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島国の戦士
第69話 不覚 ~麻乃 2~
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二刀でガルバスを相手にしながら目線を移すと、最後の一人も抱えられて森の中へ消えるのが見えた。それを見てホッとしたけれど、どうやらこいつを一人で倒すのは難しいようだ。
(みんなが隠れている場所に近づけないようにしながら、誰かが来るのを待つしかない――)
一瞬よそ見をしたその隙に、ガルバスは高く飛びあがり、麻乃の頭上を越えて前足で背中をたたきつけてきた。勢い良く弾き飛ばされて川に転げ落ち、目の前が一瞬、暗くなった。意識が朦朧《もうろう》として景色が揺れる。
頭を振って立ちあがった視界のはしに、麻乃が弾かれたのを見て、森から駆けだしてくる隊員と信号弾がもう一発上がったのが見えた。
「出てきちゃ駄目だ! あんたたちの腕じゃ――!」
そう叫んで走りだしたときにはもう遅く、一人は麻乃と同じように弾き飛ばされ、一人は飛びかかられて倒れた。
(あいつら、喰われる!)
川に落ちた弾みで一刀は川底に落とし、もう一刀は先端が三分の一ほど折れている。新しい武器を拾っている暇はない。
体じゅうの毛穴が開いたようなザワザワとした不快な感覚に、髪が逆立った気がした。頭の奥が痺れる。心臓が体の外に剥き出しになってるかと思うほど激しく鼓動が鳴り響く。
(来る――)
走りながら麻乃自身の中に覚醒する瞬間を感じ取った。
『まだ……早いでしょう?』
息づかいを感じるほどの近さで、耳もとにささやくような誰かの声が聞こえた。ドクンと爆発したかと思うくらいに大きく胸が鳴ったのと同時に、全身から大きな力が抜けた気がした。
それでも走りだした勢いは止まらない。倒れた隊員に牙を剥くガルバスの横腹に向かい、折れた刀に満身の力を込めて突き刺した。壊れているから今度は電流が流れない。けれど、そのぶんしっかりと、その刃は肉をえぐって食い込んでいく。
「くっ……倒れろぉーっ!」
両手に握った柄に全体重をかけ、大きな体を抑え込むようにして、麻乃は全力で武器を押し刺した。
暴れてのたうつ爪が、何度か麻乃の足を裂く。倒れていた隊員は自力で前足のしたから這い出し、離れた場所に横たわっている。今、手を離したらみんな終わりだ。どんなに暴れられても傷つけられても、手を離さずに力を込め、満身の力で真一文字に腹を切り裂いた。
激しくもがいていた巨体が徐々に力を弱め、動きが止まって倒れた。それでもまだ力を抜くことができずに、麻乃は膝をつき、ギュッと柄を握り続けた。
急に周囲がざわつき、たくさんの足音と怒鳴り声が遠くに響く。ぼんやりとした意識の中、誰かが名前を呼んだような気がした。
「――おい、わかるか? 麻乃?」
だんだんと感覚が戻ってくると、頬を軽く打つ刺激と修治が目の前にいるのがわかった。視線が合ったとき、一瞬だけ修治の顔が強ばった。
「もういい。もう大丈夫だから、手を離せ」
「とどめを……」
「もう死んでいる」
息を荒くして、全身の力を柄に込めたままの麻乃の手を修治が包んでくれた。
「みんなは……?」
「無事だ。多少の怪我はあるが擦り傷程度だ」
それを聞いてようやく体から力が抜けた。
「駄目かと思った……喰われちゃうかと……だ、誰も来る気配がないし……」
落ち着いた途端に震えが止まらなくなり、自分でも驚くほど奥歯が噛み合わないでいる。
「い……言いたかない……けど、本当に……怖かった」
「ちょうど交代で、先生がたも俺も、拠点に戻っていたんだ。立て続けに信号弾があがったからおかしいと思った。総出で来て正解だったな」
修治はそう言いながら、麻乃の足の傷にタオルを巻きつけて、きつく縛ってくれた。隊員たちも師範の方々の手で応急処置をされ、意識を失っていたものたちも、茂みで無事が確認されていた。
「良くこらえたな。おまえが持ちこたえてくれたから、俺の隊員たちは全員が無事だった」
「大丈夫か?」
上からのぞきき込むように、昨日から市原に代わって参加している塚本が顔を出した。麻乃を見るなり、塚本もハッと驚いた表情をする。
「傷がひどいな。修治、急いで医療所へ連れていけ。背中も血まみれだ」
そう言われて初めて傷の痛みを感じ始めた。今度は足に心臓があるみたいに、傷口が脈打っている。
(みんなが隠れている場所に近づけないようにしながら、誰かが来るのを待つしかない――)
一瞬よそ見をしたその隙に、ガルバスは高く飛びあがり、麻乃の頭上を越えて前足で背中をたたきつけてきた。勢い良く弾き飛ばされて川に転げ落ち、目の前が一瞬、暗くなった。意識が朦朧《もうろう》として景色が揺れる。
頭を振って立ちあがった視界のはしに、麻乃が弾かれたのを見て、森から駆けだしてくる隊員と信号弾がもう一発上がったのが見えた。
「出てきちゃ駄目だ! あんたたちの腕じゃ――!」
そう叫んで走りだしたときにはもう遅く、一人は麻乃と同じように弾き飛ばされ、一人は飛びかかられて倒れた。
(あいつら、喰われる!)
