蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
80 / 780
島国の戦士

第80話 すれ違い ~修治 1~

しおりを挟む
「シュウちゃん」

 修治が拠点で食事の支度をしていると、突然、多香子に呼ばれた。その場にいた師範たちにあいさつをしながら、なにか言いたそうにしていたので、テントにうながした。

「どうしたんだ? こんな遅い時間にこんなところまで。なにかあったのか?」

「うん、父さんに言われて、麻乃ちゃんの様子を見にいってきたんだけど、あの子、なにかあったの?」

「なにかもなにも、見てのとおり、あの怪我だ」

「違うのよ、そうじゃないの」

 大きく首を振った多香子は、心配そうな表情で修治を見つめてくる。

「それがね、あの子……突然、泣き出しちゃって……」

「泣いた?」

「いただきものを食べていたら、本当に突然。傷が痛むのかと思ったんだけど、そうじゃないみたいで……自分でも涙に驚いていたようで。なによりあんなに静かに泣くなんて、よほどのことがあったんじゃあないかと思うのよね。シュウちゃんは、なにも聞いてないの?」

「いや、なにも。だけどよほどのこと、か。弱ったな……怪我が長引きそうだから、今夜からあいつが抜けた穴埋めに参加してくれる人がくるんだよ。俺も抜けるわけにはいかないんだ」

「だって――」

「いや、いい。わかった。今から、おまえを送りがてら様子を見てくるよ」

 立ちあがると、ホッと息をついてうなずいた多香子の手を取った。
 聞けばすぐに帰るつもりで、歩いてきたと言う。辺りはすっかり暗くなっていると言うのに、不用心にもほどがある。
 車を用意して多香子を助手席に乗せると、修治は真っすぐ道場に向かい、多香子が母屋に入るのを確認してから医療所へ向かった。
 静まりかえった医療所の廊下を急いで麻乃の病室に向かって歩いた。すりガラスの小窓から明かりが漏れている。
 ノックをしても返事はなく、そっとドアを開けて中に入ると、ベッドにうつ伏せている姿が見えた。

「寝てるのか?」

 声をかけても返事はない。近づいてみると、枕もとに読みかけたままの資料が広げられていた。小さく寝息をたてている頬が濡れている。

(泣き寝入りしやがったのか……)

 その頬に触れると、妙に熱い。傷のせいで発熱したのか――。
 布団をかけ直して、病室を出た。結局、なにも聞けず、なにもわからないまま、長居をするわけにもいかず、修治は仕方なしに演習に戻った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】妃が毒を盛っている。

井上 佳
ファンタジー
2年前から病床に臥しているハイディルベルクの王には、息子が2人いる。 王妃フリーデの息子で第一王子のジークムント。 側妃ガブリエレの息子で第二王子のハルトヴィヒ。 いま王が崩御するようなことがあれば、第一王子が玉座につくことになるのは間違いないだろう。 貴族が集まって出る一番の話題は、王の後継者を推測することだった―― 見舞いに来たエルメンヒルデ・シュティルナー侯爵令嬢。 「エルメンヒルデか……。」 「はい。お側に寄っても?」 「ああ、おいで。」 彼女の行動が、出会いが、全てを解決に導く――。 この優しい王の、原因不明の病気とはいったい……? ※オリジナルファンタジー第1作目カムバックイェイ!! ※妖精王チートですので細かいことは気にしない。 ※隣国の王子はテンプレですよね。 ※イチオシは護衛たちとの気安いやり取り ※最後のほうにざまぁがあるようなないような ※敬語尊敬語滅茶苦茶御免!(なさい) ※他サイトでは佳(ケイ)+苗字で掲載中 ※完結保証……保障と保証がわからない! 2022.11.26 18:30 完結しました。 お付き合いいただきありがとうございました!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...