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島国の戦士
第52話 柳堀 ~麻乃 4~
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「それにしても本当に久しぶりねぇ。たまには顔を出して、元気でいるところを見せてちょうだいよ」
松恵は麻乃の湯飲みに熱いお茶を注ぎながら言う。
「うん、こっちに戻ってから忙しくて。これからは時間ができたら、時々顔を出すよ」
食事も済みかけたころ、奥の階段から姐さんたちの艶やかな声が響いてきた。見るともなしに目を向けると、姐さんたちと一緒にいるのは、麻乃の隊員たちだ。
「あ……杉山」
視線が合い、麻乃はつい名前をつぶやいた。
「……え?」
名前を呼ばれたことで、麻乃に気づいた杉山と石場、山口に高尾の四人は、固まったように足を止めた。
「なんだ、あんたたちも来てたんだ?」
「あ……あ、麻乃隊長! なんでこんなところに!」
「うん? あたしはご飯を食べに」
「長田隊長! あんた、うちの隊長をこんなところに連れてきて――!」
「なにを考えてるんですかっ!」
「お……俺じゃねーよ! 俺も連れられてきたの!」
四人は横にいる鴇汰を見て、その前に駆け寄ると口々に鴇汰を責め立てた。
あまりの勢いに鴇汰はたじろぎ、麻乃は唖然としてそれぞれを交互に見た。
「なにを怒ってんのよ? 別に恥ずかしいことでもないでしょうが。男の生理とかつき合いとか、いろいろあるんでしょ? そういうの、しょうがないことなんだから平気だって。修治も昔、そんなことを言ってたしね」
お茶に口をつけて麻乃がそう言うと、四人は真っ赤になってさらに固まった。
「おまえ、アホかよ! そういうこと、聞くな! 言うな!」
「だからなにをそんなに怒ってんのよ?」
四人と同じように真っ赤になった鴇汰が、憤慨した様子で怒鳴ったせいで、奥にいた姐さんたちが鴇汰に気づき、群がってきた。あっと言う間に囲まれて、周囲がいきなりにぎやかになる。
中に理恵ちゃんの姿も見えたので、麻乃は席を二つほど移動した。
「まぁまぁ、急にうるさくなっちゃって……」
カウンターの向こう側で、松恵が困った顔でほほ笑んだ。
「あいつ、結構人気があるんだ?」
抱きつかれたり、手を握られたりしている鴇汰の姿を、ぼんやり眺めながら松恵にたずねてみる。
「鴇汰くん? そうねぇ、人気はあるわよぉ。なかなかいい男じゃない? まぁ、鴇汰くんに限らず、麻乃ちゃんのところの男衆は奇麗に遊ぶから、どの子も人気があるわね」
「へぇ……あたしはいつも一緒にいるから、全然わかんないけど」
「最近はちっとも姿を見せないけれど、修治くんも穂高くんも、みんな、いい男じゃない?」
素っ気なく答えた麻乃に、松恵はそう言ってホホホと笑った。
「姐さん、あたしそろそろ行くわ」
「もう? 絶対また来なさいよ? ああ、それから……ちょっと良いお茶が手に入ったから、熊吉に持っていってくれる?」
なんだかんだといがみ合っても、結局、仲は良いらしい。
立ち上がり、みんなのぶんも合わせてさっさと支払いを済ませ、にぎやかな輪を通り抜けた。
「鴇汰。あんた、せっかくだから、もう少しいてあげるといいよ。それじゃあ姐さんがた、こいつらのこと、よろしくお願いします」
市場で買い込んだオレンジと、あずかったお茶を抱え、急いで松恵の店をあとにした。
さすがに一人で持つにはオレンジの数が多すぎて、ヨタヨタと歩き、おクマの店の前にたどり着いた。
店の入り口に待ち構えていた松恵の店とは違う意味でのネエさんたちが、荷物を受け取ってくれて、中へと招かれる。
「松恵姐さんがね、良い茶葉が手に入ったから、おクマさんに、って」
「アラそう。麻乃ちゃんどうする? このお茶、飲んでみる? それともコーヒー?」
「ん~、最初はコーヒーもらおうかな」
おクマはカウンターにケーキを数種類と、コーヒーを並べた。
「鴇汰ちゃんはどうしたのよ?」
「なんだかモテてたからおいてきた」
目の前に出されたケーキを引き寄せると、麻乃は当たり前のように端から順番に口に運んだ。
それを眺めながら、おクマは懐かしそうに目を細める。
「アンタってホントに麻美にそっくり。その癖毛は隆紀ゆずりだけどねェ」
おクマの昔ばなしは長い。
特に麻乃の両親の話しともなると、一晩中でも足りないほどだ。
子供のころから何度となく聞かされてきた。嫌じゃないけど、このあと、話しがどう続くのかは容易に想像できる。
生返事をしながら、せっせとケーキを頬張った。
「もォ~、ママったら話し長いんだから。麻乃ちゃん飽きてるわよォ」
