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島国の戦士
第143話 修復 ~麻乃 3~
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多香子の部屋をあとにして調理場へ戻ると、廊下までスパイスの香りが充満していて、おなかが鳴った。
調理場の中に入ると、あれだけむいた玉ネギが一個もなくなっている。
そう長く席を外していたつもりはなかったけれど、きっと使ったんだろうと思うと、その速さに唖然とした。
「あのね、おいしかったって」
さげてきた御膳を流しに置くと振り返った鴇汰がすぐに洗いにきた。
「最近、手に入れた新しいレシピで、俺、結構気に入ってるやつだからな」
鴇汰は得意気な表情を麻乃に見せる。
口を開くと、また言い合いになってしまいそうな気がして、麻乃はずっと黙ったまま、淡々と野菜の皮をむいたり、大まかに切ったりしていた。
しばらくたったころ、また、鴇汰が問いかけてきた。
「ここ、飯ってどこで食うの?」
「あぁ、稽古場の隣の部屋が食堂になってるんだ。食器もそっちにあるし、カレーとか汁物は鍋ごと向こうに置けるし、ご飯はそこにあるおひつに移してテーブルごとに置く感じかな。一品のおかずなんかは、そっちのバット類を使ってるよ」
「ふうん、そんならそこの準備してくれよ。飯とカレーを運ぶから」
麻乃は返事をして食堂へ行くと急いで長テーブルを並べ、鍋を置く台を組み立てた。
「給仕はどうすんのよ?」
「それも個々でやるから平気だよ」
「そうか。そんじゃ、みんなに知らせてこいよ。できました、って」
鍋を置き、テーブルにおひつを並べ終えると、鴇汰はそう言ってまた調理場へ戻っていった。
まずは高田のもとへ行き、食事の支度ができた旨を伝えると感心した表情を見せた。
「多香子がある程度、準備をしていたとは言え、ずいぶんと早かったじゃないか」
「びっくりですよね」
麻乃は高田の横に座り、そう返事をした。横から塚本が割って入ってくる。
「でもなぁ、おまえが手伝っているんだろう? 本当に大丈夫なのか?」
「味付けとか、調理に関わることはしてないから大丈夫ですよ」
「そうか、だったら平気だな」
憮然として答えると、塚本は本気でホッとしていた。
表で稽古をしていた子供たちも食堂へ集まり、中はとてもにぎやかだ。
全員が席に着き、食べ始めると、あちこちからおいしいと声が上がり、さらににぎやかになる。
なんとなく嬉しくなって周囲を見回すと、鴇汰がいない。
目の前の市原も、彼はどうした?
などと麻乃に聞いてくる。
焦って掻き込むように食事を済ませ、食器を片づけると調理場に向かった。
中は奇麗に片づいていて使われた調理器具も、全部洗ってあった。
(まだ、そんなに時間もたっていないのに、手際がいいにもほどがある……)
鴇汰の姿が見えず、麻乃は勝手口から裏へ出てみた。
停められた車のボンネットに手をついて、こちらに背を向けている鴇汰が目に入った。
その向こう側に若草色の影が見え、麻乃はハッと足を止めた。
(あの人だ――)
銀髪の女性が立っていて、鴇汰と何か話しをしている。
気づかれてはいけないと思い、そっと調理場へ戻ろうとしたとき、女性の視線が麻乃に向き小さくお辞儀をした。
それに気づいた鴇汰もこちらを振り返り、驚いた表情を見せた。
(身の置き場がないって、こんな状況のことをいうんだろうか……)
「おまえ……向こうで飯食ってたんじゃねーの?」
「ん……そっちの姿が見えないからどうしたかと思って……邪魔するつもりじゃなかったんだ。ごめん。戻るよ」
急いで勝手口へ逃げ込もうとした麻乃の手首が、細い指につかまれた。
「いつも甥がお世話になっているようで」
「……え?」
背中越しに野太い声が聞こえてきて、思わず立ち止まって振り返る。
目の前にあるのは、切れ長の目が美しい鼻筋の通った奇麗な顔だ。
「きっと、ご面倒ばかりおかけしていることと思いますが、どうぞ仲良くしてやってください」
薄いピンクの唇が動くたび、その外見からは想像もできないほどの低い声が響き、麻乃は目を見張った。
つかまれたままの手首からは、温かみもなにも感じない。
「それ、前に言ったうちの叔父貴」
「は……?」
鴇汰の言っている意味がわからず、麻乃は目の前の女性と鴇汰を交互に見た。
「そいつ、式神だから。叔父貴、もういいだろ? さっさと帰れよ。とにかく今年はロマジェリカだから」
鴇汰が払うように手を振ると、女性は苦笑した。
「まったく、キミは最近、冷た過ぎるよ。じゃあ、また向こうで」
