96 / 780
島国の戦士
第96話 疑念 ~鴇汰 1~
しおりを挟む
山道の緩やかなカーブを、鴇汰はスピードを落として車を走らせた。
西詰所の持ち回りも、今日が最後だ。
一カ月もいたのに、なにもしていない気がする。敵襲も数える程度にあっただけだ。
(一体、俺はなにをして過ごしていたんだろう?)
もっと麻乃といる時間があると思っていた。蓋を開ければほんの数回、会っただけだ。しかも最後に会ったときには、次に合わせる顔もないくらい馬鹿なことを言ってしまった。
片手でハンドルを捌きながら、バックミラー越しに穂高を見た。窓に肘を乗せて外を眺めている。
あの日から、ろくに口も聞いていないし、穂高はちょくちょくどこかへ出かけていて、顔を合わせることも少なかった。
多分、医療所と演習場だとは思うけれど、変に意地になって聞くことができない。
曲がりきった先の森の中にチラリと赤っぽい色が見えて、ドキッとした。
さらにスピードを緩め、鴇汰はもう一度その方向を確認してみた。流れていく木々の間に麻乃の姿が見える。なにか指示を出すように片手をあげて合図している先には、穂高の妻、比佐子の姿もあった。
(あいつ……あんな怪我をしていたのに、もう戻ってるのか?)
数日前には歩けなかったのが、嘘のように動いている。麻乃の後ろを数十メートルほど離れたところに、シタラの姿が見えた。
鴇汰はハッとしてブレーキを踏み、車をとめた。
(……なんで婆さまが?)
「どうしたんだよ?」
急に車をとめたせいで、穂高が問いかけてきた。麻乃が演習に戻ってるのはなぜなのか、シタラが演習場にいるのはどうしてなのか、なにから聞けばいいのかわからず、鴇汰は黙ったまま麻乃の姿を目で追った。
「ああ、なんだ、比佐子と麻乃か。あの二人、こんなところまで来ていたのか」
鴇汰の視線の先を追った穂高がつぶやいた。
「穂高、麻乃が戻ったの知ってたのか?」
「まあね」
「歩けないほどの傷だったのに、もう出られるのかよ?」
「そうみたいだね、ああやって動き回っているくらいだし」
「みたいだね、って……穂高、毎日あいつの様子を見に行ってたんじゃねーの?」
「そんな訳ないだろう。比佐子の様子は見に行ったから、そのときに少しは麻乃の話しも聞いたけどね」
矢継ぎ早に鴇汰が問いかけると、穂高は表情も変えずに答え、また頬づえをついて外を向いた。
「それに……動けなくなったならともかく、動けるようになったんだから良かったじゃないか。気にするほどのことでもないよ」
普段は他人のことでも気にかけて、優しさを見せるのに、たった今、穂高の口から飛び出した言葉は、鴇汰を一瞬で苛立たせた。そっぽを向いた穂高の肩をつかんで引き寄せると、思わず大きな声を出した。
「気にするほどのことでもないって? おまえ……それ、本気で言ってるのかよ!」
「なにを怒っているんだよ? 麻乃のことなんか知らないって言ったのは鴇汰じゃないか」
鴇汰がつかんだ手を振りほどいて、穂高が睨みつけてくる。
狭い車内に険悪なムードが満ちた。
「わかった。もういい」
車を急発進させ、山道を曲がりきるところで、もう一度、麻乃の姿を探した。
緑の茂った森の中でもくっきりと映える赤茶の色が、遠目でもその姿だとわかるのは、単に色のせいじゃなく、鴇汰の目が意識して探すからだろうか?
麻乃のことなんか心配したって無駄なんだと思っても、いつでも頭のどこかで考えていてどうしようもない。イライラするのに近くにいたくて、顔を見たくて――。
ドアミラーを流れて消えた森から目を外し、中央へ続く道を向いた。
西詰所の持ち回りも、今日が最後だ。
一カ月もいたのに、なにもしていない気がする。敵襲も数える程度にあっただけだ。
(一体、俺はなにをして過ごしていたんだろう?)
もっと麻乃といる時間があると思っていた。蓋を開ければほんの数回、会っただけだ。しかも最後に会ったときには、次に合わせる顔もないくらい馬鹿なことを言ってしまった。
片手でハンドルを捌きながら、バックミラー越しに穂高を見た。窓に肘を乗せて外を眺めている。
あの日から、ろくに口も聞いていないし、穂高はちょくちょくどこかへ出かけていて、顔を合わせることも少なかった。
多分、医療所と演習場だとは思うけれど、変に意地になって聞くことができない。
曲がりきった先の森の中にチラリと赤っぽい色が見えて、ドキッとした。
さらにスピードを緩め、鴇汰はもう一度その方向を確認してみた。流れていく木々の間に麻乃の姿が見える。なにか指示を出すように片手をあげて合図している先には、穂高の妻、比佐子の姿もあった。
(あいつ……あんな怪我をしていたのに、もう戻ってるのか?)
数日前には歩けなかったのが、嘘のように動いている。麻乃の後ろを数十メートルほど離れたところに、シタラの姿が見えた。
鴇汰はハッとしてブレーキを踏み、車をとめた。
(……なんで婆さまが?)
「どうしたんだよ?」
急に車をとめたせいで、穂高が問いかけてきた。麻乃が演習に戻ってるのはなぜなのか、シタラが演習場にいるのはどうしてなのか、なにから聞けばいいのかわからず、鴇汰は黙ったまま麻乃の姿を目で追った。
「ああ、なんだ、比佐子と麻乃か。あの二人、こんなところまで来ていたのか」
鴇汰の視線の先を追った穂高がつぶやいた。
「穂高、麻乃が戻ったの知ってたのか?」
「まあね」
「歩けないほどの傷だったのに、もう出られるのかよ?」
「そうみたいだね、ああやって動き回っているくらいだし」
「みたいだね、って……穂高、毎日あいつの様子を見に行ってたんじゃねーの?」
「そんな訳ないだろう。比佐子の様子は見に行ったから、そのときに少しは麻乃の話しも聞いたけどね」
矢継ぎ早に鴇汰が問いかけると、穂高は表情も変えずに答え、また頬づえをついて外を向いた。
「それに……動けなくなったならともかく、動けるようになったんだから良かったじゃないか。気にするほどのことでもないよ」
普段は他人のことでも気にかけて、優しさを見せるのに、たった今、穂高の口から飛び出した言葉は、鴇汰を一瞬で苛立たせた。そっぽを向いた穂高の肩をつかんで引き寄せると、思わず大きな声を出した。
「気にするほどのことでもないって? おまえ……それ、本気で言ってるのかよ!」
「なにを怒っているんだよ? 麻乃のことなんか知らないって言ったのは鴇汰じゃないか」
鴇汰がつかんだ手を振りほどいて、穂高が睨みつけてくる。
狭い車内に険悪なムードが満ちた。
「わかった。もういい」
車を急発進させ、山道を曲がりきるところで、もう一度、麻乃の姿を探した。
緑の茂った森の中でもくっきりと映える赤茶の色が、遠目でもその姿だとわかるのは、単に色のせいじゃなく、鴇汰の目が意識して探すからだろうか?
麻乃のことなんか心配したって無駄なんだと思っても、いつでも頭のどこかで考えていてどうしようもない。イライラするのに近くにいたくて、顔を見たくて――。
ドアミラーを流れて消えた森から目を外し、中央へ続く道を向いた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる