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島国の戦士
第82話 物憂い ~麻乃 2~
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「もう何年も普通に話しをしていたし、一応、仲良くやってきたつもりで、すっかり忘れてたけどさ、鴇汰はそもそも、あたしのことを良く思ってなかったんだよね」
「それは誤解だって!」
「まぁ、穂高も知ってのとおり、最初の印象を悪くしたのは、あたし自身だったから仕方ないんだけどさ。昔はこっぴどくやられたし。昨日、あらためてそれを思い出したよ」
「二人とも、一度ちゃんと話したほうがいいよ。どっちもなにか誤解してるみたいだから」
「だから、もういいんだってば。見るのも嫌なほどに嫌われてるとは思いもしなかったけど……まぁ、顔を合わせずに済むようにすればいいことでしょ……それについては、あたしもちゃんと考えて決めたからさ」
「決めた、って……一体なにをだよ?」
問いかけには答えずに、一瞬、外に目を向けてから、麻乃は穂高に視線を戻した。穂高は困ったような顔をして視線を避けて下を向くと、小さな声で聞いてきた。
「あのさ、怒らずに聞いてほしいんだけど、もしかして、まだ修治さんと……」
「はぁ?」
思わず麻乃は素っ頓狂な声をあげて穂高の顔を見た。
「ありえないよ。そりゃあ、子どものころは単純に修治のお嫁さんになるんだ、なんてことを思っていたし、そういう時期もあったけど、あたしたちのあいだにはもう、兄妹っていうか、家族としての感情しかないよ。それに言っとくけど、修治、嫁さんがいるよ」
「えっ! 嫁さん?」
今度は穂高が驚いた声をあげ、麻乃はあわてて付け加えた。
「あ……いや、ごめん、そうじゃないの。正確に言うと婚約者がいるんだよ。うちの道場のね、先生の娘さんで、あたしの姉さんのような人なんだ」
穂高は放心したように、ぽかんと口を開いたまま動でかない。
「穂高はほかの人にあれこれ話すやつじゃないから言うけどさ、修治は今度の豊穣の儀が済んだら、その人と祝言を挙げるんだ」
「…………」
「無事に戻ってきたら、修治が自分でみんなに話すだろうから、それまで黙っていてよね」
「そんなだいじなこと、それはもちろん、誰にも話したりはしないけど……そうなんだ、修治さん結婚……そうか、そんな相手が麻乃じゃなくて、ちゃんといたんだ」
椅子の背もたれに寄りかかり、頭の後ろで腕を組んでぼんやり上を見た穂高は、独り言のようにつぶやいている。
「待てよ? それならなおさら、なんの問題もないじゃないか。麻乃、鴇汰の気持ちはちゃんと聞いたんだろう?」
そう言って麻乃に向き直り、今度はしっかりと目を見つめてきた。
「気持ち……聞いたろ、って……でも、あれはないでしょ? だってありえないでしょ。違う?」
「どうしてありえないの? 俺はあいつとは子どものころからのつき合いだから知ってるけど、嘘や冗談半分でそんなこというやつじゃないよ?」
ムッとして麻乃は穂高を睨み、逆に問いかけた。
「冗談じゃないならなんなの? 嫌がらせだっての? あたしだって馬鹿じゃないよ。あることとないことくらい、区別はつくよ」
「だからさ、どうしてないことが前提なんだい? なにかかそう思う理由がある? それで返事もしなかったっていうのか?」
「理由もなにも、それはさ――」
穂高がいつになく真剣に喰らいついてくることに、麻乃は疑問を感じた。鴇汰の言葉に嘘がないと頭から信じて疑っていないようだ。
「ねぇ、穂高はもしかして、なにも聞いてないの……?」
眉をひそめて穂高の表情を見た。
「なにも、って一体なにを?」
その表情を見て麻乃は悟った。穂高はなにも聞いていない。知らないんだ、と。
「そっか……」
「鴇汰の気持ちが本気じゃないって思うようななにかがあるっていうのかい?」
「あいつ自身が穂高にも言ってないなら、あたしの口からはなにも言えない。そのうち、鴇汰がちゃんと話してくれるよ」
そう言ってうつむいた頬を、また涙が伝って落ちた。昨日、あれだけ泣いたのに。まただ。体じゅうの水分がなくなっちゃうんじゃないだろうか?