ポンと弾ける音とともに女性の姿が掻き消え、代わりに若草色の鳥がさえずりながら羽ばたいていった。
調理場の中に入ると、あれだけむいた玉ネギが一個もなくなっている。
そう長く席を外していたつもりはなかったけれど、きっと使ったんだろうと思うと、その速さに唖然とした。
「あのね、おいしかったって」
さげてきた御膳を流しに置くと振り返った鴇汰がすぐに洗いにきた。
「最近、手に入れた新しいレシピで、俺、結構気に入ってるやつだからな」
鴇汰は得意気な表情を麻乃に見せる。
口を開くと、また言い合いになってしまいそうな気がして、麻乃はずっと黙ったまま、淡々と野菜の皮をむいたり、大まかに切ったりしていた。
しばらくたったころ、また、鴇汰が問いかけてきた。
「ここ、飯ってどこで食うの?」
「あぁ、稽古場の隣の部屋が食堂になってるんだ。食器もそっちにあるし、カレーとか汁物は鍋ごと向こうに置けるし、ご飯はそこにあるおひつに移してテーブルごとに置く感じかな。一品のおかずなんかは、そっちのバット類を使ってるよ」
「ふうん、そんならそこの準備してくれよ。飯とカレーを運ぶから」
麻乃は返事をして食堂へ行くと急いで長テーブルを並べ、鍋を置く台を組み立てた。
「給仕はどうすんのよ?」
「それも個々でやるから平気だよ」
「そうか。そんじゃ、みんなに知らせてこいよ。できました、って」
鍋を置き、テーブルにおひつを並べ終えると、鴇汰はそう言ってまた調理場へ戻っていった。
まずは高田のもとへ行き、食事の支度ができた旨を伝えると感心した表情を見せた。
「多香子がある程度、準備をしていたとは言え、ずいぶんと早かったじゃないか」
「びっくりですよね」
麻乃は高田の横に座り、そう返事をした。横から塚本が割って入ってくる。
「でもなぁ、おまえが手伝っているんだろう? 本当に大丈夫なのか?」
「味付けとか、調理に関わることはしてないから大丈夫ですよ」
「そうか、だったら平気だな」
憮然として答えると、塚本は本気でホッとしていた。
表で稽古をしていた子供たちも食堂へ集まり、中はとてもにぎやかだ。
全員が席に着き、食べ始めると、あちこちからおいしいと声が上がり、さらににぎやかになる。
なんとなく嬉しくなって周囲を見回すと、鴇汰がいない。
目の前の市原も、彼はどうした?
などと麻乃に聞いてくる。
焦って掻き込むように食事を済ませ、食器を片づけると調理場に向かった。
中は奇麗に片づいていて使われた調理器具も、全部洗ってあった。
(まだ、そんなに時間もたっていないのに、手際がいいにもほどがある……)
鴇汰の姿が見えず、麻乃は勝手口から裏へ出てみた。
停められた車のボンネットに手をついて、こちらに背を向けている鴇汰が目に入った。
その向こう側に若草色の影が見え、麻乃はハッと足を止めた。
(あの人だ――)
銀髪の女性が立っていて、鴇汰と何か話しをしている。
気づかれてはいけないと思い、そっと調理場へ戻ろうとしたとき、女性の視線が麻乃に向き小さくお辞儀をした。
それに気づいた鴇汰もこちらを振り返り、驚いた表情を見せた。
(身の置き場がないって、こんな状況のことをいうんだろうか……)
「おまえ……向こうで飯食ってたんじゃねーの?」
「ん……そっちの姿が見えないからどうしたかと思って……邪魔するつもりじゃなかったんだ。ごめん。戻るよ」
急いで勝手口へ逃げ込もうとした麻乃の手首が、細い指につかまれた。
「いつも甥がお世話になっているようで」
「……え?」
背中越しに野太い声が聞こえてきて、思わず立ち止まって振り返る。
目の前にあるのは、切れ長の目が美しい鼻筋の通った奇麗な顔だ。
「きっと、ご面倒ばかりおかけしていることと思いますが、どうぞ仲良くしてやってください」
薄いピンクの唇が動くたび、その外見からは想像もできないほどの低い声が響き、麻乃は目を見張った。
つかまれたままの手首からは、温かみもなにも感じない。
「それ、前に言ったうちの叔父貴」
「は……?」
鴇汰の言っている意味がわからず、麻乃は目の前の女性と鴇汰を交互に見た。
「そいつ、式神だから。叔父貴、もういいだろ? さっさと帰れよ。とにかく今年はロマジェリカだから」
鴇汰が払うように手を振ると、女性は苦笑した。
「まったく、キミは最近、冷た過ぎるよ。じゃあ、また向こうで」
ポンと弾ける音とともに女性の姿が掻き消え、代わりに若草色の鳥がさえずりながら羽ばたいていった。
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