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島国の戦士
第133話 下準備 ~巧 1~
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「ヤッちゃん!」
会議前日、軍部へと戻ったとき、入り口に見えた梁瀬を巧は呼び止めた。
「ちょうど良かった。ねぇ、夕飯でも食べに花丘にいかない?」
「それは構わないけど、なにかあった?」
「ちょっとね」
梁瀬と連れ立って、花丘の比較的静かな店へ向う。
食事が済むまで雑談しかしないのを、訝しげな目で見ていた梁瀬は、待ちきれないといった様子で問いかけてきた。
「一体、どうしたっていうの? なにか話しがあるんでしょ?」
空いた器をさげてもらい、お茶をもらってゆっくり飲むと、テーブルを挟んで額を寄せた。
「シュウちゃんから聞いたんだけどね、麻乃が術にかかりにくいって本当?」
「なんでまた突然、そんな話しを……」
梁瀬は体を反らせて椅子の背にもたれ、巧を観察するように見つめてから、もう一度テーブルに身を寄せてきた。
「なにかあったんだ?」
「うん。このあいだ、庸儀の襲撃があったのよ。兵数は五千程度で、大したことはなかったんだけどさ」
「もしかして、麻乃さんの部隊は初陣だったんじゃないの?」
「そう。でも麻乃が選んだやつらだからね、良く動いてくれたのよ。ただ……」
頬づえをついていた手をうなじに移し、巧は後頭部を掻いた。
「麻乃が狙われてたようで、変に敵兵が集中してね」
「狙われた?」
「ちょっと、大声を出すんじゃないわよ」
驚いて声をあげた梁瀬の頭を引っぱたいて睨みつける。
「あの赤髪の女がいてね、それからホラ、何年か前に諜報で潜り込んでたアイツもいてさ、麻乃と打ち合ってたんだよね」
「ははぁ、その二人はつるんでた、って訳ね? ってことは、あの赤髪の女は偽物ってところかな?」
「さすが、鋭いわね。それでね、あの男を相手にしていた麻乃の様子が急におかしくなって、倒れちゃったの」
「倒れたって、交戦中にでしょ? それって凄く危険じゃない? まさか、また大きな怪我を負ったんじゃないよね?」
梁瀬はまた大きな声をあげそうになり、それを抑えて身を乗り出し、巧に小声で聞いてきた。
「頬に斬り傷が一つよ。ちょうど西浜に来ていたシュウちゃんが加勢してくれたのと、岱胡が気を利かせて援護に出てくれたから、大事には至らなかったのよね」
「へぇ、二人がねぇ」
「撤退したあと詰所に運んだんだけど、目が覚めたとき、麻乃は私に抱きついてきて、本物か、生きてるのか、って聞いてきたのよ。あの男と打ち合いながら、斬り倒した敵兵が、私や隊員たちに見えてたっていうの」
目を覚ましたときの麻乃の怯えた表情を思い出した。
梁瀬は腕を組んで唸りながら首をひねっている。
「その感じだと、術中にはまったか暗示をかけられてるんだろうけど……でもなぁ……ただでさえかかりにくいのに戦ってる最中じゃ、もっとかけにくいと思うんだけど」
「覚醒しかけて、状態が変わってるとは思えない?」
そう問いかけると、ヒラヒラと手を振ってみせてからあらたまった表情で梁瀬が答えた。
「余計にかかりにくくなるならわかるけどね。かかりやすくなるとは思えないよ」
親指でこめかみの辺りを揉み解しながら、修治と同じ答えか、と巧は思った。
「それにね、ちょっと前の演習に僕の道場からも師範が出ていたんだけど、麻乃さんのいる範囲で金縛りをかけたけど、やっぱり麻乃さんに術は効かなかった、って言っていたよ」
「そう……」
「でもなぁ……今の話しは凄く気になるね。麻乃さん、このあいだもちょっと危ない感じだったし。手を出すと逆効果だろうから様子を見守るしかないんだけどね」
梁瀬は仲居を呼ぶと、お茶のお代わりを頼んでいる。
「様子がおかしいのは、私も考えがあってさ、ちょっと試そうと思ってることがあるのよね。それがうまくいけば、私ら大嫌いから少しは格上げされるかもしれないわよ」
「そういえば僕たちのこと大っ嫌いなんだっけね」
窓枠に乗って振り返り、叫んだ麻乃の姿を思い出して、二人でクスクスと笑った。
「明日の会議、麻乃さんはちゃんと来るよね?」
熱いお茶をすすりながら、梁瀬はなにかを考えている。
「そりゃあ、報告があるもの。ちゃんと報告書もまとめてたし、さすがに明日はさぼらないわよ」
「僕もちょっと試してみようかな」
