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島国の戦士
第49話 柳堀 ~麻乃 1~
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梁瀬からの最後の資料をもらい、修治と二人、毎日のように各詰所から訓練所を回り選別を続けた。
少しでも時間の空いたときには道場へも顔を出し、十二日目に選別のすべてが終わったときには、疲労がピークに達していた。
最初はもっと時間をかけて決めるつもりだったけれど、梁瀬が付せんと一緒につけてくれたコメントで思ったよりすんなりと選別ができた。
顔合わせの日程だけを決め、全員に通知を出したあと、倒れるように眠りについたのは深夜二時を過ぎだった。
そういえば、もう修理に出していた紅華炎刀が仕上がってくるころだっけ。
(取りに行ったついでに、新しい刀も買ってこないと。そろそろ高田先生が怒り出すな……)
寝入りばなに、そんなことを考えていた。
麻乃はなにか夢を見ていた。誰かがすぐ近くにいてジッと麻乃を見ている。
けれど、それが誰かを確かめようとしたとき、遠くで響く耳障りな音に引き戻され、目が覚めるとすべてを忘れてしまった。
窓から射す光がまぶしい。そこで初めてドアをノックしている音に気づいた。
「誰……? 修治?」
寝ぼけたまま玄関を開けると立っていたのは鴇汰だった。
鴇汰は一瞬、ポカンとした顔になり、すぐに視線をそらせて横を向いた。
「あぁ……なんだ、鴇汰か……」
「俺、今日、休みで……飯、作ってやろうと思ってきたんだけど……ってか、おまえ、その格好!」
「うん……?」
自分の姿を見ると、タンクトップに下着姿だ。麻乃は頭を掻きながら、部屋の中に戻ると椅子に掛けてあったシャツを羽織り、鴇汰に入るようにすすめた。
「今、何時?」
「十時」
鴇汰はドアを開け放したまま、その横に立っている。
(八時間も寝てたんだ)
「ちょっと待ってて。支度するから、柳堀に行こうよ」
そう声をかけて、すぐにシャワーを浴びて着替えを済ませると、ようやく頭が冴えてきた。
髪を乾かして部屋に戻ってくると、鴇汰は相変わらずドアの横に立ったままだ。わずかに顔が赤く見えるのは気のせいだろうか?
「座って待ってれば良かったのに」
「お……おまえ、不用心だぞ! 起き抜けに、あんな格好のままで出てくるなんてよ!」
「なにを言ってんの? この家に来るのなんて身内くらいなもんだから、なんの問題もないよ」
鴇汰がなにを怒っているのか理解できず、財布をポケットにしまうと、麻乃は鴇汰の背中を押して外へ出た。
「あたし、今日は紅華炎刀取りに行って、新しい刀も買わないといけないんだよね」
まだ不機嫌な顔の鴇汰の前を、少し足を速めて歩く。
「麻乃、二刀持ってただろ? もう一刀はどうしたのよ?」
「あれはちょっと問題があって、封印中」
「ふうん」
刀匠の周防の店は、柳堀の奥まった場所にある。
声をかけて中に入ると、高田の言っていた爺さまの孫らしき人がいた。
「藤川です。紅華炎刀の受け取りに来ました」
「あぁ、仕上がってますよ。今、お持ちします」
そう言って店の奥へと入っていった。
待っているあいだ、麻乃は店内に置かれている刀を眺めて回った。
ぐるっと見て回った中に、一本、とても気になる刀がある。その前に立ち、ジッと見つめて考え込んでいると、背後から紅華炎刀を持ってきた爺さまの孫に声をかけられた。
「良かったら抜いてみてください」
「じゃあ……」
手に取ってみると、柄の握り具合がとてもしっくりとする。
少し緊張して鞘から抜いた。
鋼の擦れる澄んだ音がかすかに響き、あらわれた刀身は反りが浅めの直刃、やや黒みがかった色で、麻乃の背後を奇麗に映し込み輝いている。
鍔も細工が凝っていて蓮華の華が彫り込まれていた。鞘は黒塗りになにか白い小さな粒がちりばめられ、陽に当たってキラキラと光る。
「へぇ、なんかいいな、それ」
隣にいた鴇汰も、しげしげと鞘に見入っている。
「うん、でもこんなに奇麗な鞘、あたしが使ったら、あっという間に駄目になっちゃうかも」
「造りがしっかりしているので、見た目より強いですよ、そいつ」
爺さまの孫の言葉にうなずくと、今度は目の高さまで上げ、角度や持ち方を変えてつぶやいた。
「紅華炎より少しだけ長い」
重みも紅華炎刀に比べると、やや重い。
「夜光と言います。揃いであつらえた脇差しもありますよ」
「これはあなたが?」
「はい」
鞘に戻してもう一度、柄をギュッと握ってみる。