「それは誤解だって!」
「まぁ、穂高も知ってのとおり、最初の印象を悪くしたのは、あたし自身だったから仕方ないんだけどさ。昔はこっぴどくやられたし。昨日、あらためてそれを思い出したよ」
「二人とも、一度ちゃんと話したほうがいいよ。どっちもなにか誤解してるみたいだから」
「だから、もういいんだってば。見るのも嫌なほどに嫌われてるとは思いもしなかったけど……まぁ、顔を合わせずに済むようにすればいいことでしょ……それについては、あたしもちゃんと考えて決めたからさ」
「決めた、って……一体なにをだよ?」
問いかけには答えずに、一瞬、外に目を向けてから、麻乃は穂高に視線を戻した。穂高は困ったような顔をして視線を避けて下を向くと、小さな声で聞いてきた。
「あのさ、怒らずに聞いてほしいんだけど、もしかして、まだ修治さんと……」
「はぁ?」
思わず麻乃は素っ頓狂な声をあげて穂高の顔を見た。
「ありえないよ。そりゃあ、子どものころは単純に修治のお嫁さんになるんだ、なんてことを思っていたし、そういう時期もあったけど、あたしたちのあいだにはもう、兄妹っていうか、家族としての感情しかないよ。それに言っとくけど、修治、嫁さんがいるよ」
「えっ! 嫁さん?」
今度は穂高が驚いた声をあげ、麻乃はあわてて付け加えた。
「あ……いや、ごめん、そうじゃないの。正確に言うと婚約者がいるんだよ。うちの道場のね、先生の娘さんで、あたしの姉さんのような人なんだ」
穂高は放心したように、ぽかんと口を開いたまま動でかない。
「穂高はほかの人にあれこれ話すやつじゃないから言うけどさ、修治は今度の豊穣の儀が済んだら、その人と祝言を挙げるんだ」
「…………」
「無事に戻ってきたら、修治が自分でみんなに話すだろうから、それまで黙っていてよね」
「そんなだいじなこと、それはもちろん、誰にも話したりはしないけど……そうなんだ、修治さん結婚……そうか、そんな相手が麻乃じゃなくて、ちゃんといたんだ」
椅子の背もたれに寄りかかり、頭の後ろで腕を組んでぼんやり上を見た穂高は、独り言のようにつぶやいている。
「待てよ? それならなおさら、なんの問題もないじゃないか。麻乃、鴇汰の気持ちはちゃんと聞いたんだろう?」
そう言って麻乃に向き直り、今度はしっかりと目を見つめてきた。
「気持ち……聞いたろ、って……でも、あれはないでしょ? だってありえないでしょ。違う?」
「どうしてありえないの? 俺はあいつとは子どものころからのつき合いだから知ってるけど、嘘や冗談半分でそんなこというやつじゃないよ?」
ムッとして麻乃は穂高を睨み、逆に問いかけた。
「冗談じゃないならなんなの? 嫌がらせだっての? あたしだって馬鹿じゃないよ。あることとないことくらい、区別はつくよ」
「だからさ、どうしてないことが前提なんだい? なにかかそう思う理由がある? それで返事もしなかったっていうのか?」
「理由もなにも、それはさ――」
穂高がいつになく真剣に喰らいついてくることに、麻乃は疑問を感じた。鴇汰の言葉に嘘がないと頭から信じて疑っていないようだ。
「ねぇ、穂高はもしかして、なにも聞いてないの……?」
眉をひそめて穂高の表情を見た。
「なにも、って一体なにを?」
その表情を見て麻乃は悟った。穂高はなにも聞いていない。知らないんだ、と。
「そっか……」
「鴇汰の気持ちが本気じゃないって思うようななにかがあるっていうのかい?」
「あいつ自身が穂高にも言ってないなら、あたしの口からはなにも言えない。そのうち、鴇汰がちゃんと話してくれるよ」
そう言ってうつむいた頬を、また涙が伝って落ちた。昨日、あれだけ泣いたのに。まただ。体じゅうの水分がなくなっちゃうんじゃないだろうか?
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