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島国の戦士
第67話 稼働 ~麻乃 6~
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鴇汰はしおれてしまった百合の花が入った花瓶を手にしようとして、不意に動きを止めた。
「命日、っていつよ?」
「ん? おとといだけど?」
「おととい……そっか……」
考え込むようにうつむいて、なにかをつぶやいたようだったけれど、麻乃には良く聞き取れなかった。
「花、もうしおれてるし、片づけてもいいよな?」
「うん、ありがとう。これ、もう駄目だよね」
「食う気かよ? 腹をこわして演習に出られなくなりました、なんてシャレになんねーよ。やめとけって」
「だよね。もったいないことをしちゃったな」
名残惜しげにゴミ箱に捨て、花瓶のほか、流しに出しっぱなしになっていた食器を洗い、残りのゴミと一緒にまとめた。家の裏手にある小さな焼却炉に放り込み、量が少ないから、燃えるまでに時間もかからないだろうと火を点ける。
パチパチと音を立てて燃える様子を、ぼんやりと見ていると、目の前にカップが差し出された。
「コーヒー、勝手に入れさせてもらった。このくらい飲む時間、あるよな?」
「あ……うん、ありがとう」
「食いたいんなら、今度、俺が作ってやるよ」
「ん?」
「オレンジケーキ」
カップに口をつけて、うつむき加減になった鴇汰の横顔が、炎に照らされて、オレンジ色と影の部分をクッキリとわけている。つい見入ってしまいそうになるのを意識して視線を逸らした。燃え尽きて燻りはじめた焼却炉の中をかき回して火を消す。
「そろそろ戻らないと」
「じゃあ、食器は洗っとくから、おまえは戸締り確認してこいよ」
鴇汰がサッと洗い物を済ませて外に出ていくあいだに、家じゅうの戸締りを確認した。最後に玄関の鍵をかけると、エンジンをかけて待っている鴇汰の車に乗り込んだ。
詰所を出たときのような、不機嫌な雰囲気はもうなくなっていたけれど、話しかける言葉が見つからないまま、麻乃は黙って真っ暗な外をながめた。
こういうとき、鴇汰は変に話しを始めたり問いかけたりしてこない。いつもそれをありがたいと思う。
話したくても言葉がみつからないときに、あれこれ問われると、ますます言葉を探せなくて自己嫌悪に陥ってしまうから。
鴇汰といると、それがない。無理に話さなくても黙っていても平気な空間があるだけで、麻乃は安心できた。
演習場に着き、森の入り口で車を止めると、拠点の辺りからにぎやかな笑い声が聞こえてきた。
向かってみると拠点に残った師範たちと一緒に、修治と梁瀬も大鍋を囲んでいる。
「なにをやってんだ、あのオッサンは……」
鴇汰が呆れたようにつぶやき、それに気づいた修治がこちらを向いた。
「やっと帰ってきたか。荷物が先に届いたからなにごとかと思ったぞ。で、家のほうはどうだった?」
「うん、変なことにはなってなかったよ。一応、捨てて燃やしてきたけどね」
「そうか、問題なかったならそれでいい。おまえ、飯はまだだったろ? 早く食っておけ。鴇汰、手間をかけさせてすまなかったな」
「別に。こんなこと、手間でもなんでもねーよ。梁瀬さん、あんたさっき飯、食ったばかりだろ? まだ食うのかよ? もう帰ろうぜ」
「ごめんごめん、今、行くから」
梁瀬は立ちあがると、師範たちにあいさつをして輪から離れ、鴇汰を促して車へ向かっていった。
「梁瀬さん、ありがとうね。鴇汰も。気をつけて帰ってよね」
「俺が運転すんだから大丈夫だよ。麻乃も、無理すんなよな。じゃあな」
二人は麻乃に向かって手を振って帰っていった。それを見送ってから食事を済ませ、少し体を休めた。
深夜に二陣の師範が三陣と入れ替わったときに、麻乃も一緒に森へ入った。
こちらは三交代で、それぞれ仮眠や食事を取っているけれど、隊員たちは出ずっぱりになっている。
食事も睡眠もままならない状態だろう。
一日目は、それでもどうにかやっていける。二日目、三日目と日がたつにつれ、疲労が重なって神経が研ぎ澄まされていく。
その中で少しずつ、どうしたら食事をとる余裕や睡眠時間が取れるのかを考え始め、だんだんと、自分たちの気配を押さえてその時間を作ろうとする。
みんながそうすると、今度は相手の気配を探ることがむずかしくなり、わずかな気配をも感じようと集中して探り始める。
そこまでくると、あとは早い。そこから先は、いかに自分の存在を消して相手を探し出せるかに重点を置き、その感覚を自分でコントロールできるくらいにまで訓練を続ける。