「決めた。これ、いただいていきます。それともう一本、紅華炎と同じ尺のものを……」
そう言った麻乃の目の前に、朱塗りの鞘に納められた刀が差し出された。
少しでも時間の空いたときには道場へも顔を出し、十二日目に選別のすべてが終わったときには、疲労がピークに達していた。
最初はもっと時間をかけて決めるつもりだったけれど、梁瀬が付せんと一緒につけてくれたコメントで思ったよりすんなりと選別ができた。
顔合わせの日程だけを決め、全員に通知を出したあと、倒れるように眠りについたのは深夜二時を過ぎだった。
そういえば、もう修理に出していた紅華炎刀が仕上がってくるころだっけ。
(取りに行ったついでに、新しい刀も買ってこないと。そろそろ高田先生が怒り出すな……)
寝入りばなに、そんなことを考えていた。
麻乃はなにか夢を見ていた。誰かがすぐ近くにいてジッと麻乃を見ている。
けれど、それが誰かを確かめようとしたとき、遠くで響く耳障りな音に引き戻され、目が覚めるとすべてを忘れてしまった。
窓から射す光がまぶしい。そこで初めてドアをノックしている音に気づいた。
「誰……? 修治?」
寝ぼけたまま玄関を開けると立っていたのは鴇汰だった。
鴇汰は一瞬、ポカンとした顔になり、すぐに視線をそらせて横を向いた。
「あぁ……なんだ、鴇汰か……」
「俺、今日、休みで……飯、作ってやろうと思ってきたんだけど……ってか、おまえ、その格好!」
「うん……?」
自分の姿を見ると、タンクトップに下着姿だ。麻乃は頭を掻きながら、部屋の中に戻ると椅子に掛けてあったシャツを羽織り、鴇汰に入るようにすすめた。
「今、何時?」
「十時」
鴇汰はドアを開け放したまま、その横に立っている。
(八時間も寝てたんだ)
「ちょっと待ってて。支度するから、柳堀に行こうよ」
そう声をかけて、すぐにシャワーを浴びて着替えを済ませると、ようやく頭が冴えてきた。
髪を乾かして部屋に戻ってくると、鴇汰は相変わらずドアの横に立ったままだ。わずかに顔が赤く見えるのは気のせいだろうか?
「座って待ってれば良かったのに」
「お……おまえ、不用心だぞ! 起き抜けに、あんな格好のままで出てくるなんてよ!」
「なにを言ってんの? この家に来るのなんて身内くらいなもんだから、なんの問題もないよ」
鴇汰がなにを怒っているのか理解できず、財布をポケットにしまうと、麻乃は鴇汰の背中を押して外へ出た。
「あたし、今日は紅華炎刀取りに行って、新しい刀も買わないといけないんだよね」
まだ不機嫌な顔の鴇汰の前を、少し足を速めて歩く。
「麻乃、二刀持ってただろ? もう一刀はどうしたのよ?」
「あれはちょっと問題があって、封印中」
「ふうん」
刀匠の周防の店は、柳堀の奥まった場所にある。
声をかけて中に入ると、高田の言っていた爺さまの孫らしき人がいた。
「藤川です。紅華炎刀の受け取りに来ました」
「あぁ、仕上がってますよ。今、お持ちします」
そう言って店の奥へと入っていった。
待っているあいだ、麻乃は店内に置かれている刀を眺めて回った。
ぐるっと見て回った中に、一本、とても気になる刀がある。その前に立ち、ジッと見つめて考え込んでいると、背後から紅華炎刀を持ってきた爺さまの孫に声をかけられた。
「良かったら抜いてみてください」
「じゃあ……」
手に取ってみると、柄の握り具合がとてもしっくりとする。
少し緊張して鞘から抜いた。
鋼の擦れる澄んだ音がかすかに響き、あらわれた刀身は反りが浅めの直刃、やや黒みがかった色で、麻乃の背後を奇麗に映し込み輝いている。
鍔も細工が凝っていて蓮華の華が彫り込まれていた。鞘は黒塗りになにか白い小さな粒がちりばめられ、陽に当たってキラキラと光る。
「へぇ、なんかいいな、それ」
隣にいた鴇汰も、しげしげと鞘に見入っている。
「うん、でもこんなに奇麗な鞘、あたしが使ったら、あっという間に駄目になっちゃうかも」
「造りがしっかりしているので、見た目より強いですよ、そいつ」
爺さまの孫の言葉にうなずくと、今度は目の高さまで上げ、角度や持ち方を変えてつぶやいた。
「紅華炎より少しだけ長い」
重みも紅華炎刀に比べると、やや重い。
「夜光と言います。揃いであつらえた脇差しもありますよ」
「これはあなたが?」
「はい」
鞘に戻してもう一度、柄をギュッと握ってみる。
「決めた。これ、いただいていきます。それともう一本、紅華炎と同じ尺のものを……」
そう言った麻乃の目の前に、朱塗りの鞘に納められた刀が差し出された。
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