蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
170 / 780
島国の戦士

第170話 シタラの眼 ~鴇汰 4~

しおりを挟む
 う~ん、と低く小さくうなった梁瀬も、否定をしながらもなにか思うところがあるようだ。

「それでも僕らにとっては、シタラさまの占筮は絶対だよ。受け入れないわけにはいかない。これまでに間違ったことなんて、一度だってないんだからね」

 もうすっかり明るくなった外を見ながら、梁瀬は最後の言葉を、自身にも言い聞かせるような表情で言った。

 ほかのやつらはどう思っているんだろう。
 穂高も巧もトクさんも、修治にしても。
 特に修治は鴇汰と同じで、絶対に納得はしていないと思う。

「ま、みんなも変だとは感じてるわけだし、なにか起こると思って準備したほうが、逆に安心かもしれないッスよ」

 思わず梁瀬と二人で顔を見合わせた。
 岱胡はあっけらかんとした顔で、一人ジャセンベルの地図と向き合っている。

「おまえ……いきなり大胆なことを言うよな?」

「僕も思わず、そうかもしれない、って思っちゃったよ」

 鴇汰が呆れたように言うと、梁瀬も苦笑して、そう言った。

「だって慣れない土地ですからね、最初から敵兵に遭遇すると思っていったほうが気楽ッスよ。出遭ったらどうしようなんてビクビクしてたら、身動き取れなくなりそうですもん」

 褒めたわけでもないのに、岱胡が得意気にしているのがおかしい。
 雑談をまじえながら、地理情報の続きをしていると、ノックが聞こえて岱胡の隊員が顔を出した。

「岱胡隊長、おもてにシタラさまがいらしているんですけど」

「シタラさまが? なにしに?」

「なんでも、蓮華の方々に渡すものがあるとか……」

 サッと三人で視線を巡らせた。
 急に張り詰めた空気が満ちたことに、岱胡の隊員も表情をこわばらせた。

「どうします?」

 岱胡は隊員を引っ張って中に入れ、ドアを閉めた。

「ますいだろ? 麻乃はあんな夢を見たあとだ」

「鴇汰さん、荷物、今すぐにまとめて。それからキミも、この荷物を全部、二つ手前の会議室へ移すから手伝って」

 梁瀬は岱胡の隊員に、荷物を持てるだけ持たせて手伝わせた。

「岱胡さん、玄関に向かって。そこで帰ってもらえなかったら、二つ手前の会議室ね、ここへは入れない。麻乃さんが今、詰所にいることは秘密。キミも、いいね?」

「わかりました。ほかのやつらにも伝えますか?」

「いや、今ここに麻乃さんが来てるって、見たおまえしか知らないだろ? おまえが黙っててくれればいいよ」

 岱胡は会議室を出ると、玄関へ走っていった。
 麻乃のいる会議室へは鍵をかけ、新しい部屋の机に地図を無造作に並べて広げ、食べ物の袋を少しだけ広げた。
 まるで、今までここで作業していたように見える。

 麻乃を残してきてしまったのが気になったけれど、良く眠っていたようだから大丈夫だろう。
 いざともなれば帰るふりをして向こうの部屋へ行けばいい。
 数分すると、岱胡がシタラを連れて会議室へ入ってきた。
 あわてて立ちあがってあいさつをした。

「今日はどうされたのですか?」

 梁瀬が前に進み出ると、シタラは手をかかげてみせた。
 その手には、四つのペンダントが握られている。

「今回の豊穣は、それぞれ慣れない土地で大変だろうと思い、巫女の祈りを捧げた黒玉こくぎょくを渡しにきたのだよ」

「黒玉……ですか」

 黒玉は泉の周辺でしか採れず、しかもとても珍しい石で、お守りとして大切にされる価値のあるものだ。

「これを守として、大陸では常に身につけているといい」

 シタラは鴇汰と梁瀬、岱胡の手にそれを握らせた。

「麻乃の姿が見えないが……?」

「あ……藤川は道場のお嬢さんの具合が悪いそうで、外出をしています」

 梁瀬がそう答えると、シタラは三人に視線を向けてから、会議室の中をぐるりと見回した。

(俺たちの言葉を疑っているんだろうか?)

 シタラの目が青く光った気がして、鴇汰はその姿から目を逸らさずにいた。
 鴇汰の視線に気づき、こちらを向いたシタラと真っすぐに目が合った瞬間、驚きで心臓が跳ね上がった。

 シタラの瞳が青い。

 けれど、そう感じた次の瞬間、幕がおりたように瞳の色は黒に変わった。

(梁瀬さんも岱胡も気づいてないのか!)

「藤川のぶんは私があずかり、責任を持って渡しておきます。近ごろ、お体がよろしくないとうかがっています。神殿までお送りいたしましょうか?」

 梁瀬は下手に出ているような言葉遣いの割に、毅然とした態度でこれ以上は踏み込ませないところをみせている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...