さて、何日目で次の段階に進めるのか――。
それを考えると、少しだけワクワクしてくるのは、麻乃の性分だから仕方がない。
「命日、っていつよ?」
「ん? おとといだけど?」
「おととい……そっか……」
考え込むようにうつむいて、なにかをつぶやいたようだったけれど、麻乃には良く聞き取れなかった。
「花、もうしおれてるし、片づけてもいいよな?」
「うん、ありがとう。これ、もう駄目だよね」
「食う気かよ? 腹をこわして演習に出られなくなりました、なんてシャレになんねーよ。やめとけって」
「だよね。もったいないことをしちゃったな」
名残惜しげにゴミ箱に捨て、花瓶のほか、流しに出しっぱなしになっていた食器を洗い、残りのゴミと一緒にまとめた。家の裏手にある小さな焼却炉に放り込み、量が少ないから、燃えるまでに時間もかからないだろうと火を点ける。
パチパチと音を立てて燃える様子を、ぼんやりと見ていると、目の前にカップが差し出された。
「コーヒー、勝手に入れさせてもらった。このくらい飲む時間、あるよな?」
「あ……うん、ありがとう」
「食いたいんなら、今度、俺が作ってやるよ」
「ん?」
「オレンジケーキ」
カップに口をつけて、うつむき加減になった鴇汰の横顔が、炎に照らされて、オレンジ色と影の部分をクッキリとわけている。つい見入ってしまいそうになるのを意識して視線を逸らした。燃え尽きて燻りはじめた焼却炉の中をかき回して火を消す。
「そろそろ戻らないと」
「じゃあ、食器は洗っとくから、おまえは戸締り確認してこいよ」
鴇汰がサッと洗い物を済ませて外に出ていくあいだに、家じゅうの戸締りを確認した。最後に玄関の鍵をかけると、エンジンをかけて待っている鴇汰の車に乗り込んだ。
詰所を出たときのような、不機嫌な雰囲気はもうなくなっていたけれど、話しかける言葉が見つからないまま、麻乃は黙って真っ暗な外をながめた。
こういうとき、鴇汰は変に話しを始めたり問いかけたりしてこない。いつもそれをありがたいと思う。
話したくても言葉がみつからないときに、あれこれ問われると、ますます言葉を探せなくて自己嫌悪に陥ってしまうから。
鴇汰といると、それがない。無理に話さなくても黙っていても平気な空間があるだけで、麻乃は安心できた。
演習場に着き、森の入り口で車を止めると、拠点の辺りからにぎやかな笑い声が聞こえてきた。
向かってみると拠点に残った師範たちと一緒に、修治と梁瀬も大鍋を囲んでいる。
「なにをやってんだ、あのオッサンは……」
鴇汰が呆れたようにつぶやき、それに気づいた修治がこちらを向いた。
「やっと帰ってきたか。荷物が先に届いたからなにごとかと思ったぞ。で、家のほうはどうだった?」
「うん、変なことにはなってなかったよ。一応、捨てて燃やしてきたけどね」
「そうか、問題なかったならそれでいい。おまえ、飯はまだだったろ? 早く食っておけ。鴇汰、手間をかけさせてすまなかったな」
「別に。こんなこと、手間でもなんでもねーよ。梁瀬さん、あんたさっき飯、食ったばかりだろ? まだ食うのかよ? もう帰ろうぜ」
「ごめんごめん、今、行くから」
梁瀬は立ちあがると、師範たちにあいさつをして輪から離れ、鴇汰を促して車へ向かっていった。
「梁瀬さん、ありがとうね。鴇汰も。気をつけて帰ってよね」
「俺が運転すんだから大丈夫だよ。麻乃も、無理すんなよな。じゃあな」
二人は麻乃に向かって手を振って帰っていった。それを見送ってから食事を済ませ、少し体を休めた。
深夜に二陣の師範が三陣と入れ替わったときに、麻乃も一緒に森へ入った。
こちらは三交代で、それぞれ仮眠や食事を取っているけれど、隊員たちは出ずっぱりになっている。
食事も睡眠もままならない状態だろう。
一日目は、それでもどうにかやっていける。二日目、三日目と日がたつにつれ、疲労が重なって神経が研ぎ澄まされていく。
その中で少しずつ、どうしたら食事をとる余裕や睡眠時間が取れるのかを考え始め、だんだんと、自分たちの気配を押さえてその時間を作ろうとする。
みんながそうすると、今度は相手の気配を探ることがむずかしくなり、わずかな気配をも感じようと集中して探り始める。
そこまでくると、あとは早い。そこから先は、いかに自分の存在を消して相手を探し出せるかに重点を置き、その感覚を自分でコントロールできるくらいにまで訓練を続ける。
さて、何日目で次の段階に進めるのか――。
それを考えると、少しだけワクワクしてくるのは、麻乃の性分だから仕方がない。
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