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島国の戦士
第99話 疑念 ~麻乃 1~
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麻乃にとって、なにがあったのかは関係なかった。
(体が動く――)
その事実だけが、突然、怪我が治った不安をかき消すほどに大きかった。武器を振るっても、わずかに痛みと引きつれを感じるだけだ。休んだ時間を取り戻すように、演習場をくまなく回った。
昨日は比佐子がやけに心配をしてついて回ってきたけれど、今日は別行動を取った。
あれこれ問われても、傷が治った理由など麻乃にはわからない。誰かの声が聞こえたけれど、その声の主を見てもいなければ、それが治してくれたと確信を持っていうこともできない。
爺ちゃん先生のところでも、しつこく理由を聞かれたけれど、麻乃はなにも答えることができなかった。爺ちゃん先生はひどくむずかしい顔をして首をひねっただけだった。
多分、今日中に高田や修治の両親にも連絡が行き、変に大ごとになるかもしれない。問い詰められるのは必至だ。
全部から逃げ出して、このまま、なにもなかったことにしてしまいたかった。
今日の会議も気になったけれど、残り少ないこの演習に集中したかったし、なにより修治と顔を合わせることも、鴇汰に会うことも嫌でたまらなかった。
行かないと言いに行けば、またいろいろと問われるだろう。
そう思うと、気が重くなり、結局、麻乃は拠点に戻りもしなかった。
朝から走り続けて陽もだいぶ傾きだしたころ、一度、洞窟に戻った。傷が良くなったとはいえ、完全じゃない。最終日まで洞窟を拠点の替わりに使うことにし、休息に戻ってきたとき、麻乃は必ず湯につかった。
今日は、入ろうとした直前に隊の女の子たちのことを思い出し、連れてこようと入り口を飛び出したところで、比佐子と出くわした。
「良かった、戻ってたのね」
ホッとした顔でこちらを見た比佐子の後ろには、小坂の班の寺谷香織が立っている。
「ねぇ、一人は見つかったんだけど、もう一人が見つからないのよ。今、麻乃を探しに行こうと思ってたところだったんだけど、ちょうど会えて良かったわ」
「ははぁ、みんな気配を消すのがうまくなってきたもんね。チャコ、探しきれないか……」
「そうなのよ。ねぇ、頼める?」
「うん、わかった。なるべく早めに戻るから、二人で待っててよ」
「ごめんね、手間を取らせるけど、よろしく頼むわ」
そう言った比佐子に向かってうなずくと、麻乃は急ぎ足で森へ入った。背中に比佐子の、無茶するんじゃないわよ、という声が届いた。演習場の中は、今はほとんど気配がない。薄暗くなり始めて周囲が見にくくなる時間帯だ。
(チャコが連れていた香織は小坂の班だったから、杉山の班を探せばいいのか)
集中して気配を探りながら走る。まだ足の調子が少しばかり不安で、茂みに身を隠すようにして周囲を確かめながら移動した。麻乃がようやく杉山の班を見つけたときには、辺りはすっかり暗くなっていた。
「あんたたち、こんなところにいたんだ」
中央側の山との境目に近い斜面で、呑気に食事をとっている。暗くなってから火を焚くと目立つからと、日中にここで準備を済ませ、演習場を一回りして戻ってきたと言う。
「怪我とか体調に変わりない?」
「うちの班は大丈夫です。やっと飯も睡眠も安定してとれるようになりましたし」
おいしそうに焼けた魚を頬張りながら、杉山が言う。
「そっか、ちょっとは余裕ができたわけだ?」
「一応。俺は四度目ですしね」
十人の様子を眺めながら麻乃が聞くと、杉山は、へへっと笑った。
「ま、あと少しだからね、怪我だけは気をつけてよ。それと、これからちょっと里子、あずかっていくよ」
急に自分の名前が出て驚いたのか食べかけのところをあわてて駒沢里子が立ちあがる。
「明日の朝四時に、ここで合流しよう。いい?」
