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島国の戦士
第85話 物憂い ~修治 2~
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「よりによって鴇汰とはな。まさか六年前のあのときからか?」
数秒、見つめ合ってから麻乃は目を閉じた。
「ねぇ、どうして人は、どうにもならない相手にも気持ちを寄せてしまうんだろうね。どうして思い合える人だけに、気持ちが向いてくれないんだろう? わざわざ苦い思いをしてまでも、なんでその人じゃないと駄目なんだろうね」
「どうにもならない? 鴇汰がか? そんなことはないだろう。あいつは――」
言いかけの言葉をさえぎって麻乃は首を振る。
「駄目なんだよ。あたしが自分の気持ちに気づいたときには終わってたんだ」
「終わってたって? 俺から見たらあいつはおまえに向いているぞ。ほかのみんなも同じように思ってる。どうして確かめない?」
「そんな必要もないからだよ」
「前にも聞いたが、どうしてそう思うんだ?」
麻乃はそれには答えずに、目をこすって窓の外を見た。
「五年前さ、庸儀との戦争で怪我をして取り残された人を世話したこと、覚えてる?」
「ああ、覚えてる」
「あたし、あの人を好きになれたら、って思ったんだよね。まぁ、結果あの人は諜報であっさり裏切られたけどさ」
「そうだったな……」
「みんなは、あたしが好いた相手に裏切られて捨てられたことが原因で、傷ついたんだろうって思ってたみたいだけど、そうじゃないんだ」
昔の思い出を手繰り寄せるかのように、ギュッとシーツを握り締めている。その手がわずかに震えているように見えた。
「あたしは、好きになりきれなかった……ううん、ちっとも好きだなんて思えなかった。鴇汰以外の人に気持ちを向けることができなかった自分自身に傷ついたんだよ。いっそ、あの人を愛して捨てられて傷ついたほうが良かった、って思った」
そんなにも、麻乃が鴇汰を想っていようとは、さすがに考えてもみなかった。それでいてなにも確かめず、なにも言わないのはどういうわけなんだ?
「あたし、なんだかどうにもならないことが多過ぎて。このこともそうだけど、今の状態もそう。やらなきゃならないことは、いっぱいあるのにさ、なんでこんなところで寝てなきゃならないんだろう、ってね」
「ああ……」
「今は、部隊のことだけを考えていたいんだよ。だから、もうこの話しはやめようよ」
そう言われると修治もそれ以上はなにも言えず、ただ一言「わかった」と返すしかなかった。時間はもう九時になろうとしている。
「修治、もう戻ってよ。サボり過ぎ」
麻乃も時計を見ると、小さく笑ってそう言った。
「そうだな、うっかり寝ちまったことは内緒にしろよ」
「わかってる……修治、これまでありがとうね。あたし、本当に心からそう思ってるんだよ。いつもいろいろと、本当にありがとう」
立ちあがって部屋を出ようとドアを開けた後ろから、麻乃はやけにしおらしくそう言うと、またベッドに横になって頭から布団を被ってしまった。
数秒、見つめ合ってから麻乃は目を閉じた。
「ねぇ、どうして人は、どうにもならない相手にも気持ちを寄せてしまうんだろうね。どうして思い合える人だけに、気持ちが向いてくれないんだろう? わざわざ苦い思いをしてまでも、なんでその人じゃないと駄目なんだろうね」
「どうにもならない? 鴇汰がか? そんなことはないだろう。あいつは――」
言いかけの言葉をさえぎって麻乃は首を振る。
「駄目なんだよ。あたしが自分の気持ちに気づいたときには終わってたんだ」
「終わってたって? 俺から見たらあいつはおまえに向いているぞ。ほかのみんなも同じように思ってる。どうして確かめない?」
「そんな必要もないからだよ」
「前にも聞いたが、どうしてそう思うんだ?」
麻乃はそれには答えずに、目をこすって窓の外を見た。
「五年前さ、庸儀との戦争で怪我をして取り残された人を世話したこと、覚えてる?」
「ああ、覚えてる」
「あたし、あの人を好きになれたら、って思ったんだよね。まぁ、結果あの人は諜報であっさり裏切られたけどさ」
「そうだったな……」
「みんなは、あたしが好いた相手に裏切られて捨てられたことが原因で、傷ついたんだろうって思ってたみたいだけど、そうじゃないんだ」
昔の思い出を手繰り寄せるかのように、ギュッとシーツを握り締めている。その手がわずかに震えているように見えた。
「あたしは、好きになりきれなかった……ううん、ちっとも好きだなんて思えなかった。鴇汰以外の人に気持ちを向けることができなかった自分自身に傷ついたんだよ。いっそ、あの人を愛して捨てられて傷ついたほうが良かった、って思った」
そんなにも、麻乃が鴇汰を想っていようとは、さすがに考えてもみなかった。それでいてなにも確かめず、なにも言わないのはどういうわけなんだ?
「あたし、なんだかどうにもならないことが多過ぎて。このこともそうだけど、今の状態もそう。やらなきゃならないことは、いっぱいあるのにさ、なんでこんなところで寝てなきゃならないんだろう、ってね」
「ああ……」
「今は、部隊のことだけを考えていたいんだよ。だから、もうこの話しはやめようよ」
そう言われると修治もそれ以上はなにも言えず、ただ一言「わかった」と返すしかなかった。時間はもう九時になろうとしている。
「修治、もう戻ってよ。サボり過ぎ」
麻乃も時計を見ると、小さく笑ってそう言った。
「そうだな、うっかり寝ちまったことは内緒にしろよ」
「わかってる……修治、これまでありがとうね。あたし、本当に心からそう思ってるんだよ。いつもいろいろと、本当にありがとう」
立ちあがって部屋を出ようとドアを開けた後ろから、麻乃はやけにしおらしくそう言うと、またベッドに横になって頭から布団を被ってしまった。
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