蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
69 / 780
島国の戦士

第69話 不覚 ~麻乃 2~

しおりを挟む
 二刀でガルバスを相手にしながら目線を移すと、最後の一人も抱えられて森の中へ消えるのが見えた。それを見てホッとしたけれど、どうやらこいつを一人で倒すのは難しいようだ。

(みんなが隠れている場所に近づけないようにしながら、誰かが来るのを待つしかない――)

 一瞬よそ見をしたその隙に、ガルバスは高く飛びあがり、麻乃の頭上を越えて前足で背中をたたきつけてきた。勢い良く弾き飛ばされて川に転げ落ち、目の前が一瞬、暗くなった。意識が朦朧《もうろう》として景色が揺れる。
 頭を振って立ちあがった視界のはしに、麻乃が弾かれたのを見て、森から駆けだしてくる隊員と信号弾がもう一発上がったのが見えた。

「出てきちゃ駄目だ! あんたたちの腕じゃ――!」

 そう叫んで走りだしたときにはもう遅く、一人は麻乃と同じように弾き飛ばされ、一人は飛びかかられて倒れた。

(あいつら、喰われる!)

 川に落ちた弾みで一刀は川底に落とし、もう一刀は先端が三分の一ほど折れている。新しい武器を拾っている暇はない。
 体じゅうの毛穴が開いたようなザワザワとした不快な感覚に、髪が逆立った気がした。頭の奥が痺れる。心臓が体の外に剥き出しになってるかと思うほど激しく鼓動が鳴り響く。

(来る――)

 走りながら麻乃自身の中に覚醒する瞬間を感じ取った。

『まだ……早いでしょう?』

 息づかいを感じるほどの近さで、耳もとにささやくような誰かの声が聞こえた。ドクンと爆発したかと思うくらいに大きく胸が鳴ったのと同時に、全身から大きな力が抜けた気がした。
 それでも走りだした勢いは止まらない。倒れた隊員に牙を剥くガルバスの横腹に向かい、折れた刀に満身の力を込めて突き刺した。壊れているから今度は電流が流れない。けれど、そのぶんしっかりと、その刃は肉をえぐって食い込んでいく。

「くっ……倒れろぉーっ!」

 両手に握った柄に全体重をかけ、大きな体を抑え込むようにして、麻乃は全力で武器を押し刺した。
 暴れてのたうつ爪が、何度か麻乃の足を裂く。倒れていた隊員は自力で前足のしたから這い出し、離れた場所に横たわっている。今、手を離したらみんな終わりだ。どんなに暴れられても傷つけられても、手を離さずに力を込め、満身の力で真一文字に腹を切り裂いた。

 激しくもがいていた巨体が徐々に力を弱め、動きが止まって倒れた。それでもまだ力を抜くことができずに、麻乃は膝をつき、ギュッと柄を握り続けた。
 急に周囲がざわつき、たくさんの足音と怒鳴り声が遠くに響く。ぼんやりとした意識の中、誰かが名前を呼んだような気がした。

「――おい、わかるか? 麻乃?」

 だんだんと感覚が戻ってくると、頬を軽く打つ刺激と修治が目の前にいるのがわかった。視線が合ったとき、一瞬だけ修治の顔が強ばった。

「もういい。もう大丈夫だから、手を離せ」

「とどめを……」

「もう死んでいる」

 息を荒くして、全身の力を柄に込めたままの麻乃の手を修治が包んでくれた。

「みんなは……?」

「無事だ。多少の怪我はあるが擦り傷程度だ」

 それを聞いてようやく体から力が抜けた。

「駄目かと思った……喰われちゃうかと……だ、誰も来る気配がないし……」

 落ち着いた途端に震えが止まらなくなり、自分でも驚くほど奥歯が噛み合わないでいる。

「い……言いたかない……けど、本当に……怖かった」

「ちょうど交代で、先生がたも俺も、拠点に戻っていたんだ。立て続けに信号弾があがったからおかしいと思った。総出で来て正解だったな」

 修治はそう言いながら、麻乃の足の傷にタオルを巻きつけて、きつく縛ってくれた。隊員たちも師範の方々の手で応急処置をされ、意識を失っていたものたちも、茂みで無事が確認されていた。

「良くこらえたな。おまえが持ちこたえてくれたから、俺の隊員たちは全員が無事だった」

「大丈夫か?」

 上からのぞきき込むように、昨日から市原に代わって参加している塚本が顔を出した。麻乃を見るなり、塚本もハッと驚いた表情をする。

「傷がひどいな。修治、急いで医療所へ連れていけ。背中も血まみれだ」

 そう言われて初めて傷の痛みを感じ始めた。今度は足に心臓があるみたいに、傷口が脈打っている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...