「わかりました」
「じゃあ行くよ」
里子をうながしてすぐにその場所をあとにした。
(体が動く――)
その事実だけが、突然、怪我が治った不安をかき消すほどに大きかった。武器を振るっても、わずかに痛みと引きつれを感じるだけだ。休んだ時間を取り戻すように、演習場をくまなく回った。
昨日は比佐子がやけに心配をしてついて回ってきたけれど、今日は別行動を取った。
あれこれ問われても、傷が治った理由など麻乃にはわからない。誰かの声が聞こえたけれど、その声の主を見てもいなければ、それが治してくれたと確信を持っていうこともできない。
爺ちゃん先生のところでも、しつこく理由を聞かれたけれど、麻乃はなにも答えることができなかった。爺ちゃん先生はひどくむずかしい顔をして首をひねっただけだった。
多分、今日中に高田や修治の両親にも連絡が行き、変に大ごとになるかもしれない。問い詰められるのは必至だ。
全部から逃げ出して、このまま、なにもなかったことにしてしまいたかった。
今日の会議も気になったけれど、残り少ないこの演習に集中したかったし、なにより修治と顔を合わせることも、鴇汰に会うことも嫌でたまらなかった。
行かないと言いに行けば、またいろいろと問われるだろう。
そう思うと、気が重くなり、結局、麻乃は拠点に戻りもしなかった。
朝から走り続けて陽もだいぶ傾きだしたころ、一度、洞窟に戻った。傷が良くなったとはいえ、完全じゃない。最終日まで洞窟を拠点の替わりに使うことにし、休息に戻ってきたとき、麻乃は必ず湯につかった。
今日は、入ろうとした直前に隊の女の子たちのことを思い出し、連れてこようと入り口を飛び出したところで、比佐子と出くわした。
「良かった、戻ってたのね」
ホッとした顔でこちらを見た比佐子の後ろには、小坂の班の寺谷香織が立っている。
「ねぇ、一人は見つかったんだけど、もう一人が見つからないのよ。今、麻乃を探しに行こうと思ってたところだったんだけど、ちょうど会えて良かったわ」
「ははぁ、みんな気配を消すのがうまくなってきたもんね。チャコ、探しきれないか……」
「そうなのよ。ねぇ、頼める?」
「うん、わかった。なるべく早めに戻るから、二人で待っててよ」
「ごめんね、手間を取らせるけど、よろしく頼むわ」
そう言った比佐子に向かってうなずくと、麻乃は急ぎ足で森へ入った。背中に比佐子の、無茶するんじゃないわよ、という声が届いた。演習場の中は、今はほとんど気配がない。薄暗くなり始めて周囲が見にくくなる時間帯だ。
(チャコが連れていた香織は小坂の班だったから、杉山の班を探せばいいのか)
集中して気配を探りながら走る。まだ足の調子が少しばかり不安で、茂みに身を隠すようにして周囲を確かめながら移動した。麻乃がようやく杉山の班を見つけたときには、辺りはすっかり暗くなっていた。
「あんたたち、こんなところにいたんだ」
中央側の山との境目に近い斜面で、呑気に食事をとっている。暗くなってから火を焚くと目立つからと、日中にここで準備を済ませ、演習場を一回りして戻ってきたと言う。
「怪我とか体調に変わりない?」
「うちの班は大丈夫です。やっと飯も睡眠も安定してとれるようになりましたし」
おいしそうに焼けた魚を頬張りながら、杉山が言う。
「そっか、ちょっとは余裕ができたわけだ?」
「一応。俺は四度目ですしね」
十人の様子を眺めながら麻乃が聞くと、杉山は、へへっと笑った。
「ま、あと少しだからね、怪我だけは気をつけてよ。それと、これからちょっと里子、あずかっていくよ」
急に自分の名前が出て驚いたのか食べかけのところをあわてて駒沢里子が立ちあがる。
「明日の朝四時に、ここで合流しよう。いい?」
「わかりました」
「じゃあ行くよ」
里子をうながしてすぐにその場所をあとにした。
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