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島国の戦士
第39話 哀悼 ~麻乃 1~
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その夜、麻乃は西区の繁華街でもある柳堀へ出かけた。
家事に関わることが苦手な麻乃にとって、自宅からもほど近く、多くの食堂なども軒を連ねている柳掘は、生活には欠かせない場所だ。
生まれたときからずっと暮らしてきた西区の繁華街だけに、知人や顔見知りも多く、両親の友人もいて今でも麻乃に良くしてくれる。
いくつか好みの店もあり、その中の一軒で一人のんびり夕食を食べていると、入り口からにぎやかな声が聞こえてきた。
「なんだ。ここにいたんですか。探しちゃいましたよ」
ドカドカと足音が近づいてきて、顔をあげると隊員たちが目の前に立っていた。
それぞれが口々に腹が減ったの疲れたのと言いながら近くに席を取ると、向かい側に腰をおろした一人が、麻乃の手もとを見て言った。
「うまそうなもん、食ってますね」
「あ……あぁ、うん。うまいよ、これ。なに? あんたたちもこれから夕飯?」
全員が一斉に返事をする。その屈託のない明るい返事がなぜだかおかしくて、つい顔がほころんでしまう。
「なんでも好きなものを頼みなよ。今夜はおごるよ。あ、ついでに酒もね。せっかくだし、みんなで一緒に飲もうよ」
麻乃の言葉に隊員たちはワアッと声を上げ、口々に注文を始めた。
食事をし、アルコールも入って気分もほどよくなったころ、誰かがぽつりと言った。
「俺、戦士になってから最初のうちは、緊張で飯も喉を通らなかったんだよな」
「そうそう、俺もそうだった」
一人が言うと、次々とうなずいている。
「あるとき、言われたんですよね。飯くらいちゃんと食べておかなきゃ、体力がもたなくてろくな戦いができないぞ、って」
「だから俺、掻き込むようにして無理やり食ってたんですよ」
「麻乃隊長は、いっつも飯をうまそうに食っててさ、それがすげぇ不思議だったよな」
飲み食いをしながらにぎやかな笑い声をあげる隊員たちを、麻乃は黙って見つめていた。
不思議なくらい、温かな気持ちになる。
「それで俺、思いきって聞いたんですよね。なんでそんなにうまそうに飯を食えるんですか? って。そしたら……」
『だって、あたしらが命をかけて守ってる国の人たちの手で、丹精を込めて育てられた素材で作られているんだよ。この国に生きている、植物や動物の命をいただいてるんだ。まずいわけがないよ。それに、そうやって作られたものであたしらは生きていて、さらに戦うための力にもなっている。守ってると思っているものに、本当は守られているんだよ。凄いことだと思わない?』
「そう言われて、目からウロコでしたよ。そんなふうに考えたことなんてありませんでした」
「そう思うと、それからはなにを食ってもうまく感じるようになって、三食ちゃんと食べられるようになったんですよね」
「そんなこと、言ったっけ? もう覚えていないよ」
隊員たちは、懐かしそうに目を細めている。
そのころの記憶が麻乃の頭の奥をかすめたけれど、気恥ずかしくて思い出せないふりをした。
古い思い出話しをとりとめもなく続け、しばらくたったころ、急に全員が立ちあがった。
「本当は今日、太刀合わせをお願いしにこようかどうしようか、みんなで迷ったんですよ」
「でも、こっちにして正解だったよな」
「いろいろと思い出して楽しかったし、飯も酒もうまかったしな」
そう言って帰り支度をはじめている。
「なんだ、みんなもう帰るの?」
麻乃も立ち上がろうとすると、隊員の一人がその肩をとどめるように押さえてきた。
「まぁまぁ、俺たちは先にいきますけど、麻乃隊長はあとからゆっくり来てください」
「あぁ……そう? じゃあ飲んでるんだから、気をつけて帰るんだよ」
「たくさん飲み食いしましたけど、あとで怒らないでくださいね」
一人がそう言うと、ほかの隊員たちはドッと笑い、小坂たちにもよろしく言っておいてくださいね、と、入ってきたときのようににぎやかに出ていった。
それを見送ってから椅子の背にもたれると、ふーっと息をはいた。頭がズシリと重い。
