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島国の戦士
第107話 決意の瞬間 ~麻乃 7~
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比佐子は腕組をして麻乃に目を向け、なにかを考えるふうに首をかしげた。
「……そうね。じゃ、濃紺にして。上がったころを見計らって取りに来るから」
支払いを済ませた比佐子に、麻乃は背を押されて店を出た。
「散財させちゃったよね、半分、持つからさ」
「いいって言ったでしょ。そのぶん、穂高にしっかり稼いでもらうから」
前を歩いている比佐子は、笑いながら麻乃を振り返る。
「だって悪いよ」
「そう思うんならさ、ちゃんと答えてくれないかな。あんた、なにか隠してるでしょ?」
足を止め、麻乃は黙ったまま比佐子を睨んだ。
「私はねぇ、別になにを隠してるのか、なんて野暮なことは聞かないよ。誰にだってなにかしらあるものだしね」
(これだから……だから誰もいないところへ……)
「みんなはさ、心配して探ろうとしてるみたいだけど」
「それが嫌なんだよ。放っておいてほしいのに。だいたい、言いたくないことを黙っててなにが悪いのさ! 誰に迷惑をかけるわけでもないのに!」
半ばキレ気味に声を上げた瞬間、麻乃の耳に乾いた音が響き、頬に衝撃を感じた。痛みと熱のこもった痺れが広がり、呆然とする。
「そんなに興奮するから、私ごときの平手打ちさえも避けられないんだよ。言ったでしょ? 私は隠しごとの中身なんかどうでもいいの」
比佐子も手が痛むのか、軽く手首を振っている。
「ただ、どうしても話せないことがあるなら、そう言いなって。それがわかってればなにも聞かないし、誰にも話さないのに」
「…………」
「黙ってて、って言えばいいじゃない。私ら、そんなことも言えないような間柄じゃないでしょ?」
やっと比佐子がなにを言わんとしているのかわかった気がした。
「あたし……確かに今、隠しておきたいことがいくつかあるよ。それを話すことで傷ついたり困ったりするかもしれない人がいるから」
「そう……」
「言えないことも、話したくないってより、どう話したらいいのかがわからないんだ。なのにみんなであれこれ問い詰めてきて、どうしていいのかわからなくてイライラするんだよ」
頬をさすって顔をあげると、比佐子は仁王立ちで麻乃を睨んでいる。
「それにもういい加減、修治やみんなに頼りたくない。一人でなんでもできるようになりたい。でも、そう思ってることは知られたくなくて……」
「それでここの訓練所に来たんだ? ここなら誰も来ないもんね」
「うん、だから比佐子、絶対、みんなには言わないでほしい」
「いいよ、わかった。あんたがそういうんなら、穂高にもほかのみんなにも、聞かれても話さない。まったく……このチビちゃんは本当に不器用だよ」
比佐子にいつも以上に頭をなで回された。
「もう、あたしチャコのせいで絶対に縮んでると思う」
苦笑いを浮かべると、麻乃は乱れた髪を手櫛ですいた。
比佐子がなにを頼まれてきたのかは想像がつく。麻乃の様子がおかしくないかをみてほしい。そんなところだろう。
それに対して、どう答えたのかはわからないけれど、比佐子以外の誰もここへ訪ねてこないのは、うまくはぐらかしてくれたからに違いない。
最終日――。
後片づけをしているところに、また比佐子が顔を出した。手には大きめの包みを持っている。
「ギリギリだったね。出来上がったよ、アレ。復帰おめでとう」
受け取った包みが、やけに大きく重い。
「開けてみていい? 着てみたいんだけど」
「ん……うん、そうだね、着たところは見てみたいかな」
渋ってる様子の比佐子に疑問を感じながらも、丁寧に包みを開けると、上着が二着入っていた。
「あっ! なんで?」
「だってねぇ……替えがあったほうがいいでしょ? そこはさ、素直に喜んでよ」
「うん、本当にありがとう」
一着はもう一度包み直し、後ろに立っていた杉山に持たせると、早速、麻乃は上着に袖を通した。
普通の泉翔人が着たなら、ちょうどいいサイズなのだろう。本来、太腿の丈が、麻乃には膝にかかかる長さだ。長めの袖は折り返す。武器があるからボタンはかけられず、風が吹くと裾がなびく。
それでも、妙にしっくり体になじんだ。
「いいじゃん、なんだか引き締まった感じよ」
「ええ。『隊長』って感じがしますね」
「そんじゃあ普段はどんな感じだっていうのさ」
杉山を一睨みしてから比佐子に向き直った。
「ありがとう。大切に着るから」
襟を正してあらためてお礼を言うと、帰り支度を済ませた隊員たちとともに東区をあとにした。