川に落ちた弾みで一刀は川底に落とし、もう一刀は先端が三分の一ほど折れている。新しい武器を拾っている暇はない。
体じゅうの毛穴が開いたようなザワザワとした不快な感覚に、髪が逆立った気がした。頭の奥が痺れる。心臓が体の外に剥き出しになってるかと思うほど激しく鼓動が鳴り響く。
(来る――)
走りながら麻乃自身の中に覚醒する瞬間を感じ取った。
『まだ……早いでしょう?』
息づかいを感じるほどの近さで、耳もとにささやくような誰かの声が聞こえた。ドクンと爆発したかと思うくらいに大きく胸が鳴ったのと同時に、全身から大きな力が抜けた気がした。
それでも走りだした勢いは止まらない。倒れた隊員に牙を剥くガルバスの横腹に向かい、折れた刀に満身の力を込めて突き刺した。壊れているから今度は電流が流れない。けれど、そのぶんしっかりと、その刃は肉をえぐって食い込んでいく。
「くっ……倒れろぉーっ!」
両手に握った柄に全体重をかけ、大きな体を抑え込むようにして、麻乃は全力で武器を押し刺した。
暴れてのたうつ爪が、何度か麻乃の足を裂く。倒れていた隊員は自力で前足のしたから這い出し、離れた場所に横たわっている。今、手を離したらみんな終わりだ。どんなに暴れられても傷つけられても、手を離さずに力を込め、満身の力で真一文字に腹を切り裂いた。
激しくもがいていた巨体が徐々に力を弱め、動きが止まって倒れた。それでもまだ力を抜くことができずに、麻乃は膝をつき、ギュッと柄を握り続けた。
急に周囲がざわつき、たくさんの足音と怒鳴り声が遠くに響く。ぼんやりとした意識の中、誰かが名前を呼んだような気がした。
「――おい、わかるか? 麻乃?」
だんだんと感覚が戻ってくると、頬を軽く打つ刺激と修治が目の前にいるのがわかった。視線が合ったとき、一瞬だけ修治の顔が強ばった。
「もういい。もう大丈夫だから、手を離せ」
「とどめを……」
「もう死んでいる」
息を荒くして、全身の力を柄に込めたままの麻乃の手を修治が包んでくれた。
「みんなは……?」
「無事だ。多少の怪我はあるが擦り傷程度だ」
それを聞いてようやく体から力が抜けた。
「駄目かと思った……喰われちゃうかと……だ、誰も来る気配がないし……」
落ち着いた途端に震えが止まらなくなり、自分でも驚くほど奥歯が噛み合わないでいる。
「い……言いたかない……けど、本当に……怖かった」
「ちょうど交代で、先生がたも俺も、拠点に戻っていたんだ。立て続けに信号弾があがったからおかしいと思った。総出で来て正解だったな」
修治はそう言いながら、麻乃の足の傷にタオルを巻きつけて、きつく縛ってくれた。隊員たちも師範の方々の手で応急処置をされ、意識を失っていたものたちも、茂みで無事が確認されていた。
「良くこらえたな。おまえが持ちこたえてくれたから、俺の隊員たちは全員が無事だった」
「大丈夫か?」
上からのぞきき込むように、昨日から市原に代わって参加している塚本が顔を出した。麻乃を見るなり、塚本もハッと驚いた表情をする。
「傷がひどいな。修治、急いで医療所へ連れていけ。背中も血まみれだ」
そう言われて初めて傷の痛みを感じ始めた。今度は足に心臓があるみたいに、傷口が脈打っている。
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