蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
60 / 780
島国の戦士

第60話 それぞれの想い ~修治 1~

しおりを挟む
 修治は少し足を速めて歩いた。花束を買うのに思ったより時間がかかってしまった。
 砦のそばまでくると修治は周囲を見回し、海側の崖の手前に麻乃の姿を見つけ、近づくと肩から花束をおろした。

「遅くなったな」

「ううん、大して待ってない」

 麻乃は差し出された花束を受け取り、顔を寄せている。

「やっぱり百合は匂いが凄いね」

 そして崖の上から海に向かい、両手でそれを投げ落とした。

「少しは話しができたか?」

「うん、近況報告だけどね」

「そうか……」

 修治と麻乃は砦のそばにある銀杏の大木に手を当て、黙とうをした。
 今日は麻乃の両親の命日だ。
 毎年この日は二人でここを訪れている。子どものころ、麻乃はここで良く泣いた。

 麻乃が蓮華の印を受けた年に二人は、なにがあっても逃げない、むやみに泣かない、と決めた。
 戦士だった麻乃の両親を越えるために、どんなにつらくてもそれを乗り越えていこうと、この場所で誓ったのだ。
 以来、麻乃が泣いたところを見ていない。人知れず涙を流しているのかもしれないが――。

「近ごろは忙しくて、ろくに話しもできなかったな。なにか変わったことはあったか?」

「ううん、特になにも」

「だったらいいんだ。けどな、なにかあったらすぐにいうんだぞ」

「うん」

 麻乃は返事をして、目を伏せる。

「ガキのころからずっと一緒にいるから、たいていのことはわかっているつもりだが、印を受けてからのおまえは、だんだんと隠しごとが増えていくみたいだな」

「隠しごとなんて、そんなこと……」

「まぁ、誰にでも言いたくないことや言いにくいことはあるだろうしな。俺にじゃなくても誰かに話していればいい。ため込むときつくなるから、一人で考え込むのだけはやめておけ」

 銀杏の幹の向こうがわで、麻乃は黙ってうなずいた。
 何かを隠したいときや嘘をつくときは、口数が少なくなるからすぐにわかる。
 こいつはいつも肝心なときに言葉が足りない。言いたいことは山ほどあるのだろうが、引出しからなかなかその中身を引っ張り出せないようだ。

「このあいだのな……部隊のやつらが逝ってしまったとき……川上のことも、俺は泣くなと言ったけど、おまえ、今日は泣いておけ」

「だって泣かないって決めた」

「決めてからずっと、本当に泣かなくなっただろう。けどな、あれだけのことがあったんだ。一度くらいは泣いてもいいんじゃないか? 本当は今も泣きたいんだろう?」

「それは……」

「ここで泣いちまって、また一からやり直すと、あらためて親父さんとお袋さんに誓おうじゃないか」

 麻乃はまだうつむいている。

「話しは誰にでもできるが泣くところを誰かれかまわず見せるなんてできないだろう? 今なら俺しかいないしな。それに……」

 少し間を置くと、麻乃の目がこちらを向いた。

「俺はここに来る前に泣いてきたぞ。恥ずかしいくらいにな」

 自嘲気味に笑って見せると、ジッと観察するように修治を見ていた麻乃の目が、わずかに笑った。

「恥ずかしいくらいって……どんだけなのさ」

「そりゃあおまえ、とてもじゃないが人前には出られないほどだよ」

 両手を広げて麻乃を促す。

「……修治のバカ」

 ゆっくり歩み寄ってきて胸に寄りかかったその背中をそっと抱きしめてやると、麻乃は誰の目も気にせずに思いきり泣いた。
 本当は、修治は泣いてなどいない。

(シュウちゃんは嘘をつくと、必ず首筋に触れるから、すぐにわかるのよ)

 以前、多香子にそう言われたのを思い出し、 意識して腕を組んでいた。
 麻乃が探るような目で見ていたのは、きっと癖を確認していたんだろう。修治がその癖に気づいているとは思っていないようだ。

(残念だったな。俺のほうがまだ少しうわてだ)

 これで少しでも胸につかえているものが消えるなら、今はそれでいい。
泣くことで発散して、わずかでも麻乃の肩の荷をおろしてやれるなら……それで。

(隠していることも、いずれ必ずはき出させてやる)

 麻乃の背をさすりながら、修治はそう思っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...