51 / 780
島国の戦士
第51話 柳堀 ~麻乃 3~
しおりを挟む
「ちょっとアンタ! うつるってなによ。あたしゃアンタと違って、性悪病なんざ持っちゃいないわよ」
松恵はチラリと横目でおクマを眺め、フン、と鼻であしらうと無視して麻乃の髪をなでた。
「麻乃ちゃん、久しぶりじゃないの。食事ならうちに来なさいな。うちのほうがおいしいものを出すし女の子たちもあんたの顔を見たら喜ぶわよ。鴇汰くんも、ずいぶんとご無沙汰じゃない。寄ってくれると理恵ちゃんが喜ぶわ」
ニッコリとほほ笑む松恵の言葉に、麻乃は思わず鴇汰を見あげ、つぶやいた。
「理恵ちゃん……ね」
「ばっ……ちょっと姐さん! 違うぞ! なにもないからな!」
焦って言い訳をする鴇汰の肩の向こうからおクマが顔を出した。鴇汰の肩に手を回して抱き寄せ、挑発するように松恵を睨んでいる。
「嫌ねェ、この年増女ったら。鴇汰ちゃんは今、麻乃ちゃんを連れてるのよ? 女をあてがうようなことを言うなんてサイテーよねェ。こんな女のところで食事なんかしたら、それこそ性悪がうつるわよォ」
「お黙り! 熊吉! アンタはさっさと帰ってヒゲでも剃っといで!」
「チョット! 本名で呼ぶんじゃないわよ! まったく、なんてデリカシーのない女なの!」
二人のあいだに火花が散って見えた気がして、麻乃は目眩を覚えた。
「ちょっと……やめようよ、ね? みんなが見てるから……」
オロオロとしながら、止めに入ろうとした麻乃を押しのけ、鴇汰が割って入ってきた。
「二人ともやめろって! 俺たちはこれから食材を買って家で食うよ。こいつの飯は俺が――」
鴇汰の鳩尾に肘鉄を食らわせて黙らせてから睨み合う二人のあいだに割って入った。おクマの腕を取って、その顔をのぞき込むようにして訴える。
「わかった! こうしよう。お昼ご飯は、松恵姐さんのところで食べる。おクマさんのところには、そのあと、お茶をしに行くよ。このあいだ巧さんにもらったチーズケーキ、本当においしかったもん。濃いコーヒーと一緒に。ね? それでいいよね?」
おクマの視線が麻乃に向いたのを確認してから、ニッコリ笑ってみせる。
「んもう……アンタがそう言うなら、いいわよ、それで」
仕方ないわね、そう言ってようやくおクマが微笑した。
「姐さんも、ね? 買い物を済ませたら店のほうに行くから」
「そう? それじゃあ支度して待ってるからね」
おクマと松恵は目を合わせると、フン、と互いに顔を逸らせていそいそと戻っていく。
それを見送って大きなため息をつく麻乃を、鴇汰がおなかをさすりながら、納得のいかない顔つきで睨んできた。
「なんだよ、うまく逃げようと思ってたのによ」
「だって、あのままじゃ大変なことになったよ。あの二人はあれで剣術と武術じゃ、この国の一、二を争う腕前なんだから。喧嘩でも始まったら、あたし恐ろしくて止めになんか入れないよ」
「あ……熊吉って、もしかして榊熊吉? おクマさんって榊熊吉だったのか!」
鴇汰が思い出したようにあげた名前は、おクマの本名で、剣を学ぶものならその名を知らないものはいないほど有名だ。
「おまえ、凄いのに気に入られてんだな」
「おクマさんはあたしの亡くなった父親の友達だったんだ。だからかわいがってくれるの。松恵姐さんは、昔、酔っぱらいに絡まれてた姐さんのところの女の子を助けてから良くしてもらってるんだよね」
とりあえず、買い物をしてから行くと言ってしまった手前、鴇汰と市場へ足を運びオレンジを買い込んだ。近々、オレンジを使うことになるからちょうど良い。例年よりも安く売っていたので、つい大量に買い込んでしまった。
松恵の店に着くとまだ人けのない店内に入った。
入ってすぐの場所は食事ができるようになっていて、奥の間から店の裏手と階段をあがった二階が伎楼として使われている。松恵に促されてカウンターに座った。
出された料理を食べながら、鴇汰が小声で麻乃に言う。
「うまいけど、絶対に俺のほうが勝ってんだろ?」
「あんたの料理は破壊力、抜群だよね。あたし最近、お気に入りの店のご飯じゃちょっともの足りないもん」
「ホラ見ろ。だから俺が作るって言ったじゃんかよ」
「いいじゃない。外で食べるのもさ。ちゃんとおいしいんだから」
