蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
119 / 780
島国の戦士

第119話 暴挙 ~麻乃 2~

しおりを挟む
(あたしは……なんでここに座っているんだろう……)

 今回の会議は絶対にサボるつもりでいた。
 前回、気まずい空気を作ったままだったからだ。
 徳丸は西詰所で一緒になっても変わらずいつもどおりに接してくれた。柳堀で揉めごとを起こしたときも、叱られはしたけれど変に問い詰めてはこなかった。
 だから麻乃もそれを受け止めたうえで、意思を伝えたつもりだ。

 ただ、柳堀のことがあってからずっと、高田の呼び出しからも修治の家族からも、おクマや松恵からさえも顔を合わせないように逃げ続けている。
 修治の耳にもすべてが伝わっているだろう。放っておいてくれるといいのだけれど、また詰め寄られたらカッとしてしまうかもしれない。
 憤りがどうにも抑えきれず気づいたら刀に手をかけていることもしばしばだ。だから麻乃は余計に人に会いたくなかった。
 徳丸もそんな思いを察してくれているのか、無理に連れ出そうとはしないで、ちゃんと来るんだぞ、と一言だけ残して先に中央へ戻っていったのに。

「隊長、明日なんですけど、俺たち食材や日用品の買い出しに行きたいんですよね」

「車二台、用意できたんで、中央までつき合ってもらってもいいですか?」

 矢萩と里子にそう言われ、仕方なくうなずいた。
 そして今日、買い出しにつき合ってそのまま帰るつもりが、まず軍部で降ろされた。

「じゃ、買い出しを済ませて、会議が終わったころに迎えに来ますから」

 と、置いてきぼりを喰らってしまった。
 呆然と立ち尽くしているところを梁瀬と穂高に見つかって捕まり、会議室へ連れられてきた。

(報告することなんか、なにもありやしないのに……)

 どの浜も報告がないのは同じだったけれど、収穫祭まで残り一月を切っていて、そのあとの豊穣の儀を含めた準備についてが話し合われた。
 シタラからはまだ知らせはない。組み合わせも行先も、これまでほとんど変わることがなかったのを考えると、例年通り麻乃は修治と一緒にヘイトだろう。

 再度、大陸へ渡った諜報の連絡も届くのはまだ先の話しだ。麻乃は一分でも一秒でも早く、西区に戻りたかった。
 視線を感じてもうつむいて誰とも顔を合わせないようにしていた。

 椅子がガタガタと動く音が響き、ハッと我にかえると、上層部が立ちあがり出ていくところだ。
 麻乃は荷物を引っつかむとあわてて上着を羽織り、誰よりも早く会議室を出た。

 廊下へ出た麻乃は不意に腕を取られ、バランスを崩して誰かの体にぶつかった。
 ほんのわずかな痛みが一瞬で苛立ちに変わり、相手の姿も確認しないまま、みぞおちあたりを殴りつけた。
 麻乃の足もとに跪いたのが鴇汰で驚く。むせ返っている姿に謝らなきゃ、と思った矢先に怒鳴られた。

「いきなり……かよ! なにすんだよ!」

「それはこっちのセリフだよ! 鴇汰がいきなり腕をつかむから、そういうことになる」

 つい言い返し、つかまれたままの腕を力任せに振りほどいた。会議室のドアからほかのみんなが顔を出している。

「俺はただ、医療所で言ったことを謝ろうと思っただけなんだぜ? 言い過ぎて悪かったって、ずっと思ってたから……」

「言い過ぎたと思っても間違ったことを言ったとは思ってないんでしょ。そんなの謝られても困る。だいいち見たくないって言うから顔を合わせないようにしてるんだ。それでいいじゃないか!」

「いいわけがないだろ! ほかにも話しがあるんだよ、とにかく聞けよ!」

 もう一度触れようと伸ばしてきた鴇汰の手を、麻乃は思い切り払いのけた。

「そんな必要はないね。あたしは話しなんかなにもない」

 鴇汰の顔が険しくなったのを見て、麻乃は自分の手が鬼灯の柄を握っていることに気づいた。

「なにやってんだよ! 二人とも本当にいい加減にしろって! 麻乃も柄を離すんだ」

 穂高もそれに気づいたのか、あわてた様子で割って入り、鴇汰の体を押さえた。
 麻乃の中で弾けた感情が抑え切れず、低くつぶやく。

「――また触れようとしたら、次は斬る」

「じょ……上等じゃねーか! だったら今抜けよ!」

 穂高の手を振りほどこうとした鴇汰を、岱胡も押さえにかかった。

「もう、あたしに構わないでよ! 放っておいて! あんたたちみんな大っ嫌い!」

 麻乃は窓枠に飛び乗ると、そこからそのまま飛び降りた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...