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島国の戦士
第70話 不覚 ~修治 1~
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ほかの班は、まだなにが起きたのかを知らない。信号弾が打ちあげられたことで、なにかあったと気づいているだろう。休憩を取る予定だった師範たちが全員でフェンスのチェックをすると、一部に穴が確認された。
恐らくガルバスは、そこから入り込んだという結論に達した。
速やかに中央に連絡を取り、すぐに修繕作業の手配がされた。拠点に戻り、師範たちと話し合った結果、今はほかの班にはなにも知らせずに、演習を続行することになった。
「塚本先生、このまま続行なのに、俺がここを離れるわけにはいかないので、すみませんが麻乃のやつを医療所に連れて……」
言い終わらないうちに、修治は塚本に引っ張られ、テントの陰に身を寄せた。
「おまえも見ただろう? 麻乃のあの髪と瞳を。紅味が増している。それに、大した武器も持たないで、あんな大きさのガルバスを一人で倒しやがった」
「そりゃあ、あの姿は気になりますが、あいつの腕前ならありえないことじゃないですよ」
「そうじゃない。今は冷静じゃないはずだ。そんなときに俺やほかの人間がそばにいても、麻乃は落ち着かないだろう? もしかすると、このまま覚醒するかもしれない。おまえがついて、様子を見てやれ。こっちはどうとでもなる」
修治はこぶしを口もとにあて、今後のことを考えた。確かに塚本のいうとおりかもしれない。
「そう……ですね。わかりました。こっちのことはお願いします」
「なにかあったら高田先生にすぐに連絡を入れろ。それから市原が、おかしな話しを聞いているらしいから、そっちもあとで聞いてみるといい。出血がひどいようだから、早く行け」
「ええ、そうします。それじゃあ、あとをよろしくお願いします」
礼をして急いで車へ戻り、乗り込むとすぐに医療所へ向かった。麻乃を抱えて中に入ると、爺ちゃん先生の第一声が廊下じゅうに響いた。
「このあいだ、あれだけ血を流して、まだ流し足りないか! この馬鹿者がっ!」
麻乃は看護係の女性に支えられて、傷を念入りに洗われ、ボロボロになった服を着替えている。いったん部屋を出ると麻乃が治療しているうちに、受付の横で傷薬や包帯を補充用に用意してもらった。そのあいだにも、後ろから爺ちゃん先生と麻乃の会話が漏れて聞こえてくる。
『今度は一体、なにをしおった?』
『大演習場にガルバスが出て……』
『逃げ損なったのか?』
『というか逃げられなくて。気を失わせちゃった隊員がいたから』
『まったく……どうも最近、大きな怪我が多すぎる。おまえ、今、ついてるようだな』
――ツイテイル。
西浜での戦争からこっち、いろいろなことがあったうえに、麻乃の様子がおかしいことを思い、修治は背筋がゾクッと震えた。
『これだけの傷だからな、今日、明日はここで様子を見ないとならんぞ』
『えっ? このまま帰っちゃ駄目なんですか?』
かばんを受け取ったとき、爺ちゃん先生の怒鳴り声が派手に聞こえてきて、看護係たちがクスクスと笑いだした。
「石川先生ずいぶんと怒っていらっしゃるみたいですね」
「あいつ一体、なにをしやがったんだ……」
修治はかばんを肩にかけ、ため息をつく。
ドアが開き振り返ると、痛みのせいなのか疲れているのか、麻乃は力の抜けきった姿で、看護係に車椅子に乗せられて出てきた。
「ろくに歩けもせんで戻るなんぞできるか。大人しく寝ておけ」
「長引きそうですか?」
病室に入っていく麻乃の姿を見送りながら、修治が石川にたずねると怒る口調とは裏腹に、麻乃を心配する表情が垣間みえた。
「本当なら当分は、絶対安静だ。背中の傷は浅かったが、足がいかん」
「かなりの出血をしていたんですけど、それはどうですか?」
「どうもこうも、おまえたちの部隊の事情がなければ、一カ月は縛りつけてでも大人しくさせておくところだ。今日、明日は点滴と薬で様子を見ないことにはわからん。このまま帰る気でいるから驚いたわ」
石川の渋い顔に思わず苦笑した。
