蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
159 / 780
島国の戦士

第159話 北から西へ ~鴇汰 1~

しおりを挟む
 鴇汰が宿舎に戻ってきたのは明け方近くだった。
 体は疲れているのに目が冴えて眠れそうもなく、シャワーを浴びたあと、ぼんやりと横になっていた。

 向かうときは、あんなに気が重かったのに戻ってくるときは名残惜しくて仕方なかった。
 麻乃の言葉尻に苛つかされたりもしたけれど、言い争いにはならずに済んでホッとした。

 あんなふうに話しをしたのは、凄く久しぶりのような気がする。

 途中、なんの前触れもなく叔父が式神を寄越したことには、腹が立って仕方なかった。
 けれど変なタイミングで麻乃が顔を出したおかげで言い訳がましく説明をしなくて済んだし、誤解も解けたようで逆に助かったと思えた。

 むず痒い痛みを感じて、鴇汰は指先に目をやった。
 巻かれた絆創膏をみて焦った麻乃の表情を思い出す。
 こんな小さな傷でなにをあんなに焦ってたんだか。

(どうしよう、医療所……)

「って、馬鹿なやつ。行くかっつーの」

 そう言いながらも口もとが緩むのを抑えられない。
 今夜か明日には、穂高から情報をもらって西に行くと約束した。

 鴇汰は勢いよく起きあがると急いで着替えをし、手近の荷物をまとめて軍部に向かった。
 自分の部屋から大陸の地図を掻き集め、確認も整理もしないまま脇に抱え、そのまま北へ向かうことにした。

(明日までなんて待ってられるか)

 今から出ても北区に着くのは多分、八時過ぎだ。
 穂高だって起きているだろう。

 車に地図を投げ込み、ドアを思いきり閉めると、最初からスピードを出して走らせた。
 途中で空腹を覚えたけれど、なにか食べに寄り道をする時間が惜しくて、そのまま北区に入った。
 詰所の前までくると、入り口に一番近いところへ車をとめて時計を見る。

「八時前か……」

 後部席の地図を抱え込むと詰所へ入って会議室に投げ入れ、とおりかかった隊員を捕まえた。

「穂高は?」

「上田隊長ならまだ食堂にいると思います」

「そっか。ありがとうな」

 お礼を言って食堂へ走った。
 ワイワイとにぎやかな声が響いている食堂のドアを開け、中を見回すと、穂高のほうが先に鴇汰を見つけて声をかけてきた。

「鴇汰? こんな早くにどうしたんだよ?」

「ああ、ロマジェリカの地理情報を聞きに来たんだよ」

 穂高の向かい側の席を空けてもらって腰をおろすと、穂高は少し背を逸らせ、鴇汰をジッと見つめてきた。

「今は休みで中央だろう? 一体、向こうを何時に出てきたんだよ? まさか、また寝てないんじゃないだろうね? それに……」

「寝てねーけど問題ねーよ。それに、なによ?」

 鴇汰は足を組んで前髪を掻きあげた。
 穂高はまだ鴇汰を見つめたままだ。

「なに?」

「いや……ちょっと待って。急いで食事を済ませちゃうから」

 穂高はそう言ってやっと視線を外し、食事に集中した。

(顔に出てるっていうよりさ、最近はもう全身に出てる感じだよ)

 不意に以前、そう言われたことを思い出し、焦りで急に体が熱くなった。
 耳まで熱を持っているようで、頬づえをつく振りをして耳を隠し、鴇汰はそっぽを向いた。

 ここに来てからなにか不自然な態度を取っただろうか?
 いつもとなんら変わってないと思っているけれど……。
 そう思った瞬間、腹の虫が思いきり鳴いた。

「なんだよ? もしかして食事もまだなのか?」

「時間がなかったんだよ。食ってる時間がさ」

 呆れた顔で穂高が問いかけてきたのにそう答えると、賄いのおばさんに頼んで、一緒に食べることにした。
 食事の時間さえも惜しい気がして黙々と口に運ぶ。
 穂高が訝しげに見ているのに気づき、早く済ませるようにうながした。

 片づけまで済ませると、追い立てるように穂高を急かし、さっき荷物を放り込んだ会議室へ向かった。

「なんだってそんなに慌ててるんだよ? 別に逃げやしないし、地図がなくなるわけでもあるまいし」

「時間がないんだって。地理情報だけでも頭にたたき込んでおかないとマズイだろ?」

 憮然としている穂高を座らせると、その目の前に地図を広げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...