組んだ手に顎を乗せ、梁瀬にしてはやけに真面目な目つきで、テーブルに置かれた湯飲みを見つめていた。
会議前日、軍部へと戻ったとき、入り口に見えた梁瀬を巧は呼び止めた。
「ちょうど良かった。ねぇ、夕飯でも食べに花丘にいかない?」
「それは構わないけど、なにかあった?」
「ちょっとね」
梁瀬と連れ立って、花丘の比較的静かな店へ向う。
食事が済むまで雑談しかしないのを、訝しげな目で見ていた梁瀬は、待ちきれないといった様子で問いかけてきた。
「一体、どうしたっていうの? なにか話しがあるんでしょ?」
空いた器をさげてもらい、お茶をもらってゆっくり飲むと、テーブルを挟んで額を寄せた。
「シュウちゃんから聞いたんだけどね、麻乃が術にかかりにくいって本当?」
「なんでまた突然、そんな話しを……」
梁瀬は体を反らせて椅子の背にもたれ、巧を観察するように見つめてから、もう一度テーブルに身を寄せてきた。
「なにかあったんだ?」
「うん。このあいだ、庸儀の襲撃があったのよ。兵数は五千程度で、大したことはなかったんだけどさ」
「もしかして、麻乃さんの部隊は初陣だったんじゃないの?」
「そう。でも麻乃が選んだやつらだからね、良く動いてくれたのよ。ただ……」
頬づえをついていた手をうなじに移し、巧は後頭部を掻いた。
「麻乃が狙われてたようで、変に敵兵が集中してね」
「狙われた?」
「ちょっと、大声を出すんじゃないわよ」
驚いて声をあげた梁瀬の頭を引っぱたいて睨みつける。
「あの赤髪の女がいてね、それからホラ、何年か前に諜報で潜り込んでたアイツもいてさ、麻乃と打ち合ってたんだよね」
「ははぁ、その二人はつるんでた、って訳ね? ってことは、あの赤髪の女は偽物ってところかな?」
「さすが、鋭いわね。それでね、あの男を相手にしていた麻乃の様子が急におかしくなって、倒れちゃったの」
「倒れたって、交戦中にでしょ? それって凄く危険じゃない? まさか、また大きな怪我を負ったんじゃないよね?」
梁瀬はまた大きな声をあげそうになり、それを抑えて身を乗り出し、巧に小声で聞いてきた。
「頬に斬り傷が一つよ。ちょうど西浜に来ていたシュウちゃんが加勢してくれたのと、岱胡が気を利かせて援護に出てくれたから、大事には至らなかったのよね」
「へぇ、二人がねぇ」
「撤退したあと詰所に運んだんだけど、目が覚めたとき、麻乃は私に抱きついてきて、本物か、生きてるのか、って聞いてきたのよ。あの男と打ち合いながら、斬り倒した敵兵が、私や隊員たちに見えてたっていうの」
目を覚ましたときの麻乃の怯えた表情を思い出した。
梁瀬は腕を組んで唸りながら首をひねっている。
「その感じだと、術中にはまったか暗示をかけられてるんだろうけど……でもなぁ……ただでさえかかりにくいのに戦ってる最中じゃ、もっとかけにくいと思うんだけど」
「覚醒しかけて、状態が変わってるとは思えない?」
そう問いかけると、ヒラヒラと手を振ってみせてからあらたまった表情で梁瀬が答えた。
「余計にかかりにくくなるならわかるけどね。かかりやすくなるとは思えないよ」
親指でこめかみの辺りを揉み解しながら、修治と同じ答えか、と巧は思った。
「それにね、ちょっと前の演習に僕の道場からも師範が出ていたんだけど、麻乃さんのいる範囲で金縛りをかけたけど、やっぱり麻乃さんに術は効かなかった、って言っていたよ」
「そう……」
「でもなぁ……今の話しは凄く気になるね。麻乃さん、このあいだもちょっと危ない感じだったし。手を出すと逆効果だろうから様子を見守るしかないんだけどね」
梁瀬は仲居を呼ぶと、お茶のお代わりを頼んでいる。
「様子がおかしいのは、私も考えがあってさ、ちょっと試そうと思ってることがあるのよね。それがうまくいけば、私ら大嫌いから少しは格上げされるかもしれないわよ」
「そういえば僕たちのこと大っ嫌いなんだっけね」
窓枠に乗って振り返り、叫んだ麻乃の姿を思い出して、二人でクスクスと笑った。
「明日の会議、麻乃さんはちゃんと来るよね?」
熱いお茶をすすりながら、梁瀬はなにかを考えている。
「そりゃあ、報告があるもの。ちゃんと報告書もまとめてたし、さすがに明日はさぼらないわよ」
「僕もちょっと試してみようかな」
組んだ手に顎を乗せ、梁瀬にしてはやけに真面目な目つきで、テーブルに置かれた湯飲みを見つめていた。
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