後ろから、首に絡みつくように腕を巻きつけてきたネエさんに、まだ食べかけのところを引っ張られて、麻乃は奥の席に連れていかれた。
松恵は麻乃の湯飲みに熱いお茶を注ぎながら言う。
「うん、こっちに戻ってから忙しくて。これからは時間ができたら、時々顔を出すよ」
食事も済みかけたころ、奥の階段から姐さんたちの艶やかな声が響いてきた。見るともなしに目を向けると、姐さんたちと一緒にいるのは、麻乃の隊員たちだ。
「あ……杉山」
視線が合い、麻乃はつい名前をつぶやいた。
「……え?」
名前を呼ばれたことで、麻乃に気づいた杉山と石場、山口に高尾の四人は、固まったように足を止めた。
「なんだ、あんたたちも来てたんだ?」
「あ……あ、麻乃隊長! なんでこんなところに!」
「うん? あたしはご飯を食べに」
「長田隊長! あんた、うちの隊長をこんなところに連れてきて――!」
「なにを考えてるんですかっ!」
「お……俺じゃねーよ! 俺も連れられてきたの!」
四人は横にいる鴇汰を見て、その前に駆け寄ると口々に鴇汰を責め立てた。
あまりの勢いに鴇汰はたじろぎ、麻乃は唖然としてそれぞれを交互に見た。
「なにを怒ってんのよ? 別に恥ずかしいことでもないでしょうが。男の生理とかつき合いとか、いろいろあるんでしょ? そういうの、しょうがないことなんだから平気だって。修治も昔、そんなことを言ってたしね」
お茶に口をつけて麻乃がそう言うと、四人は真っ赤になってさらに固まった。
「おまえ、アホかよ! そういうこと、聞くな! 言うな!」
「だからなにをそんなに怒ってんのよ?」
四人と同じように真っ赤になった鴇汰が、憤慨した様子で怒鳴ったせいで、奥にいた姐さんたちが鴇汰に気づき、群がってきた。あっと言う間に囲まれて、周囲がいきなりにぎやかになる。
中に理恵ちゃんの姿も見えたので、麻乃は席を二つほど移動した。
「まぁまぁ、急にうるさくなっちゃって……」
カウンターの向こう側で、松恵が困った顔でほほ笑んだ。
「あいつ、結構人気があるんだ?」
抱きつかれたり、手を握られたりしている鴇汰の姿を、ぼんやり眺めながら松恵にたずねてみる。
「鴇汰くん? そうねぇ、人気はあるわよぉ。なかなかいい男じゃない? まぁ、鴇汰くんに限らず、麻乃ちゃんのところの男衆は奇麗に遊ぶから、どの子も人気があるわね」
「へぇ……あたしはいつも一緒にいるから、全然わかんないけど」
「最近はちっとも姿を見せないけれど、修治くんも穂高くんも、みんな、いい男じゃない?」
素っ気なく答えた麻乃に、松恵はそう言ってホホホと笑った。
「姐さん、あたしそろそろ行くわ」
「もう? 絶対また来なさいよ? ああ、それから……ちょっと良いお茶が手に入ったから、熊吉に持っていってくれる?」
なんだかんだといがみ合っても、結局、仲は良いらしい。
立ち上がり、みんなのぶんも合わせてさっさと支払いを済ませ、にぎやかな輪を通り抜けた。
「鴇汰。あんた、せっかくだから、もう少しいてあげるといいよ。それじゃあ姐さんがた、こいつらのこと、よろしくお願いします」
市場で買い込んだオレンジと、あずかったお茶を抱え、急いで松恵の店をあとにした。
さすがに一人で持つにはオレンジの数が多すぎて、ヨタヨタと歩き、おクマの店の前にたどり着いた。
店の入り口に待ち構えていた松恵の店とは違う意味でのネエさんたちが、荷物を受け取ってくれて、中へと招かれる。
「松恵姐さんがね、良い茶葉が手に入ったから、おクマさんに、って」
「アラそう。麻乃ちゃんどうする? このお茶、飲んでみる? それともコーヒー?」
「ん~、最初はコーヒーもらおうかな」
おクマはカウンターにケーキを数種類と、コーヒーを並べた。
「鴇汰ちゃんはどうしたのよ?」
「なんだかモテてたからおいてきた」
目の前に出されたケーキを引き寄せると、麻乃は当たり前のように端から順番に口に運んだ。
それを眺めながら、おクマは懐かしそうに目を細める。
「アンタってホントに麻美にそっくり。その癖毛は隆紀ゆずりだけどねェ」
おクマの昔ばなしは長い。
特に麻乃の両親の話しともなると、一晩中でも足りないほどだ。
子供のころから何度となく聞かされてきた。嫌じゃないけど、このあと、話しがどう続くのかは容易に想像できる。
生返事をしながら、せっせとケーキを頬張った。
「もォ~、ママったら話し長いんだから。麻乃ちゃん飽きてるわよォ」
後ろから、首に絡みつくように腕を巻きつけてきたネエさんに、まだ食べかけのところを引っ張られて、麻乃は奥の席に連れていかれた。
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