(ごめん、チャコ……こんなに良くしてもらってるのに、あたしは……)
麻乃は東区へ続く道を振り返った。
「……そうね。じゃ、濃紺にして。上がったころを見計らって取りに来るから」
支払いを済ませた比佐子に、麻乃は背を押されて店を出た。
「散財させちゃったよね、半分、持つからさ」
「いいって言ったでしょ。そのぶん、穂高にしっかり稼いでもらうから」
前を歩いている比佐子は、笑いながら麻乃を振り返る。
「だって悪いよ」
「そう思うんならさ、ちゃんと答えてくれないかな。あんた、なにか隠してるでしょ?」
足を止め、麻乃は黙ったまま比佐子を睨んだ。
「私はねぇ、別になにを隠してるのか、なんて野暮なことは聞かないよ。誰にだってなにかしらあるものだしね」
(これだから……だから誰もいないところへ……)
「みんなはさ、心配して探ろうとしてるみたいだけど」
「それが嫌なんだよ。放っておいてほしいのに。だいたい、言いたくないことを黙っててなにが悪いのさ! 誰に迷惑をかけるわけでもないのに!」
半ばキレ気味に声を上げた瞬間、麻乃の耳に乾いた音が響き、頬に衝撃を感じた。痛みと熱のこもった痺れが広がり、呆然とする。
「そんなに興奮するから、私ごときの平手打ちさえも避けられないんだよ。言ったでしょ? 私は隠しごとの中身なんかどうでもいいの」
比佐子も手が痛むのか、軽く手首を振っている。
「ただ、どうしても話せないことがあるなら、そう言いなって。それがわかってればなにも聞かないし、誰にも話さないのに」
「…………」
「黙ってて、って言えばいいじゃない。私ら、そんなことも言えないような間柄じゃないでしょ?」
やっと比佐子がなにを言わんとしているのかわかった気がした。
「あたし……確かに今、隠しておきたいことがいくつかあるよ。それを話すことで傷ついたり困ったりするかもしれない人がいるから」
「そう……」
「言えないことも、話したくないってより、どう話したらいいのかがわからないんだ。なのにみんなであれこれ問い詰めてきて、どうしていいのかわからなくてイライラするんだよ」
頬をさすって顔をあげると、比佐子は仁王立ちで麻乃を睨んでいる。
「それにもういい加減、修治やみんなに頼りたくない。一人でなんでもできるようになりたい。でも、そう思ってることは知られたくなくて……」
「それでここの訓練所に来たんだ? ここなら誰も来ないもんね」
「うん、だから比佐子、絶対、みんなには言わないでほしい」
「いいよ、わかった。あんたがそういうんなら、穂高にもほかのみんなにも、聞かれても話さない。まったく……このチビちゃんは本当に不器用だよ」
比佐子にいつも以上に頭をなで回された。
「もう、あたしチャコのせいで絶対に縮んでると思う」
苦笑いを浮かべると、麻乃は乱れた髪を手櫛ですいた。
比佐子がなにを頼まれてきたのかは想像がつく。麻乃の様子がおかしくないかをみてほしい。そんなところだろう。
それに対して、どう答えたのかはわからないけれど、比佐子以外の誰もここへ訪ねてこないのは、うまくはぐらかしてくれたからに違いない。
最終日――。
後片づけをしているところに、また比佐子が顔を出した。手には大きめの包みを持っている。
「ギリギリだったね。出来上がったよ、アレ。復帰おめでとう」
受け取った包みが、やけに大きく重い。
「開けてみていい? 着てみたいんだけど」
「ん……うん、そうだね、着たところは見てみたいかな」
渋ってる様子の比佐子に疑問を感じながらも、丁寧に包みを開けると、上着が二着入っていた。
「あっ! なんで?」
「だってねぇ……替えがあったほうがいいでしょ? そこはさ、素直に喜んでよ」
「うん、本当にありがとう」
一着はもう一度包み直し、後ろに立っていた杉山に持たせると、早速、麻乃は上着に袖を通した。
普通の泉翔人が着たなら、ちょうどいいサイズなのだろう。本来、太腿の丈が、麻乃には膝にかかかる長さだ。長めの袖は折り返す。武器があるからボタンはかけられず、風が吹くと裾がなびく。
それでも、妙にしっくり体になじんだ。
「いいじゃん、なんだか引き締まった感じよ」
「ええ。『隊長』って感じがしますね」
「そんじゃあ普段はどんな感じだっていうのさ」
杉山を一睨みしてから比佐子に向き直った。
「ありがとう。大切に着るから」
襟を正してあらためてお礼を言うと、帰り支度を済ませた隊員たちとともに東区をあとにした。
(ごめん、チャコ……こんなに良くしてもらってるのに、あたしは……)
麻乃は東区へ続く道を振り返った。
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