40 / 780
島国の戦士
第40話 哀悼 ~修治 1~
しおりを挟む
昼前に母親に弁当を持たされて、車で麻乃の家に向かった。修治が家の前に着くと、ドアをたたきながら大声で面倒臭さそうに麻乃を呼んでいる洸の姿が目に入った。
「なんだ。道場の小僧じゃないか。どうしたんだ?」
声をかけると、小僧と言われたことにムッとしたのか、ふてくされた顔で洸が振り向いた。
「塚本先生に、今朝、藤川さんが姿を見せないから、今日からの予定を聞いてくるように、と言われました。でもなんかいないみたいで。鍵もかかっているし」
「いない? そんなはずはないんだけどな……すまないが、塚本先生には、明日は中央で合同葬儀があるから、今日からあさってまで中央に戻ってると伝えてくれ。帰り次第、麻乃に顔をださせます、ってな」
「わかりました」
(なんであんたがあの人の予定を決めてるんだよ)
洸の表情がそう言っているようにみえて帰っていく後ろ姿を見送りながら思わず苦笑した。
(なるほど、鴇汰のやつに似ているとはよく言ったものだ)
太刀筋や雰囲気だけじゃなく、きっと性格も似ているんだろう。あのタイプは嫌いじゃないが、どうも修治とは反りが合わない。
上着のポケットから鍵を一つにまとめたチェーンを取ると、麻乃の家の合い鍵を出してドアを開けた。
その途端、中からひどくアルコールの匂いがして顔をしかめた。
部屋を見回すと、寝室に入ろうとした寸前のところで力尽きて眠っている麻乃の姿がある。
洸のいる前でドアを開けなくて良かったと、しみじみと思う。部屋の中も戻ってから日も浅いのにもう乱雑だ。
(指導する側の威厳も何もあったもんじゃないな)
近寄って軽く麻乃の頬をたたいた。
「おい、いつまで寝ているんだ。もう昼になるぞ。そろそろでかけないと着くのが遅くなるだろうが」
麻乃はモソモソと動いて体を起こした。
「頭が痛い……気持ち悪い……」
そうつぶやき、また横になろうとしている麻乃の腕を引っ張り、どうにか椅子に腰かけさせると、台所で水をくんで手渡した。
部屋のこもった空気を入れ替えようと、窓を開け放った。
「おまえどれだけ飲んだんだ?」
「ん……ゆうべ柳堀で隊員たちと行き会って……一緒に飲み食いしたけど、あたし、そんなに飲んじゃいないよ」
麻乃はボサボサに乱れた髪をかきあげると、グラスに口をつけた。
「隊員たちって、おまえのところは誰かこっちに来ているのか?」
修治はたまった食器類を洗いながら麻乃の言葉に疑問を感じ、手を止めて振り返った。麻乃の手からグラスが落ち、まだ中に残っていた水が弾けた。
「馬鹿、なにをやってるんだ」
こぼれた水を拭こうとした手を麻乃がつかみ、なにかを思い出した表情で修治を見あげた。
「違う……あれは、あいつらだ。昨日は不自然だと思いもしなかったけど、うちの部隊のやつらは今、何人か西医療所にいる以外は中央にいるんだった。人数だって、十人どころじゃなかった……来たんだよ、あいつらが」
「そうか……おまえのところはそう来たか。俺のほうは太刀合わせに来たぞ」
「太刀合わせにしようか迷って、こっちに来ました、って言ってた」
「おまえの隊員たちらしいじゃないか。なるほどな、それでそのありさまか。おまえ、当てられたな?」
麻乃は両手で顔を覆ってため息をついた。修治も同じだけれど、麻乃は特にいろいろと思うところがあるのだろう。
「そうかな? ちょっと長めの時間、いたからかな」
「まぁ、あの人数だ。仕方ないだろうよ。俺だって気づいたら、あちこち打ち傷があったからな」
ひどい頭痛と眠気で起きているのがつらいと麻乃は言う。
それでも出かけなければならないので、無理やり立ちあがらせると、シャワーを浴びさせ、急いで身支度をするように言い含めた。
