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島国の戦士
第93話 再生 ~修治 1~
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翌日の昼過ぎ、修治は穂高とともに拠点で比佐子を待った。木々のあいだに見つけた比佐子は、こちらへ近づくのをためらっているのか、妙に遅い。焦れた様子の穂高が呼びかけた。
「比佐子!」
「ちょうど二人が一緒にいるなんて、いいタイミングじゃない」
比佐子がそばへ寄ると、修治はすかさず問いかけた。
「麻乃はどうだ?」
「うん、今日も特に変わったところはないみたい。様子は、ね」
そして戸惑い気味に、修治と穂高におずおずとたずねてきた。
「あのさ、私ら戦士は、女神さまの加護印のおかげもあって、傷が治りやすいのよね?」
修治は比佐子の問いに、思わず穂高と顔を見合わせた。
「なんだ? 今さら」
「そりゃあ、普通の人よりは治りが早いよ。でもそれは一カ月かかるところが二十日で済むとか、一週間のところが五日で済むとか、そんな話だろう?」
比佐子は頬に手を当てて首をかしげると、あとを続けた。
「そうよね……? 術師の回復術にしても、軽いすり傷をふさぐとか高めの熱を下げるとか、そんなレベルよね? 怪我を治したり病気を治したりするのは無理なのよね?」
「当たり前だ。そんなことができるなら、医療所の先生がたの商売、上がったりだろうが」
「じゃあ、麻乃の怪我は、一体、誰が治したの?」
不安そうな顔をみせた比佐子の長い髪を、風が巻きあげた。やけに冷たい風に三人とも背筋を震わせた。
「治った――?」
比佐子は修治の言葉に黙ってうなずく。
「な……なにを言ってるんだよ、あれだけの傷が、昨日今日で治るはずがないだろう」
「そりゃあ、完全に治ってるっていうわけじゃあないのよ。でも、もう松葉杖なしで歩くし背中も足もかさぶたが残っているだけで――」
「それだっておかしいだろう? いくらなんでも早すぎる」
穂高と比佐子のやり取りを聞きながら、修治はじっと考えた。
「比佐子、そのことで麻乃はなんて言っていた?」
「わからない、の一点張りよ。目が覚めたらこうなっていた、って」
「そうか……」
「そんな状態だから麻乃は出るって聞かないし……せめて今日は、大人しくしているように説得したんだけどね。明日からはもう止められないわよ」
ため息まじりに比佐子が訴えてくる。
「一体、なんなんだろう? 体質の問題、ってあるんだろうか?」
穂高が修治に視線を向けてくる。体質にかかる意味が、鬼神の家系に関係していると言いたいのだろうことは良くわかる。
「そうだとしたら、西浜でのロマジェリカ戦で負った肩の傷や火傷は、もっと早くに治ったはずだ」
「ああ、そういえばそうか……」
このところ、麻乃の周りで起こることはどうもおかしい。なにがどうと問われると答えようがないのだけれど、腑に落ちないことが多いと思うのは、気のせいだろうか?
昔のように四六時中、一緒にいるわけではない。だからと言って、自分のことにかまけて放ったらかしにした覚えもない。ほかの誰よりも、麻乃のことはわかっているつもりだ。
それとも、それが間違っているんだろうか? 実は麻乃のことをなにもわかっていないのだろうか。隠しごとのこともそうだ。
「もしも誰かがなにかをしたんだとしたら、やっぱり術師しか考えられないよなぁ」
「そりゃあね……ほかに傷を治せるような人はいないけど、でも、じゃあ誰が……?」
そう。一体、誰が――?
