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島国の戦士
第91話 再生 ~比佐子 1~
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気配を抑えるのが苦手な比佐子でも、洞窟からある程度の距離を取るまでは、細心の注意は払っている。そのおかげか、今のところはこの近辺で出くわすことはない。
川に出てからさらに洞窟から距離をとり、見通しのいい河原でようやく一息ついた。澄んだ水を口に含んで咽を潤してから武器を抜く。
(まいったね。これは。本当に狙われちゃってる?)
森の中から確実に比佐子に近づいてくる気配。麻乃ならもっと早くに気づいて対処するんだろう。比佐子はもう逃げようもないところまできて、やっと気づく。
(ま、いいか――)
麻乃から許可はもらった。これまでは加減をしようと思ってうまくいかなかっただけだ。
ザッと音を立てて木陰から飛び出してきた連中に、ひと声、放った。
「あんたたち、運が悪かったわね」
グッと武器を握る手に力を込め、比佐子は隊員たちが向かってくる前に打ちかかった。
その立ち回りはとても豪快で激しい。麻乃や修治に強いとか凄いとかいわれるのは、ここからきているのは比佐子自身も知っている。
西区出身者は基本をしっかり押さえ、相手の出かたを見ながら太刀を振るう人が多い。道場の師範ともなればなおさらだ。麻乃にしても修治にしても、こんなときには無駄の少ない、しなやかな動きをする。
勢いと力で捻じ伏せてくるような、北区出身の比佐子の攻撃に、何人かの隊員が怯み、倒れた。残りの隊員たちも力強さにあっと言う間に武器を弾かれ、電流に加えて打たれた痛みに意識を失った。
リストバンドを奪い取るとき、隊員たちの顔をあらためて確認すると、前日にやり合った相手だ。
(麻乃のいうとおり、稼げる相手と思われたわけだ)
腰まである長い髪を比佐子は片手で払い、パンツのポケットから出したハンカチでまとめて縛った。
「悪いわねぇ、私も本気を出さないと麻乃が怒るからさ。勘が戻らなくて手加減ができないけど、おあいこってことで許してよね」
意識がないのは承知の上であえて断り、リュックにリストバンドを突っ込むと、武器を納めた。
「さすがじゃないか」
突然、上から降ってきた言葉に比佐子がハッと身構えると、一番手前の木から修治が飛び降りてきた。
「いつからいたの?」
「おまえが水を飲んだ辺りからか」
「じゃあ最初からじゃないの」
仁王立ちして睨みつけると、修治はそれに答えずに周囲を見回した。
「おまえが出てきているってことは、麻乃が入ったか」
「あ、うん。人の絶対に来ないところにテントを張ったから、一人にしておいても安心だよ」
「そうか。まったくあの馬鹿、声もかけずに出やがって」
心配そうな様子の修治にうなずいた。
「一応ね、修治さんを待つか聞いたんだけど。いいって言うからさ」
それより、と、比佐子は修治に一歩近寄る。
「麻乃の怪我が思ったよりひどいじゃない。このあとの様子次第になるけど、調子が悪いようなら帰したほうがいい?」
「帰れと言って、大人しく帰るタマだと思うか?」
修治はそう言って苦笑した。
「でもあの傷じゃ、演習が終わるまでに動けるようになるのかも疑問よ?」
「戻らせた時点で、よほどのことがなければ帰すのは無理だと踏んでいる。だからこそ、身近に置いておきたかったんだがな」
「んー、そんなに心配しなくても大丈夫よ。私もしっかり見てるし、無理はさせないから」
そのことよりもな、と考え込んでいた修治が、顔を上げて比佐子の目を見た。
「比佐子、拠点には戻るよな?」
「日に一度は必ず戻るつもりだけど、どうして?」
「麻乃の様子を逐一知らせてほしい。俺がいないときは少しのあいだ、待ってみてくれ。まめに戻るようにする」
「そりゃあ構わないけど……」
一体、修治はなにが気になるのか。おかしな頼みごとに首をかしげて、しげしげとその顔を見つめた。
「あいつ、このところずっと不安定なことが多くてな。少しばかり気になることもあるんだよ」
そんな比佐子の視線に答えるように、そうつぶやいた。
「あのさ、穂高もなんだか同じようなことを言っていたのよね。やっぱり自分が来たときにいろいろと聞きたいから、ってね」
「穂高が? そうか……なるほどな」
修治はまた考え込むように下を向き、すぐに顔を上げて一人で納得している。
「穂高はいつ来るって?」
「さあ? でもまめに顔を出すようなことを言ってたわね」
比佐子は荷物を背負い直して、修治に答えた。
「ねぇ。面倒なのよね。きっと話せることは同じことだろうから、なにか聞きたいなら一緒にいてちょうだいよ」
川に出てからさらに洞窟から距離をとり、見通しのいい河原でようやく一息ついた。澄んだ水を口に含んで咽を潤してから武器を抜く。
(まいったね。これは。本当に狙われちゃってる?)