「馬鹿者、笑いごとじゃない。帰したらまた無理をするんだろうが。次にこのあいだのようなことになったら、麻酔抜きで縫合してやると、良く言って聞かせておけ。まあ、数日は歩くのもままならないだろうがな」
恐らくガルバスは、そこから入り込んだという結論に達した。
速やかに中央に連絡を取り、すぐに修繕作業の手配がされた。拠点に戻り、師範たちと話し合った結果、今はほかの班にはなにも知らせずに、演習を続行することになった。
「塚本先生、このまま続行なのに、俺がここを離れるわけにはいかないので、すみませんが麻乃のやつを医療所に連れて……」
言い終わらないうちに、修治は塚本に引っ張られ、テントの陰に身を寄せた。
「おまえも見ただろう? 麻乃のあの髪と瞳を。紅味が増している。それに、大した武器も持たないで、あんな大きさのガルバスを一人で倒しやがった」
「そりゃあ、あの姿は気になりますが、あいつの腕前ならありえないことじゃないですよ」
「そうじゃない。今は冷静じゃないはずだ。そんなときに俺やほかの人間がそばにいても、麻乃は落ち着かないだろう? もしかすると、このまま覚醒するかもしれない。おまえがついて、様子を見てやれ。こっちはどうとでもなる」
修治はこぶしを口もとにあて、今後のことを考えた。確かに塚本のいうとおりかもしれない。
「そう……ですね。わかりました。こっちのことはお願いします」
「なにかあったら高田先生にすぐに連絡を入れろ。それから市原が、おかしな話しを聞いているらしいから、そっちもあとで聞いてみるといい。出血がひどいようだから、早く行け」
「ええ、そうします。それじゃあ、あとをよろしくお願いします」
礼をして急いで車へ戻り、乗り込むとすぐに医療所へ向かった。麻乃を抱えて中に入ると、爺ちゃん先生の第一声が廊下じゅうに響いた。
「このあいだ、あれだけ血を流して、まだ流し足りないか! この馬鹿者がっ!」
麻乃は看護係の女性に支えられて、傷を念入りに洗われ、ボロボロになった服を着替えている。いったん部屋を出ると麻乃が治療しているうちに、受付の横で傷薬や包帯を補充用に用意してもらった。そのあいだにも、後ろから爺ちゃん先生と麻乃の会話が漏れて聞こえてくる。
『今度は一体、なにをしおった?』
『大演習場にガルバスが出て……』
『逃げ損なったのか?』
『というか逃げられなくて。気を失わせちゃった隊員がいたから』
『まったく……どうも最近、大きな怪我が多すぎる。おまえ、今、ついてるようだな』
――ツイテイル。
西浜での戦争からこっち、いろいろなことがあったうえに、麻乃の様子がおかしいことを思い、修治は背筋がゾクッと震えた。
『これだけの傷だからな、今日、明日はここで様子を見ないとならんぞ』
『えっ? このまま帰っちゃ駄目なんですか?』
かばんを受け取ったとき、爺ちゃん先生の怒鳴り声が派手に聞こえてきて、看護係たちがクスクスと笑いだした。
「石川先生ずいぶんと怒っていらっしゃるみたいですね」
「あいつ一体、なにをしやがったんだ……」
修治はかばんを肩にかけ、ため息をつく。
ドアが開き振り返ると、痛みのせいなのか疲れているのか、麻乃は力の抜けきった姿で、看護係に車椅子に乗せられて出てきた。
「ろくに歩けもせんで戻るなんぞできるか。大人しく寝ておけ」
「長引きそうですか?」
病室に入っていく麻乃の姿を見送りながら、修治が石川にたずねると怒る口調とは裏腹に、麻乃を心配する表情が垣間みえた。
「本当なら当分は、絶対安静だ。背中の傷は浅かったが、足がいかん」
「かなりの出血をしていたんですけど、それはどうですか?」
「どうもこうも、おまえたちの部隊の事情がなければ、一カ月は縛りつけてでも大人しくさせておくところだ。今日、明日は点滴と薬で様子を見ないことにはわからん。このまま帰る気でいるから驚いたわ」
石川の渋い顔に思わず苦笑した。
「馬鹿者、笑いごとじゃない。帰したらまた無理をするんだろうが。次にこのあいだのようなことになったら、麻酔抜きで縫合してやると、良く言って聞かせておけ。まあ、数日は歩くのもままならないだろうがな」
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