得意げにいう鴇汰を、麻乃は軽くたしなめた。
松恵はチラリと横目でおクマを眺め、フン、と鼻であしらうと無視して麻乃の髪をなでた。
「麻乃ちゃん、久しぶりじゃないの。食事ならうちに来なさいな。うちのほうがおいしいものを出すし女の子たちもあんたの顔を見たら喜ぶわよ。鴇汰くんも、ずいぶんとご無沙汰じゃない。寄ってくれると理恵ちゃんが喜ぶわ」
ニッコリとほほ笑む松恵の言葉に、麻乃は思わず鴇汰を見あげ、つぶやいた。
「理恵ちゃん……ね」
「ばっ……ちょっと姐さん! 違うぞ! なにもないからな!」
焦って言い訳をする鴇汰の肩の向こうからおクマが顔を出した。鴇汰の肩に手を回して抱き寄せ、挑発するように松恵を睨んでいる。
「嫌ねェ、この年増女ったら。鴇汰ちゃんは今、麻乃ちゃんを連れてるのよ? 女をあてがうようなことを言うなんてサイテーよねェ。こんな女のところで食事なんかしたら、それこそ性悪がうつるわよォ」
「お黙り! 熊吉! アンタはさっさと帰ってヒゲでも剃っといで!」
「チョット! 本名で呼ぶんじゃないわよ! まったく、なんてデリカシーのない女なの!」
二人のあいだに火花が散って見えた気がして、麻乃は目眩を覚えた。
「ちょっと……やめようよ、ね? みんなが見てるから……」
オロオロとしながら、止めに入ろうとした麻乃を押しのけ、鴇汰が割って入ってきた。
「二人ともやめろって! 俺たちはこれから食材を買って家で食うよ。こいつの飯は俺が――」
鴇汰の鳩尾に肘鉄を食らわせて黙らせてから睨み合う二人のあいだに割って入った。おクマの腕を取って、その顔をのぞき込むようにして訴える。
「わかった! こうしよう。お昼ご飯は、松恵姐さんのところで食べる。おクマさんのところには、そのあと、お茶をしに行くよ。このあいだ巧さんにもらったチーズケーキ、本当においしかったもん。濃いコーヒーと一緒に。ね? それでいいよね?」
おクマの視線が麻乃に向いたのを確認してから、ニッコリ笑ってみせる。
「んもう……アンタがそう言うなら、いいわよ、それで」
仕方ないわね、そう言ってようやくおクマが微笑した。
「姐さんも、ね? 買い物を済ませたら店のほうに行くから」
「そう? それじゃあ支度して待ってるからね」
おクマと松恵は目を合わせると、フン、と互いに顔を逸らせていそいそと戻っていく。
それを見送って大きなため息をつく麻乃を、鴇汰がおなかをさすりながら、納得のいかない顔つきで睨んできた。
「なんだよ、うまく逃げようと思ってたのによ」
「だって、あのままじゃ大変なことになったよ。あの二人はあれで剣術と武術じゃ、この国の一、二を争う腕前なんだから。喧嘩でも始まったら、あたし恐ろしくて止めになんか入れないよ」
「あ……熊吉って、もしかして榊熊吉? おクマさんって榊熊吉だったのか!」
鴇汰が思い出したようにあげた名前は、おクマの本名で、剣を学ぶものならその名を知らないものはいないほど有名だ。
「おまえ、凄いのに気に入られてんだな」
「おクマさんはあたしの亡くなった父親の友達だったんだ。だからかわいがってくれるの。松恵姐さんは、昔、酔っぱらいに絡まれてた姐さんのところの女の子を助けてから良くしてもらってるんだよね」
とりあえず、買い物をしてから行くと言ってしまった手前、鴇汰と市場へ足を運びオレンジを買い込んだ。近々、オレンジを使うことになるからちょうど良い。例年よりも安く売っていたので、つい大量に買い込んでしまった。
松恵の店に着くとまだ人けのない店内に入った。
入ってすぐの場所は食事ができるようになっていて、奥の間から店の裏手と階段をあがった二階が伎楼として使われている。松恵に促されてカウンターに座った。
出された料理を食べながら、鴇汰が小声で麻乃に言う。
「うまいけど、絶対に俺のほうが勝ってんだろ?」
「あんたの料理は破壊力、抜群だよね。あたし最近、お気に入りの店のご飯じゃちょっともの足りないもん」
「ホラ見ろ。だから俺が作るって言ったじゃんかよ」
「いいじゃない。外で食べるのもさ。ちゃんとおいしいんだから」
得意げにいう鴇汰を、麻乃は軽くたしなめた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる