蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
73 / 780
島国の戦士

第73話 すれ違い ~鴇汰 1~

しおりを挟む
「結局こなかったわね、あの二人」

「演習初日に会ったけど、二人とも特になにも言ってなかったよ。てっきり来ると思っていたんだけど」

 梁瀬は資料を二部、封筒に入れると、穂高に渡した。

「これ、僕は明日から南詰所だから、穂高さん、修治さんに持っていってあげてくれる?」

「わかった。それにしても、一カ月も潜っていた割に、思ったほどの情報が入ってこなかったね」 

 受け取った資料をかばんに詰め、穂高が言う。

「どうかしら? 庸儀の国王が変わったってのが、ちょっと気になるじゃない?」

「ああ、しかも前国王とは血もつながっていないようだしな。どんな経緯があったんだろうな」

 巧と徳丸は、改めて資料を目にしながら考え込んでいる。

「俺はヘイトの情報にある軍と国に軋轢が生じている、ってのが気になるッスね。あそこにはまとまって良く動く部隊がありましたけど、そいつらは今、どうなってるんだろう」

「近ごろうちへの侵攻もほぼないけど、大陸のほうで盛んに動いている様子も全然感じないわよね」

「ロマジェリカのほうはどう思う? 最近、頭角をあらわしてきた軍師がいるって、ずいぶんと若いみたいだけれど」

 全員が資料をめくってロマジェリカの情報に目を通した。若い軍師の年齢は二十歳との記載がある。

「こいつがこのあいだの戦争、指揮してたんじゃねーのかな?」

 資料に目を向けたまま、鴇汰は独り言のようにつぶやいた。

「あれだけのことを、こんな若さでやってのけられるものかな?」

 穂高があの日のことを思い出すように、目線を上に向けて考え込んでいる。

「直接目にしてるわけじゃねぇからな。判断のしようがないことがあっても仕方ないとは言え……」

 まったく、相変わらず、なにもかもが腑に落ちない。さっきまでの会議では、上層部はこれらの報告を楽観視をしているように思える。

「次の報告があるまではなにも変わらないだろう。ただ、なにか気になったことや思いついたことがあったら、蜜に連絡を取りあって話し合うようにしよう」

 資料を手に立ちあがった徳丸にうながされて、全員が会議室を出た。

「なぁ、明日は何時に出かける?」

 穂高が歩きながら鴇汰に問いかけてきた。

「向こうに昼ごろ着くように、十時くらいに出ればいいんじゃねーの?」

「それじゃあ、少しはゆっくりできるか。鴇汰、夕飯はどうする?」

「今から花丘に買い出しに行くから、そのまま食ってくるつもりだけど、一緒に行くか?」

「行く」

 穂高は足早に車に向かう鴇汰のあとを追ってきた。
 車に乗り込むところで追いついてきた岱胡も、一緒に出かけることになった。
 後部席から、助手席のシートに手を回して、岱胡が身を乗り出してきた。

「聞きました? なんか最近、ガルバスが山の麓のあたりまで出てきてるらしいッスよ」

「ガルバス? 麓のどこら辺に出たんだって?」

「さ~? どの辺ッスかね」

 助手席の穂高は岱胡を振り返ると呆れたような表情を見せた。

「なんだよそれ。ガセとか冗談とかあてにならない情報じゃないのか?」

「違いますって。そのせいで、各演習場のフェンスのチェックをしてきたって、修繕のやつらが言ってましたから」

「へぇ……そういえば、山の周りは演習場があるもんなぁ」

「そうなんスよ。何カ所かフェンスの壊れたところがみつかって、これから修繕作業に入るそうですよ」

「まさか、その出たってトコは西じゃねーだろうな?」

 鴇汰はそれまで黙って聞いていたけれど、不意に嫌な予感がして、バックミラー越しに岱胡に目を向けた。

「でも、西は今、修治さんたちが使ってるじゃないか。もし、西区に出たなら、もっと大騒ぎになるんじゃないのかな?」

「それもそうッスね、出たならきっと、なにか知らせてきますよ」

「そう……だな、考えすぎか」

 ハンドルを捌きながら拭いきれない不安が、鴇汰の胸の奥まで沁み込んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...