森の中から確実に比佐子に近づいてくる気配。麻乃ならもっと早くに気づいて対処するんだろう。比佐子はもう逃げようもないところまできて、やっと気づく。
(ま、いいか――)
麻乃から許可はもらった。これまでは加減をしようと思ってうまくいかなかっただけだ。
ザッと音を立てて木陰から飛び出してきた連中に、ひと声、放った。
「あんたたち、運が悪かったわね」
グッと武器を握る手に力を込め、比佐子は隊員たちが向かってくる前に打ちかかった。
その立ち回りはとても豪快で激しい。麻乃や修治に強いとか凄いとかいわれるのは、ここからきているのは比佐子自身も知っている。
西区出身者は基本をしっかり押さえ、相手の出かたを見ながら太刀を振るう人が多い。道場の師範ともなればなおさらだ。麻乃にしても修治にしても、こんなときには無駄の少ない、しなやかな動きをする。
勢いと力で捻じ伏せてくるような、北区出身の比佐子の攻撃に、何人かの隊員が怯み、倒れた。残りの隊員たちも力強さにあっと言う間に武器を弾かれ、電流に加えて打たれた痛みに意識を失った。
リストバンドを奪い取るとき、隊員たちの顔をあらためて確認すると、前日にやり合った相手だ。
(麻乃のいうとおり、稼げる相手と思われたわけだ)
腰まである長い髪を比佐子は片手で払い、パンツのポケットから出したハンカチでまとめて縛った。
「悪いわねぇ、私も本気を出さないと麻乃が怒るからさ。勘が戻らなくて手加減ができないけど、おあいこってことで許してよね」
意識がないのは承知の上であえて断り、リュックにリストバンドを突っ込むと、武器を納めた。
「さすがじゃないか」
突然、上から降ってきた言葉に比佐子がハッと身構えると、一番手前の木から修治が飛び降りてきた。
「いつからいたの?」
「おまえが水を飲んだ辺りからか」
「じゃあ最初からじゃないの」
仁王立ちして睨みつけると、修治はそれに答えずに周囲を見回した。
「おまえが出てきているってことは、麻乃が入ったか」
「あ、うん。人の絶対に来ないところにテントを張ったから、一人にしておいても安心だよ」
「そうか。まったくあの馬鹿、声もかけずに出やがって」
心配そうな様子の修治にうなずいた。
「一応ね、修治さんを待つか聞いたんだけど。いいって言うからさ」
それより、と、比佐子は修治に一歩近寄る。
「麻乃の怪我が思ったよりひどいじゃない。このあとの様子次第になるけど、調子が悪いようなら帰したほうがいい?」
「帰れと言って、大人しく帰るタマだと思うか?」
修治はそう言って苦笑した。
「でもあの傷じゃ、演習が終わるまでに動けるようになるのかも疑問よ?」
「戻らせた時点で、よほどのことがなければ帰すのは無理だと踏んでいる。だからこそ、身近に置いておきたかったんだがな」
「んー、そんなに心配しなくても大丈夫よ。私もしっかり見てるし、無理はさせないから」
そのことよりもな、と考え込んでいた修治が、顔を上げて比佐子の目を見た。
「比佐子、拠点には戻るよな?」
「日に一度は必ず戻るつもりだけど、どうして?」
「麻乃の様子を逐一知らせてほしい。俺がいないときは少しのあいだ、待ってみてくれ。まめに戻るようにする」
「そりゃあ構わないけど……」
一体、修治はなにが気になるのか。おかしな頼みごとに首をかしげて、しげしげとその顔を見つめた。
「あいつ、このところずっと不安定なことが多くてな。少しばかり気になることもあるんだよ」
そんな比佐子の視線に答えるように、そうつぶやいた。
「あのさ、穂高もなんだか同じようなことを言っていたのよね。やっぱり自分が来たときにいろいろと聞きたいから、ってね」
「穂高が? そうか……なるほどな」
修治はまた考え込むように下を向き、すぐに顔を上げて一人で納得している。
「穂高はいつ来るって?」
「さあ? でもまめに顔を出すようなことを言ってたわね」
比佐子は荷物を背負い直して、修治に答えた。
「ねぇ。面倒なのよね。きっと話せることは同じことだろうから、なにか聞きたいなら一緒にいてちょうだいよ」
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