今は、この演習場には術師はいない。
どうしても嫌な感じが拭いきれない。
「俺は次の会議のときに、梁瀬さんに心当たりがないか聞いてみるよ。傷を治すことが可能かどうかね」
「ああ。頼む。そのときは俺もいるようにする」
「麻乃のほうはどうするの? 明日から出してもいい?」
「仕方ないだろう。明日はまず、拠点に連れてきてくれないか? 麻乃がなにを言おうと引きずってでもだ」
うなずいて出ていった比佐子を見送ると、穂高も詰所へ戻っていった。一人、残った修治は空を仰ぐと、テントに戻った。
「比佐子!」
「ちょうど二人が一緒にいるなんて、いいタイミングじゃない」
比佐子がそばへ寄ると、修治はすかさず問いかけた。
「麻乃はどうだ?」
「うん、今日も特に変わったところはないみたい。様子は、ね」
そして戸惑い気味に、修治と穂高におずおずとたずねてきた。
「あのさ、私ら戦士は、女神さまの加護印のおかげもあって、傷が治りやすいのよね?」
修治は比佐子の問いに、思わず穂高と顔を見合わせた。
「なんだ? 今さら」
「そりゃあ、普通の人よりは治りが早いよ。でもそれは一カ月かかるところが二十日で済むとか、一週間のところが五日で済むとか、そんな話だろう?」
比佐子は頬に手を当てて首をかしげると、あとを続けた。
「そうよね……? 術師の回復術にしても、軽いすり傷をふさぐとか高めの熱を下げるとか、そんなレベルよね? 怪我を治したり病気を治したりするのは無理なのよね?」
「当たり前だ。そんなことができるなら、医療所の先生がたの商売、上がったりだろうが」
「じゃあ、麻乃の怪我は、一体、誰が治したの?」
不安そうな顔をみせた比佐子の長い髪を、風が巻きあげた。やけに冷たい風に三人とも背筋を震わせた。
「治った――?」
比佐子は修治の言葉に黙ってうなずく。
「な……なにを言ってるんだよ、あれだけの傷が、昨日今日で治るはずがないだろう」
「そりゃあ、完全に治ってるっていうわけじゃあないのよ。でも、もう松葉杖なしで歩くし背中も足もかさぶたが残っているだけで――」
「それだっておかしいだろう? いくらなんでも早すぎる」
穂高と比佐子のやり取りを聞きながら、修治はじっと考えた。
「比佐子、そのことで麻乃はなんて言っていた?」
「わからない、の一点張りよ。目が覚めたらこうなっていた、って」
「そうか……」
「そんな状態だから麻乃は出るって聞かないし……せめて今日は、大人しくしているように説得したんだけどね。明日からはもう止められないわよ」
ため息まじりに比佐子が訴えてくる。
「一体、なんなんだろう? 体質の問題、ってあるんだろうか?」
穂高が修治に視線を向けてくる。体質にかかる意味が、鬼神の家系に関係していると言いたいのだろうことは良くわかる。
「そうだとしたら、西浜でのロマジェリカ戦で負った肩の傷や火傷は、もっと早くに治ったはずだ」
「ああ、そういえばそうか……」
このところ、麻乃の周りで起こることはどうもおかしい。なにがどうと問われると答えようがないのだけれど、腑に落ちないことが多いと思うのは、気のせいだろうか?
昔のように四六時中、一緒にいるわけではない。だからと言って、自分のことにかまけて放ったらかしにした覚えもない。ほかの誰よりも、麻乃のことはわかっているつもりだ。
それとも、それが間違っているんだろうか? 実は麻乃のことをなにもわかっていないのだろうか。隠しごとのこともそうだ。
「もしも誰かがなにかをしたんだとしたら、やっぱり術師しか考えられないよなぁ」
「そりゃあね……ほかに傷を治せるような人はいないけど、でも、じゃあ誰が……?」
そう。一体、誰が――?
今は、この演習場には術師はいない。
どうしても嫌な感じが拭いきれない。
「俺は次の会議のときに、梁瀬さんに心当たりがないか聞いてみるよ。傷を治すことが可能かどうかね」
「ああ。頼む。そのときは俺もいるようにする」
「麻乃のほうはどうするの? 明日から出してもいい?」
「仕方ないだろう。明日はまず、拠点に連れてきてくれないか? 麻乃がなにを言おうと引きずってでもだ」
うなずいて出ていった比佐子を見送ると、穂高も詰所へ戻っていった。一人、残った修治は空を仰ぐと、テントに戻った。
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