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島国の戦士
第155話 情報収集 ~市原 1~
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麻乃が出かけたのを見計らって、道場のことを同じ師範の森に頼み、市原は東区に向かって車を走らせた。
島の真逆で遠いぶん、スピードをかなり上げて走る。
地区別演習が始まっているせいで、東区に入るまではすんなりと通過し、時間も思ったほどかからずに済んだ。
二つある演習場はどちらも参加者と観戦者でごった返し、その中から高田を探しだすことを考えると、早くも気が萎える。
「市原! こっちだ!」
塚本の呼ぶ声に視線を巡らせると、演習場の手前に設けられた大会本部の脇に、高田たちの姿が確認できた。
人混みを掻きわけてどうにかたどり着き、市原は高田の横に立った。
どうやらもう、演習は始まっているようで、子どもたちの姿はどこにもなく、高田は演習場の入口に目を向けたままでいる。
「麻乃め、なにを言ったのか知らんが、耕太たちがやけに張りきっていたぞ。今年はいいところまでいくかも知れん。やはりあれを道場に通わせたのは良かったようだ」
高田の言葉に塚本もうなずき、耳打ちしてきた。
「やつら、毎年ソワソワして落ち着かないのが、今年はどっしり構えてやがるよ」
「それじゃあ、実力が出しきれるってことか?」
市原が問うと、塚本はまたうなずいた。
「ところでどうした? なにかあったか?」
「あぁ、そうだ。先生、やはり麻乃は今年の豊穣は修治と一緒じゃありませんでした。長田くんとロマジェリカに出るということです。初めて行く土地らしく落ち着かない様子で、昨夜は麻乃にしてはずいぶんとはき出しました」
なにをしに来たのかを思い出し、あわてて高田に報告をした。
黙って聞いていた高田の肩が、ピクリと揺れた。
「道場のほうは麻乃の隊員もいるぶん、手は足りるので、豊穣の準備に力を入れさせようと思うのですが……」
「そうだな、そうしてやってくれ」
そう言って振り返った高田の視線が、市原を通り過ぎて背後に移る。
「これは……今日はなぜこんなところへ?」
背後でこんにちは、とあいさつをする声が聞こえて振り返ると、先日、道場へ訪ねてきた蓮華の中村が立っていた。
「今日は娘が演武のほうに出ているんです。ちょうど休みに当たっていましたので見学にきたのですが、お姿が見えたものですから」
「ほう、そんなに大きなお子さんがいらっしゃったんですか」
「ええ、まぁ……ところで先日の件はいかがでしたか?」
中村は一瞬、照れたような表情をしてから、高田に問いかけた。
「実は昨日、娘が具合を悪くしまして。少々、手順が違ってしまいましたが、驚くほどうまくいったようです」
「そうですか、それは良かった……」
「それにしても、ただ話しをさせるだけなら、いくらでも方法はあったはずですが、なぜあのやりかたで?」
どうやら演武が始まったようで、演習場の手前にある広場から、ワッと歓声が響いてきた。
中村はそちらを振り返ると、腕を組んで目を細めている。
「あの二人は最近特に、変に感情が昂ぶるので、まずは落ち着ける環境を作ればいいと思ったんです」
「落ち着ける環境、ですか? 食事の支度を一緒にさせることが?」
高田が不思議そうな視線で見つめているのを、中村はクスリと笑って受けとめた。
高田宛に届いた手紙には、長田を道場へ寄越すので、麻乃と一緒にいられる時間を作ってやってほしいとあった。
その際に昼なり夜なり食事の準備を一緒にさせてやってほしい。
できるなら娘さんをあいだに挟んでもらえれば、感情的にならずに済むと思う、と。
なぜ、そこで食事の支度なのか疑問に思ったけれど、麻乃の話しでは、彼は料理が好きなうえ、得意らしい。
多香子には申し訳ないけれど、確かにいつもより食が進んだ。
島の真逆で遠いぶん、スピードをかなり上げて走る。
地区別演習が始まっているせいで、東区に入るまではすんなりと通過し、時間も思ったほどかからずに済んだ。
二つある演習場はどちらも参加者と観戦者でごった返し、その中から高田を探しだすことを考えると、早くも気が萎える。
「市原! こっちだ!」
塚本の呼ぶ声に視線を巡らせると、演習場の手前に設けられた大会本部の脇に、高田たちの姿が確認できた。
人混みを掻きわけてどうにかたどり着き、市原は高田の横に立った。
どうやらもう、演習は始まっているようで、子どもたちの姿はどこにもなく、高田は演習場の入口に目を向けたままでいる。
「麻乃め、なにを言ったのか知らんが、耕太たちがやけに張りきっていたぞ。今年はいいところまでいくかも知れん。やはりあれを道場に通わせたのは良かったようだ」
高田の言葉に塚本もうなずき、耳打ちしてきた。
「やつら、毎年ソワソワして落ち着かないのが、今年はどっしり構えてやがるよ」
「それじゃあ、実力が出しきれるってことか?」
市原が問うと、塚本はまたうなずいた。
「ところでどうした? なにかあったか?」
「あぁ、そうだ。先生、やはり麻乃は今年の豊穣は修治と一緒じゃありませんでした。長田くんとロマジェリカに出るということです。初めて行く土地らしく落ち着かない様子で、昨夜は麻乃にしてはずいぶんとはき出しました」
なにをしに来たのかを思い出し、あわてて高田に報告をした。
黙って聞いていた高田の肩が、ピクリと揺れた。
「道場のほうは麻乃の隊員もいるぶん、手は足りるので、豊穣の準備に力を入れさせようと思うのですが……」
「そうだな、そうしてやってくれ」
そう言って振り返った高田の視線が、市原を通り過ぎて背後に移る。
「これは……今日はなぜこんなところへ?」
背後でこんにちは、とあいさつをする声が聞こえて振り返ると、先日、道場へ訪ねてきた蓮華の中村が立っていた。
「今日は娘が演武のほうに出ているんです。ちょうど休みに当たっていましたので見学にきたのですが、お姿が見えたものですから」
「ほう、そんなに大きなお子さんがいらっしゃったんですか」
「ええ、まぁ……ところで先日の件はいかがでしたか?」
中村は一瞬、照れたような表情をしてから、高田に問いかけた。
「実は昨日、娘が具合を悪くしまして。少々、手順が違ってしまいましたが、驚くほどうまくいったようです」
「そうですか、それは良かった……」
「それにしても、ただ話しをさせるだけなら、いくらでも方法はあったはずですが、なぜあのやりかたで?」
どうやら演武が始まったようで、演習場の手前にある広場から、ワッと歓声が響いてきた。
中村はそちらを振り返ると、腕を組んで目を細めている。
「あの二人は最近特に、変に感情が昂ぶるので、まずは落ち着ける環境を作ればいいと思ったんです」
「落ち着ける環境、ですか? 食事の支度を一緒にさせることが?」
高田が不思議そうな視線で見つめているのを、中村はクスリと笑って受けとめた。
高田宛に届いた手紙には、長田を道場へ寄越すので、麻乃と一緒にいられる時間を作ってやってほしいとあった。
その際に昼なり夜なり食事の準備を一緒にさせてやってほしい。
できるなら娘さんをあいだに挟んでもらえれば、感情的にならずに済むと思う、と。
なぜ、そこで食事の支度なのか疑問に思ったけれど、麻乃の話しでは、彼は料理が好きなうえ、得意らしい。
多香子には申し訳ないけれど、確かにいつもより食が進んだ。
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