ノロノロと麻乃が支度を始めたあいだに、部屋の中を片づけて待つことにした。
「なんだ。道場の小僧じゃないか。どうしたんだ?」
声をかけると、小僧と言われたことにムッとしたのか、ふてくされた顔で洸が振り向いた。
「塚本先生に、今朝、藤川さんが姿を見せないから、今日からの予定を聞いてくるように、と言われました。でもなんかいないみたいで。鍵もかかっているし」
「いない? そんなはずはないんだけどな……すまないが、塚本先生には、明日は中央で合同葬儀があるから、今日からあさってまで中央に戻ってると伝えてくれ。帰り次第、麻乃に顔をださせます、ってな」
「わかりました」
(なんであんたがあの人の予定を決めてるんだよ)
洸の表情がそう言っているようにみえて帰っていく後ろ姿を見送りながら思わず苦笑した。
(なるほど、鴇汰のやつに似ているとはよく言ったものだ)
太刀筋や雰囲気だけじゃなく、きっと性格も似ているんだろう。あのタイプは嫌いじゃないが、どうも修治とは反りが合わない。
上着のポケットから鍵を一つにまとめたチェーンを取ると、麻乃の家の合い鍵を出してドアを開けた。
その途端、中からひどくアルコールの匂いがして顔をしかめた。
部屋を見回すと、寝室に入ろうとした寸前のところで力尽きて眠っている麻乃の姿がある。
洸のいる前でドアを開けなくて良かったと、しみじみと思う。部屋の中も戻ってから日も浅いのにもう乱雑だ。
(指導する側の威厳も何もあったもんじゃないな)
近寄って軽く麻乃の頬をたたいた。
「おい、いつまで寝ているんだ。もう昼になるぞ。そろそろでかけないと着くのが遅くなるだろうが」
麻乃はモソモソと動いて体を起こした。
「頭が痛い……気持ち悪い……」
そうつぶやき、また横になろうとしている麻乃の腕を引っ張り、どうにか椅子に腰かけさせると、台所で水をくんで手渡した。
部屋のこもった空気を入れ替えようと、窓を開け放った。
「おまえどれだけ飲んだんだ?」
「ん……ゆうべ柳堀で隊員たちと行き会って……一緒に飲み食いしたけど、あたし、そんなに飲んじゃいないよ」
麻乃はボサボサに乱れた髪をかきあげると、グラスに口をつけた。
「隊員たちって、おまえのところは誰かこっちに来ているのか?」
修治はたまった食器類を洗いながら麻乃の言葉に疑問を感じ、手を止めて振り返った。麻乃の手からグラスが落ち、まだ中に残っていた水が弾けた。
「馬鹿、なにをやってるんだ」
こぼれた水を拭こうとした手を麻乃がつかみ、なにかを思い出した表情で修治を見あげた。
「違う……あれは、あいつらだ。昨日は不自然だと思いもしなかったけど、うちの部隊のやつらは今、何人か西医療所にいる以外は中央にいるんだった。人数だって、十人どころじゃなかった……来たんだよ、あいつらが」
「そうか……おまえのところはそう来たか。俺のほうは太刀合わせに来たぞ」
「太刀合わせにしようか迷って、こっちに来ました、って言ってた」
「おまえの隊員たちらしいじゃないか。なるほどな、それでそのありさまか。おまえ、当てられたな?」
麻乃は両手で顔を覆ってため息をついた。修治も同じだけれど、麻乃は特にいろいろと思うところがあるのだろう。
「そうかな? ちょっと長めの時間、いたからかな」
「まぁ、あの人数だ。仕方ないだろうよ。俺だって気づいたら、あちこち打ち傷があったからな」
ひどい頭痛と眠気で起きているのがつらいと麻乃は言う。
それでも出かけなければならないので、無理やり立ちあがらせると、シャワーを浴びさせ、急いで身支度をするように言い含めた。
ノロノロと麻乃が支度を始めたあいだに、部屋の中を片づけて待つことにした。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる