蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
171 / 780
島国の戦士

第171話 シタラの眼 ~鴇汰 5~

しおりを挟む
 シタラは渋々ペンダントを梁瀬にあずけた。

「心配せずとも車を出させてある、皆、余念のないよう心して準備をなされよ」

 不機嫌な様子で会議室を出ていった。
 シタラのあとを梁瀬が追う。
 見送りと称して帰るのを見届けるつもりだろう。

(まったく、普段は頼りなさそうな癖に、抜け目のないオッサンだよ)

 岱胡も同じことを考えているのか、ドアを見つめながらニヤリと笑った。

「俺、麻乃の様子を見てくるわ。あいつ、一人になりたがらなかったのに置いてきちまったからな」

「目を覚ましてたらマズイですからね、今、騒がれたら面倒なことになりますよ。早く行ってください。こっちも荷物をまとめたら戻りますから」

 麻乃のいる会議室へ戻り、そっと鍵を開けて中へ入った。
 まだグッスリと眠っている。その姿を見てホッとした。
 ソファに一番近い椅子へ腰かけると、横になっている麻乃の背を見つめた。

(それにしても、なんてタイミングで来やがるんだ。まるで麻乃がおかしな夢を見たのを知っていたかのようじゃないか)

 それに……あの青い瞳……。

 梁瀬のようにヘイトの血が混じってるやつに、翠眼が何人もいるのは知っている。
 淡かったり深かったりの違いはあれど、青い瞳を持つものなんて見たことがない。
 鴇汰と同じロマジェリカの血が混じっているものも同じだ。
  
(庸儀は泉翔と同じ黒い瞳だし……)

 鴇汰は窓から外を見た。
 表門の辺りで梁瀬がなにかしているのが見え、その様子を眺めていると、梁瀬の手もとから三羽のツバメが飛び立った。

(式神……?)

 ドアが開き、岱胡が隊員と荷物を抱えて戻ってきた。

「麻乃さん、目、覚まさなかったんスね」

「あぁ、今のうちに続き、やっちまおうぜ。俺、昼過ぎには梁瀬さん送ってくるからよ」

「いや、俺が行ってきますよ。鴇汰さんは麻乃さんとルート詰めといたほうがいいですって」

 岱胡の胸のポケットから、シタラの持ってきたペンダントの紐がさがっている。
 まだ身につける気がないのか、単にしまっただけなのかはわからないけれど、鴇汰も黒玉をポケットに押し込んである。

「一応、俺もルートのこととか話してありますけど、二人が納得できるコースをしっかり決めないと、向こうに渡ってから揉める原因になりかねないッスからね」

「そっか……そうかもしれないな。そんなら悪いけど頼むわ。こっちでなにかあったときは、俺もちゃんと対応するから」

 ジャセンベルは巧が長い。
 以前の蓮華と一緒のころから、ずっと使っているというルートがあって、今もそこを使っていた。

 巧はいつも、豊穣の際に必ず奉納場所にほど近い空き地に、苗木や植物を植えている。
 何代も前の蓮華から続いているらしく、巧自身も初めての奉納からずっと続けていると言っていた。

 子どもができて休んでいたときには、麻乃が巧の代わりにそこへ苗木を植えたと聞いている。
 岱胡にもそれを伝えた。

「植林ですか……?」

「そう。俺はいつも奉納場所の周辺に植えさせられてるんだけど、巧はずっと空き地のほうをやっててさ、これが結構良く育ってんのよ」

「へぇ、荒れた土地なのにそんなに育つもんなんスかね?」

「なんかな、俺たちがこっちに戻ったあと、その場所の世話をしてくれる人がいるらしいんだよな」

「それってジャセンベル人ですよね? そんな相手、良く信用できますね?」

 岱胡にしては珍しく真剣な表情で心配そうに言った。

「俺は会ったことがねーんだけど、巧が初めて渡った年に知り合ったらしくて、信用できる相手だって言ってたぜ。まあ、敵兵じゃなくて一般人なら、そう警戒しなくてもいいのかもしれないしな」

「でも、苗木を植えてくるのは構わないんスけど、その相手とはできれば顔を合わせたくないッスね。巧さんが一緒ならいいですけど、俺たちを信用してくれるかもわかんないッスもん」

「その辺は多分、巧からなにか言ってくると思う。もしかしたら、もう修治といろいろと決めてるかもよ」

 急に不安そうになった岱胡の背中を軽くたたき、続きを始めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...