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島国の戦士
第36話 不穏 ~麻乃 3~
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「だって私らの力は、女神さまからいただいた守るための力で、決して他国を侵略する力ではないでしょ?」
「でも……!」
「それは禁忌として伝えられてきているのに破ろうとした罰だと思うの。私は、ね」
巧は窓の外に目を向けて、言葉を選ぶように話し続ける。
「乱暴な考え方かもしれないけど、そのことがあってから個々で力の有り方を考えて、正しく伝え続けて今に至るわけじゃない?」
話しを続ける巧から視線を外せない。麻乃にも言わんとすることはわかるけれど、心の奥底でなにか納得がいかない。
「今の国王さまも、皇子さまにしても、とても気さくな人たちで、この国を守ることに力を注いでるわよ」
「それはあたしもわかってるけど……」
「幸いにも、麻乃に粛清されなきゃならないことなんて、今は何一つない。それは私があれこれ言うより、麻乃自身が良くわかってることよね?」
ゆっくりと言い含めるような巧の話し方に、ただ黙ってうなずくだけだった。
時折、誰かが通りすぎる足音が聞こえる以外、外からもなにも聞こえない。さっきの浜での出来事が嘘のように穏やかな時間だ。
いつも、いつでもこんな時間が続くことを願っているのに――。
「だから麻乃の覚醒も、おかしなことになる要素はないわよ。なんの根拠もないけれど、これまでのことから見ると目覚めるべくして目覚めてるでしょ。今は、大陸が変な様子だし、もし覚醒するとしたら前者のほうとしか思えないね」
素っ気ない口調でそう言った巧が、コーヒーを飲む姿をただ見つめた。
「鬼神だなんて、大層な言われ方をされてるけどさ、私から見たら、鬼神って言うよりも、救世主って感じがするけどね」
「それこそ大層な言い方だよ。そんなにいいものなんかじゃないよ。だってあたしは……」
その先の言葉が継げなくて、麻乃はジッとカップに視線を落としていた。
(そんなにいいものなんかじゃない……)
鬼神の能力が、人を傷つけ、罪を重ねるだけの力にしか思えない。
軍部でも上層のほとんどが麻乃の血筋についてを知っている。そして麻乃の存在をうとましく思っているのも――。
「気負いすぎなのよ。あんたは。周りにせっつかれて焦る気持ちもわかるけどさ」
「あたし、わからないんだ。自分がどうなると覚醒するか。時々凄く自分の感情が抑えられなくて、そんなときに頭の芯が痺れて……」
誰もに必要とされようなどと、おこがましいことを考えているわけじゃない。けれど、ただ鬼神の血だということで、うとまれ遠ざけられることが嫌だった。
麻乃に向けられる冷たい視線が、心の底から怖かった。
自分のしたことを考えろ、おまえなど必要ないと、いつ誰に言われるんじゃないかと考えるだけで今でも胸が痛む。
だからいつも、覚醒を感じた瞬間に必死でそれを抑えてきた。
「そのときの感じがきっとそうなんだと思うんだけど、でも、そんな感情でいるときは駄目だって思って、必死に気持ちを抑えて……それ以外の、どんな状態になったらちゃんとできるのか、全然わからないんだ」
不安な思いを少しずつはき出すように、麻乃はポツリポツリと話した。
覚醒の話しをするたびに、高田に言われる言葉を思い出す。
(安定してさえいれば覚醒したところで、今のおまえ自身と、なんら変わることはないのだぞ)
どこにそんな根拠があるのかわからず、常に拒絶してきた。
残ったコーヒーを一口で飲み干す。それなのにやけに渇きを覚えるのは、緊張しているせいだろうか。
「だって呪文で変身する、なんてものじゃないでしょ? 気楽にして自然に任せればいいんじゃない?」
「気楽に……?」
「案外さ、ある朝、目が覚めたらね、瞳と髪の色が変わってるかもしれないわよ」
顔をあげ、麻乃は巧をしげしげと見た。
「そんなふうに言われたことなんてなかった。自分でも考えもしなかった。そんな自然に起こるかもしれないなんて……」
「だから気負いすぎなんだって。普通よ。普通。それが一番よ」
「朝、起きたら訓練をして、戦争に出て、会議もして。そんなのも普通?」
「そうよ。だって私ら戦士だもの。そうそう、それから普通においしいものを食べたり、なんてね」
巧は笑って立ちあがると、麻乃の手からカップを取りあげて新しいコーヒーを注いでくれた。
そのまま部屋の小さな冷蔵庫の中から、ケーキを取り出して机に置いた。
「おクマちゃん特製のチーズケーキとかね」
「あっ、おクマさんのところ、チーズケーキも出してるんだ?」