(ちょっと飲みすぎたかな? いや……そんなに飲んでないよなぁ……)
そう思った途端、急速に眠気が襲ってきた。
家事に関わることが苦手な麻乃にとって、自宅からもほど近く、多くの食堂なども軒を連ねている柳掘は、生活には欠かせない場所だ。
生まれたときからずっと暮らしてきた西区の繁華街だけに、知人や顔見知りも多く、両親の友人もいて今でも麻乃に良くしてくれる。
いくつか好みの店もあり、その中の一軒で一人のんびり夕食を食べていると、入り口からにぎやかな声が聞こえてきた。
「なんだ。ここにいたんですか。探しちゃいましたよ」
ドカドカと足音が近づいてきて、顔をあげると隊員たちが目の前に立っていた。
それぞれが口々に腹が減ったの疲れたのと言いながら近くに席を取ると、向かい側に腰をおろした一人が、麻乃の手もとを見て言った。
「うまそうなもん、食ってますね」
「あ……あぁ、うん。うまいよ、これ。なに? あんたたちもこれから夕飯?」
全員が一斉に返事をする。その屈託のない明るい返事がなぜだかおかしくて、つい顔がほころんでしまう。
「なんでも好きなものを頼みなよ。今夜はおごるよ。あ、ついでに酒もね。せっかくだし、みんなで一緒に飲もうよ」
麻乃の言葉に隊員たちはワアッと声を上げ、口々に注文を始めた。
食事をし、アルコールも入って気分もほどよくなったころ、誰かがぽつりと言った。
「俺、戦士になってから最初のうちは、緊張で飯も喉を通らなかったんだよな」
「そうそう、俺もそうだった」
一人が言うと、次々とうなずいている。
「あるとき、言われたんですよね。飯くらいちゃんと食べておかなきゃ、体力がもたなくてろくな戦いができないぞ、って」
「だから俺、掻き込むようにして無理やり食ってたんですよ」
「麻乃隊長は、いっつも飯をうまそうに食っててさ、それがすげぇ不思議だったよな」
飲み食いをしながらにぎやかな笑い声をあげる隊員たちを、麻乃は黙って見つめていた。
不思議なくらい、温かな気持ちになる。
「それで俺、思いきって聞いたんですよね。なんでそんなにうまそうに飯を食えるんですか? って。そしたら……」
『だって、あたしらが命をかけて守ってる国の人たちの手で、丹精を込めて育てられた素材で作られているんだよ。この国に生きている、植物や動物の命をいただいてるんだ。まずいわけがないよ。それに、そうやって作られたものであたしらは生きていて、さらに戦うための力にもなっている。守ってると思っているものに、本当は守られているんだよ。凄いことだと思わない?』
「そう言われて、目からウロコでしたよ。そんなふうに考えたことなんてありませんでした」
「そう思うと、それからはなにを食ってもうまく感じるようになって、三食ちゃんと食べられるようになったんですよね」
「そんなこと、言ったっけ? もう覚えていないよ」
隊員たちは、懐かしそうに目を細めている。
そのころの記憶が麻乃の頭の奥をかすめたけれど、気恥ずかしくて思い出せないふりをした。
古い思い出話しをとりとめもなく続け、しばらくたったころ、急に全員が立ちあがった。
「本当は今日、太刀合わせをお願いしにこようかどうしようか、みんなで迷ったんですよ」
「でも、こっちにして正解だったよな」
「いろいろと思い出して楽しかったし、飯も酒もうまかったしな」
そう言って帰り支度をはじめている。
「なんだ、みんなもう帰るの?」
麻乃も立ち上がろうとすると、隊員の一人がその肩をとどめるように押さえてきた。
「まぁまぁ、俺たちは先にいきますけど、麻乃隊長はあとからゆっくり来てください」
「あぁ……そう? じゃあ飲んでるんだから、気をつけて帰るんだよ」
「たくさん飲み食いしましたけど、あとで怒らないでくださいね」
一人がそう言うと、ほかの隊員たちはドッと笑い、小坂たちにもよろしく言っておいてくださいね、と、入ってきたときのようににぎやかに出ていった。
それを見送ってから椅子の背にもたれると、ふーっと息をはいた。頭がズシリと重い。
(ちょっと飲みすぎたかな? いや……そんなに飲んでないよなぁ……)
そう思った途端、急速に眠気が襲ってきた。
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