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島国の戦士
第156話 情報収集 ~市原 2~
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「長田には自分の好きな料理をさせることで鎮めさせ、麻乃には苦手な料理を手伝わせることで緊張感を与えれば、どちらも気を削がれるぶん、冷静に話しができるんじゃないかと」
「なるほど……話しをするだけでは、他愛もない言葉や小さなきっかけで、カッとなったかもしれない。麻乃のほうは特にそうなる可能性が高かった」
「ええ、それに、あの二人は感情を増幅し合うところがあるみたいなので、第三者のお嬢さんにあいだに入っていただければ、カッとしてもそう激しくは憤らないんじゃないか、そう思ったんです」
広場のほうを気にかけて首を伸ばしながら、中村はそう言った。
高田もそちらに目を向けたので、つい市原も広場を振り返ってしまう。
「結局、第三者は入らなかったけれど、あのときはそれで良かったのかも知れないな」
「あぁ、雰囲気がまったく違って、別人のように大人しくなったからな」
塚本がボソッと小声で言ったのに答えると、それが聞こえたのか、中村はこちらに視線を戻して微笑した。
「今度の豊穣では行き先も組み合わせも、毎年のそれとは違ったものですから、うまく行って良かったと思います。本当にありがとうございました」
「お礼を言わなければならないのはこちらのほうですよ」
深々と頭をさげた中村を、高田が手で制すと、真面目な表情で見つめ返して言葉を続けた。
「いえ。あのまま、いがみ合って大陸へ渡られては、無事に戻ってくることができない可能性が高まります。手をお借りできなければ、和解もなかったかもしれませんから」
「……豊穣では、あなたも初めての国へ?」
「はい、今回はほとんどのものが、初めての国へ向かいます。お陰で情報収集が大変です」
苦笑してみせる割に、麻乃とは違って焦りをまるで感じない。
それだけ十分な情報収集をしているからなのか、これまでの経験があるからなのかはわからないけれど、どうやら相当に肝のすわった女性のようだ。
母親でありながら、蓮華としてやっていること自体、大変だろうはずなのに、それを億尾にも出さないのも凄いことだと、市原は思う。
高田もそれを感じているのか、中村に対して好意的にみえる。
「そういえば、大陸には『若草色の鳥が幸運を運んでくる』という言い伝えがあるのをご存じですか?」
不意に高田は中村に、そう問いかけた。
視線は相変わらず演習場に向いている。
後ろからでは表情は見えないけれど、難しい顔をしているだろうことがわかる。
若草色の鳥……。
そういえば先日、道場の窓でそんな色の鳥が囀っていなかっただろうか?
「いえ、これまで一度も見たことはありませんし、話しを聞いたこともありませんが……」
怪訝な表情で首をかしげた中村はそう答えた。
「では、心にとどめておかれるといいでしょう。些細なことですが、なにかあったときに役立つかもしれませんから」
「わかりました。ありがとうございます。では、今日はこれで失礼します」
中村はもう一度頭をさげてお礼を言うと、広場のほうへ戻っていき、人混みに紛れて見えなくなった。
「市原」
ぼんやりとやり取りを聞いていたところを急に呼ばれ、ハッとしてあわてて返事をする。
「はい」
「手間をかけさせるが、麻乃が充分な準備をできるよう、体を空けてやってくれないか?」
「はい、わかりました」
「あれのことだ、四の五のいってごねるかも知れないが、隊のものたちもいることを匂わせて、適度に流して追いやってほしい」
そのとき、演習の終了を知らせる大太鼓の音が響き渡った。
腕時計に目をやり、満足そうにうなずいている塚本の様子から、西区の圧勝なんだろうということがわかった。
「なるほど……話しをするだけでは、他愛もない言葉や小さなきっかけで、カッとなったかもしれない。麻乃のほうは特にそうなる可能性が高かった」
「ええ、それに、あの二人は感情を増幅し合うところがあるみたいなので、第三者のお嬢さんにあいだに入っていただければ、カッとしてもそう激しくは憤らないんじゃないか、そう思ったんです」
広場のほうを気にかけて首を伸ばしながら、中村はそう言った。
高田もそちらに目を向けたので、つい市原も広場を振り返ってしまう。
「結局、第三者は入らなかったけれど、あのときはそれで良かったのかも知れないな」
「あぁ、雰囲気がまったく違って、別人のように大人しくなったからな」
塚本がボソッと小声で言ったのに答えると、それが聞こえたのか、中村はこちらに視線を戻して微笑した。
「今度の豊穣では行き先も組み合わせも、毎年のそれとは違ったものですから、うまく行って良かったと思います。本当にありがとうございました」
「お礼を言わなければならないのはこちらのほうですよ」
深々と頭をさげた中村を、高田が手で制すと、真面目な表情で見つめ返して言葉を続けた。
「いえ。あのまま、いがみ合って大陸へ渡られては、無事に戻ってくることができない可能性が高まります。手をお借りできなければ、和解もなかったかもしれませんから」
「……豊穣では、あなたも初めての国へ?」
「はい、今回はほとんどのものが、初めての国へ向かいます。お陰で情報収集が大変です」
苦笑してみせる割に、麻乃とは違って焦りをまるで感じない。
それだけ十分な情報収集をしているからなのか、これまでの経験があるからなのかはわからないけれど、どうやら相当に肝のすわった女性のようだ。
母親でありながら、蓮華としてやっていること自体、大変だろうはずなのに、それを億尾にも出さないのも凄いことだと、市原は思う。
高田もそれを感じているのか、中村に対して好意的にみえる。
「そういえば、大陸には『若草色の鳥が幸運を運んでくる』という言い伝えがあるのをご存じですか?」
不意に高田は中村に、そう問いかけた。
視線は相変わらず演習場に向いている。
後ろからでは表情は見えないけれど、難しい顔をしているだろうことがわかる。
若草色の鳥……。
そういえば先日、道場の窓でそんな色の鳥が囀っていなかっただろうか?
「いえ、これまで一度も見たことはありませんし、話しを聞いたこともありませんが……」
怪訝な表情で首をかしげた中村はそう答えた。
「では、心にとどめておかれるといいでしょう。些細なことですが、なにかあったときに役立つかもしれませんから」
「わかりました。ありがとうございます。では、今日はこれで失礼します」
中村はもう一度頭をさげてお礼を言うと、広場のほうへ戻っていき、人混みに紛れて見えなくなった。
「市原」
ぼんやりとやり取りを聞いていたところを急に呼ばれ、ハッとしてあわてて返事をする。
「はい」
「手間をかけさせるが、麻乃が充分な準備をできるよう、体を空けてやってくれないか?」
「はい、わかりました」
「あれのことだ、四の五のいってごねるかも知れないが、隊のものたちもいることを匂わせて、適度に流して追いやってほしい」
そのとき、演習の終了を知らせる大太鼓の音が響き渡った。
腕時計に目をやり、満足そうにうなずいている塚本の様子から、西区の圧勝なんだろうということがわかった。
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