蓮華

釜瑪 秋摩

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島国の戦士

第120話 暴挙 ~修治 1~

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「あれは相当重傷みたいね。このところ、難しい顔ばかりして笑いもしないじゃないのよ」

 ドアのところで様子を見ていた巧が、深刻な表情でつぶやいている。

「触れられることでなにかのスイッチでも入るのか? このあいだ、俺が触れかけたときも飛んで逃げたぞ」

「問答無用で手が出ていたしねぇ、不安定云々っていうか、ちょっと危ない感じかも」

 徳丸と梁瀬もただ見守っていた。

「――似ているな」

 巧の横でドアにもたれ、修治は腕を組んだまま眉をひそめた。

「なにが似てるのよ?」

「あいつら……麻乃と鴇汰だよ。感情の幅っていうか、動きが似ている」

 巧の問いかけに答えながら、修治は握ったこぶしを口もとへ当てた。

「いや……違うな。似ているってより、憤りを増幅し合ってる感じだ」

「増幅ねぇ……確かにかなりヒートアップしてるねぇ」

 修治の言葉に梁瀬が答えたとき、麻乃の叫び声が響いた。

「もう、あたしに構わないでよ! 放っておいて! あんたたちみんな大っ嫌い!」

 あっ! と思った瞬間にはもう麻乃は窓から飛び降りていた。

「ちょっと……これは問題大ありね。また抜刀しようとするなんて」

「みんな大っ嫌いだとよ」

 廊下では鴇汰と穂高が窓から外を見おろしている。苦笑している徳丸をたしなめるように睨んだ巧は、鴇汰に歩み寄った。

「あんた馬鹿ね。追い詰めてどうするのよ」

「俺はただ、話しをしようと思っただけだよ! なのにいきなりパンチ喰らって、揚げ句、抜刀されそうに……」

「麻乃の性格をもっと考えてごらんよ。タイミングを見計らわなきゃ逃げられる一方じゃないの」

 鴇汰はまた窓の外に目を向けた。その視線の先には、建物の向こう側に消える麻乃の姿がある。

「このあいだから、麻乃が尋常じゃないのは見てわかってるでしょ? あんたの気持もわかるけど、今はそっとしておいておやりよ」

「あんたに俺のなにがわかるってんだよ!」

 巧に喰ってかかった鴇汰の頬を、修治は平手打ちした。

「おまえまであいつと一緒になってカッカしてどうする。本気で麻乃を相手にするつもりなら、もっと冷静にあいつを見てやれ。以前のおまえなら、それができたはずだ」

 頬を押さえて悔しそうにしている鴇汰を、修治はジッと見つめた。

「おまえのことは気に入らないが嫌いじゃない。麻乃は俺にとって大切な妹だ。生半可なやつにあずけるつもりはない。それだけは覚えておけ」

「…………」

 修治の顔を見ようともしない鴇汰は、黙ったままだ。
 その後ろにいる穂高も岱胡も、今の修治の言葉を意外だと言いたそうな顔で見ている割に、なにも言わない。
 このまま待ったところで、あれほど興奮していた鴇汰に、今は修治が望む答えを出すことはできないだろう。

「どうしても麻乃を構いたいっていうなら、俺を納得させるだけの度量を持てよ」

 そう言ってその場を離れた。
 歩き出した修治の後ろで、鴇汰を慰めるような巧の言葉が聞こえてくる。

「今は様子を見て、気が落ち着くのを待ってあげなさいよ。あんたにそのつもりがあるならね」

 それにしても、麻乃の態度はおかしい。
 修治に殺気を向けたこともそうだけれど、まさか鴇汰にまで、あんなにも怒りの感情を剥き出しにするとは思わなかった。医療所で、鴇汰に勘違いされていると泣きながら修治に訴えてきたときには、怒りより悲しみのほうが先立って見えたのだけれど……。

(あのあと……麻乃にまた、なにかあったのだろうか?)

 ろくに口を聞きもしない、目も合わせようとしない麻乃から、なにかを聞き出すことは不可能に近い。
 しかも今は、高田の呼び出しからも逃げているらしいし、両親が訪ねていっても毎回、留守にしていると言う。
 廊下の角を曲がるとき、修治がふと視線を向けた窓の外に、トラックが二台停まっているのが見えた。
 建物の裏手から走り出てきた麻乃が、その荷台に乗り込むのを見て、修治はため息をもらすことしかできなかった。
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