「食べなよ」
「うん、いただきます」
巧は頬づえをついて麻乃のほうを見つめながら、ゆっくりと言った。
「でも……!」
「それは禁忌として伝えられてきているのに破ろうとした罰だと思うの。私は、ね」
巧は窓の外に目を向けて、言葉を選ぶように話し続ける。
「乱暴な考え方かもしれないけど、そのことがあってから個々で力の有り方を考えて、正しく伝え続けて今に至るわけじゃない?」
話しを続ける巧から視線を外せない。麻乃にも言わんとすることはわかるけれど、心の奥底でなにか納得がいかない。
「今の国王さまも、皇子さまにしても、とても気さくな人たちで、この国を守ることに力を注いでるわよ」
「それはあたしもわかってるけど……」
「幸いにも、麻乃に粛清されなきゃならないことなんて、今は何一つない。それは私があれこれ言うより、麻乃自身が良くわかってることよね?」
ゆっくりと言い含めるような巧の話し方に、ただ黙ってうなずくだけだった。
時折、誰かが通りすぎる足音が聞こえる以外、外からもなにも聞こえない。さっきの浜での出来事が嘘のように穏やかな時間だ。
いつも、いつでもこんな時間が続くことを願っているのに――。
「だから麻乃の覚醒も、おかしなことになる要素はないわよ。なんの根拠もないけれど、これまでのことから見ると目覚めるべくして目覚めてるでしょ。今は、大陸が変な様子だし、もし覚醒するとしたら前者のほうとしか思えないね」
素っ気ない口調でそう言った巧が、コーヒーを飲む姿をただ見つめた。
「鬼神だなんて、大層な言われ方をされてるけどさ、私から見たら、鬼神って言うよりも、救世主って感じがするけどね」
「それこそ大層な言い方だよ。そんなにいいものなんかじゃないよ。だってあたしは……」
その先の言葉が継げなくて、麻乃はジッとカップに視線を落としていた。
(そんなにいいものなんかじゃない……)
鬼神の能力が、人を傷つけ、罪を重ねるだけの力にしか思えない。
軍部でも上層のほとんどが麻乃の血筋についてを知っている。そして麻乃の存在をうとましく思っているのも――。
「気負いすぎなのよ。あんたは。周りにせっつかれて焦る気持ちもわかるけどさ」
「あたし、わからないんだ。自分がどうなると覚醒するか。時々凄く自分の感情が抑えられなくて、そんなときに頭の芯が痺れて……」
誰もに必要とされようなどと、おこがましいことを考えているわけじゃない。けれど、ただ鬼神の血だということで、うとまれ遠ざけられることが嫌だった。
麻乃に向けられる冷たい視線が、心の底から怖かった。
自分のしたことを考えろ、おまえなど必要ないと、いつ誰に言われるんじゃないかと考えるだけで今でも胸が痛む。
だからいつも、覚醒を感じた瞬間に必死でそれを抑えてきた。
「そのときの感じがきっとそうなんだと思うんだけど、でも、そんな感情でいるときは駄目だって思って、必死に気持ちを抑えて……それ以外の、どんな状態になったらちゃんとできるのか、全然わからないんだ」
不安な思いを少しずつはき出すように、麻乃はポツリポツリと話した。
覚醒の話しをするたびに、高田に言われる言葉を思い出す。
(安定してさえいれば覚醒したところで、今のおまえ自身と、なんら変わることはないのだぞ)
どこにそんな根拠があるのかわからず、常に拒絶してきた。
残ったコーヒーを一口で飲み干す。それなのにやけに渇きを覚えるのは、緊張しているせいだろうか。
「だって呪文で変身する、なんてものじゃないでしょ? 気楽にして自然に任せればいいんじゃない?」
「気楽に……?」
「案外さ、ある朝、目が覚めたらね、瞳と髪の色が変わってるかもしれないわよ」
顔をあげ、麻乃は巧をしげしげと見た。
「そんなふうに言われたことなんてなかった。自分でも考えもしなかった。そんな自然に起こるかもしれないなんて……」
「だから気負いすぎなんだって。普通よ。普通。それが一番よ」
「朝、起きたら訓練をして、戦争に出て、会議もして。そんなのも普通?」
「そうよ。だって私ら戦士だもの。そうそう、それから普通においしいものを食べたり、なんてね」
巧は笑って立ちあがると、麻乃の手からカップを取りあげて新しいコーヒーを注いでくれた。
そのまま部屋の小さな冷蔵庫の中から、ケーキを取り出して机に置いた。
「おクマちゃん特製のチーズケーキとかね」
「あっ、おクマさんのところ、チーズケーキも出してるんだ?」
「食べなよ」
「うん、いただきます」
巧は頬づえをついて麻乃のほうを見つめながら、ゆっくりと言った。
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