147 / 780
島国の戦士
第147話 修復 ~塚本 1~
しおりを挟む
麻乃が調理場から出て食堂へ向かっていくのを、塚本は市原と一緒に稽古場の入口からのぞいていた。
「おいおい……突然、雰囲気が変わったな。ずっと棘のある感じだったのに」
「高田先生が面白いものを見られると言ったのは、洸のほうじゃなくて実はこっちか?」
「これはもしかすると豊穣が終わったら、この道場に目出たいことが一つ増えるかもしれないな」
市原がニヤリと笑って言い、二人で連れだって高田の部屋に向かった。
「失礼します」
「ああ、入れ」
中に入ると、高田は机に向かい、手紙を手にお茶を飲んでいた。
「様子はどうだ?」
「驚くほど、険が取れていましたね」
高田の問いに、市原が答える。
「そうか。多香子をあいだに入れて和らげるつもりだったのだが、具合を悪くしたからな。どうなることかと思ったが……」
「一体、どういうことですか?」
含み笑いをしながら手紙を読み返している高田を、市原が不思議そうに眺めて問いかけると、その手紙を寄越した。
「麻乃の様子がおかしかったのには、いくつか原因がありそうだが、そのうちの一つは彼が握っていたようだ」
「俺はてっきり、例の人の気配云々が原因かと思っていましたが……」
市原はそう言い、読み終えた手紙を塚本にも回してくれた。
「あれはシタラさまに視ていただいて、なにもないと言われただろうが」
その手紙に目を通しながら憮然としてそう言うと、高田は小さくうなずいた。
「ところがな、どうも麻乃に対して、なにかが働きかけているようではあるのだよ」
「なにかが、ですか?」
思わず市原と顔を見合わせた。
「みんなを信用するな、そう言われたのだと麻乃は言っていた」
「誰がそんなことを……」
「それが、わからんらしい」
ブルッと体を震わせた市原が、真顔でつぶやく。
「なにかに憑かれている、そうお考えですか?」
「それは私にはどうにもわからん。が、しかし……先日の敵襲のことも、このところ麻乃の身の回りで起きていることも、なにかおかしいのはわかる」
「確かに俺たちにもわかります……」
「本当ならこのまま大陸へやるのは賛成しかねるのだが、どうやら落ち着きを取り戻したようだからな、向こうへ渡っても修治といるかぎりは安心だろう」
「先生、麻乃は今年の豊穣は修治とではないようですが……」
「ええ。先ほど二人の様子をうかがっていたときに耳にしたのですが、今年は彼と一緒にロマジェリカへ渡るようです」
高田は塚本と市原の顔を交互に見た。
「それは確かか!」
「ハッキリとは……ただ、豊穣があんな組み合わせになって、とか、自分のことは気に入らないだろうが、少し我慢してくれ、とか、そんなことを彼が言っていました」
腕を組んで聞いていた高田の表情はひどく険しかった。
窓にとどまっていた若草色の鳥が何度かさえずり、飛び去っていったのを、その目が追っている。
「急ぎ確認をしておいてくれ。ただし、くれぐれも自然にな。私は近所まで出かけてくるが、すぐに戻る」
高田は立ちあがると羽織を手に支度を始めた。
市原も高田の様子に不安を覚えたのか、塚本に視線を送ってくる。
高田が道場を出ていくのを見送る塚本の耳に、小さなつぶやきが聞こえた。
「どちらかが揺れたらまずいことになる……」
「おいおい……突然、雰囲気が変わったな。ずっと棘のある感じだったのに」
「高田先生が面白いものを見られると言ったのは、洸のほうじゃなくて実はこっちか?」
「これはもしかすると豊穣が終わったら、この道場に目出たいことが一つ増えるかもしれないな」
市原がニヤリと笑って言い、二人で連れだって高田の部屋に向かった。
「失礼します」
「ああ、入れ」
中に入ると、高田は机に向かい、手紙を手にお茶を飲んでいた。
「様子はどうだ?」
「驚くほど、険が取れていましたね」
高田の問いに、市原が答える。
「そうか。多香子をあいだに入れて和らげるつもりだったのだが、具合を悪くしたからな。どうなることかと思ったが……」
「一体、どういうことですか?」
含み笑いをしながら手紙を読み返している高田を、市原が不思議そうに眺めて問いかけると、その手紙を寄越した。
「麻乃の様子がおかしかったのには、いくつか原因がありそうだが、そのうちの一つは彼が握っていたようだ」
「俺はてっきり、例の人の気配云々が原因かと思っていましたが……」
市原はそう言い、読み終えた手紙を塚本にも回してくれた。
「あれはシタラさまに視ていただいて、なにもないと言われただろうが」
その手紙に目を通しながら憮然としてそう言うと、高田は小さくうなずいた。
「ところがな、どうも麻乃に対して、なにかが働きかけているようではあるのだよ」
「なにかが、ですか?」
思わず市原と顔を見合わせた。
「みんなを信用するな、そう言われたのだと麻乃は言っていた」
「誰がそんなことを……」
「それが、わからんらしい」
ブルッと体を震わせた市原が、真顔でつぶやく。
「なにかに憑かれている、そうお考えですか?」
「それは私にはどうにもわからん。が、しかし……先日の敵襲のことも、このところ麻乃の身の回りで起きていることも、なにかおかしいのはわかる」
「確かに俺たちにもわかります……」
「本当ならこのまま大陸へやるのは賛成しかねるのだが、どうやら落ち着きを取り戻したようだからな、向こうへ渡っても修治といるかぎりは安心だろう」
「先生、麻乃は今年の豊穣は修治とではないようですが……」
「ええ。先ほど二人の様子をうかがっていたときに耳にしたのですが、今年は彼と一緒にロマジェリカへ渡るようです」
高田は塚本と市原の顔を交互に見た。
「それは確かか!」
「ハッキリとは……ただ、豊穣があんな組み合わせになって、とか、自分のことは気に入らないだろうが、少し我慢してくれ、とか、そんなことを彼が言っていました」
腕を組んで聞いていた高田の表情はひどく険しかった。
窓にとどまっていた若草色の鳥が何度かさえずり、飛び去っていったのを、その目が追っている。
「急ぎ確認をしておいてくれ。ただし、くれぐれも自然にな。私は近所まで出かけてくるが、すぐに戻る」
高田は立ちあがると羽織を手に支度を始めた。
市原も高田の様子に不安を覚えたのか、塚本に視線を送ってくる。
高田が道場を出ていくのを見送る塚本の耳に、小さなつぶやきが聞こえた。
「どちらかが揺れたらまずいことになる……」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる