。
両親ともになかなかの使い手と言われ、まだロマジェリカに暮らしていた幼いころから、梁瀬は厳しく鍛えられてきた。
親としてはもちろん、術師としても人間的にも尊敬している存在ではあるけれど……。
「はぁ……」
自宅に近づくほどに、足枷をはめたように梁瀬の足は重くなる。
もう十年以上前、まだ蓮華になりたてのころ、まったく乗り気じゃなかったのに、両親の熱心且つ強引な勧めでうっかり結婚してしまった。
乗り気じゃなかったうえに、相手の女性がいろいろな意味でひどく強い人で、どうにも一緒にいることができなくて、梁瀬はわずか一年半で泣いて拝んで離婚した。
――以来、どうも両親とはうまくない。
顔を合わせれば誰かいい相手はいないのか、早く結婚しなさいだの、孫の顔が見たいだの、あれやこれやと急かしてくるうえに油断してると即お見合いだ。
両親曰く、男たるもの家庭を持ってこそ一人前、だと言うけれど、どうも梁瀬には向かない気がするし、なによりそう思える相手に出会わない。
歳を重ねるにつれ面倒になってきて、自然と足が遠のいてから、もう数年がたっている。
今では年に一度帰ってくればいいほうだろう。
さすがに少し熱は冷めたようだけれど、前もって帰ることを伝えるとなんの準備をされてるかわからないから、今日はいきなり帰ってきた。
ため息まじりに、まずは道場のほうへ顔を出した。
地区別演習のせいで子どもの数は少なく、師範もほとんどが出払っていて、梁瀬は少し拍子抜けした。
「まぁ、これは珍しいこと。あなたのほうから顔を出すなんて」
「突然にすみません」
小さな子どもたちを指導していた母親に声をかけられ、中へ入ると礼をした。
「今日は父さんは東区へ?」
「ええ、今年は私が留守をあずかることになったのよ」
「そう……ですか……少しばかり二人にたずねたいことがあったんですけど」
「もうそろそろ豊穣のはずなのに、なにか迷ってるのですか?」
母は奥の部屋で待っているように、と言い残し、おもてで指導中の師範のところへ向かった。
とりあえず、母の意見だけでも聞ければと思い、梁瀬は奥の部屋で待つことにした。
数分後、部屋へやってきた母は、お茶を手にしている。
ほかにはなにも持っていないようだ。
「最近はなにやらいろいろと面倒なことがあったようですね」
きっとほかの道場から、話しが回ってくるのだろう。
もちろん、麻乃と修治の道場からも。
「ええ、なにがどうと問われると、明確に答えることができないんですが、どうも腑に落ちないことが多いんです」
「今は父さんは留守にしていますけど、たいていのことなら私でもわかるはずですよ」
目の前に置かれたお茶を手に一口すすると、母はフッと息を漏した。
梁瀬も湯飲みに口をつけ、喉を潤す。
「まずなにから話したらいいのか……そうだな……例えば歩けなくなるほどの怪我を、回復術で、それも一晩で治すことは可能なんでしょうか?」
「歩けないほどでしょう? それは無理ですよ。あなたも知ってるでしょう?」
「そうですね。それじゃあ、暗示にかかりにくい相手に対して、さしたる準備もせずに戦争中、術中に嵌めることは?」
「それも無理です。かかったとしたら、それはなにかしら下準備があったということですよ」
母は半ば呆れ気味に梁瀬を見つめた。
「いまさら、そんなことで迷っているのですか?」
「いや、迷ってるというより、わからなくなって。僕がかけようとした暗示も金縛りも、まったく効かない。けれど、どう聞いても、なんらかの術中に嵌ってるとしか思えない状態の人がいて……」
指先でコツコツと机をたたいたのを、母にたしなめられて指を止めた。
「それぞれの国には、その国独自の術やかけかた、さまざまな違いがあるでしょう?」
「はい」
「あなたは私の血を濃く継いでいるからか、どちらかというとヘイト寄りの術が強いけれど、ロマジェリカの流れもしっかりとくんでいます。それに豊穣で庸儀へ行くたびに、庸儀の術も身につけて戻ってますね? そのあなたにかけられない相手なら、相当かかりが悪いはずです」
「そうですね……敵ではない以上、嵌める必要もなかったから、これまで下準備をしたこともない。だからそれが原因になってしまった、ということもないと思うんです」
不意に母の視線が窓の外へ向いた。
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