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島国の戦士
第35話 不穏 ~麻乃 2~
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目を覚ましてからずっと、麻乃はぼんやりと天井を眺めていた。
(また気を失ってた……)
最近、多くなった気がする。自分の中の憤りが抑えられないことが多い。
頭の芯がまだ重いけれど、火傷の痕は痛みが引いたようだ。ドアをコツコツとたたく音が聞こえ、麻乃はベッドから体を起こした。
「入るよ」
起きあがった麻乃を見て、巧の表情がホッと緩んでいる。
「うん、だいぶ顔色も良くなったみたいね。どう? コーヒーでも淹れようか?」
「あ、じゃあ、あたしが」
「いいから。起きられるなら私の部屋においで。今、三番を使ってるから入って待ってなよ」
少しだけせっかちなところがある巧は、それだけを言うと、さっさと出ていってしまう。麻乃は急いでベッドからおりると、巧のあとを追った。
詰所は中央の施設に比べると格段に規模が小さい。夜番や持ち回りの当番で詰所を拠点にする際に不自由のないようにと、いくつかの個室と会議室、隊員たちの簡易宿舎があるだけだ。
二部隊程度の人数ならどうにかこと足りるが、三部隊になると談話室や食堂まで人であふれる。
三番の札がかかっている部屋へ入ると、窓辺に腰をかけて外の景色を眺めた。
少しずつ頭の中がはっきりしてきて、不意にさっきの赤髪の女を思い出した。
(あれが鬼神だとしたら、きっともう覚醒している。どれほどの力があるんだろう……)
腕前だけなら麻乃もそれなりに自信はある。ただ、普通より上回る力を持った相手と対峙したとき、その差がどのくらい開くのか想像もつかない。
戦ってみたい、と麻乃は思った。
歴然とした差がでるのであれば、それをこえるために覚醒する覚悟ができるかもしれない。
「お待たせ」
ドアが開いて、コーヒーの香りが部屋を満たした。なぜかホッとする香りだ。
「麻乃は確か、あれでいいのよね?」
巧が小さなデスクの上にトレイを乗せると「熱めの濃いめ、泥水のようなブラックでね」と、二人同時に言い、顔を見合わせてクスッと笑った。
「初めて聞いたときは、あんたちょっとおかしいのかと思ったけどね」
「だって、うんと濃いやつが好きなんだもん、ああ言ったらわかりやすいかな? って思ったんだよ」
「それにしたって、泥水なんてねぇ。大した表現力だよ」
笑いながら差し出されたカップを受け取り、一口、飲むと気持ちがしずまるようだ。
「麻乃はさ、自分のことをどう思ってる?」
突然の問いかけに面食らって、麻乃は一瞬、コーヒーを吹き出しそうになった。
「どう……って、どういうこと?」
「自分の能力について」
ドクン、と心臓が高鳴る。
(やっぱり知っているんだ。あたしのこと――)
その思いが聞こえたかのように、巧は話しを続けた。カップを持つ手が震える。
「トクちゃんも岱胡も気づいてるよ。きっと同じ文献を読んだんだと思う」
「あたしは……こんな能力、欲しくなかった。こんな……人を傷つけるだけの力……」
「ねぇ、あんたも読んだと思うけど、古い文献には、それこそ何世紀も前からのことが書かれてるよね」
「……うん」
「鬼神についての記載もあったけど、そのほとんどが普通に覚醒して、普通より能力が上回っただけよね?」
なにかを言おうと思っても喉の奥で声が詰まり、言葉が出ない。麻乃は黙ってうなずいた。
「それに、そのおかげで大陸に強力な力があったときでも、この国への侵略を阻むことができてるじゃない?」
「……うん」
「驚くようなことがあったのは、たった一度きりだったよね?」
巧はうつむいて視線を合わせない麻乃の表情を確かめるように、少し前屈みに身を寄せてきた。
文献は麻乃自身も読みあさった。かつて鬼神と呼ばれた人たちが、周囲にどう影響を与え、どう扱われていたのかを知りたかったから。
巧の言う、驚くようなこと……それはずいぶんと昔、当時の国王が他国への進出を目論んだことに始まった。
泉翔での女神信仰では、他国への侵攻は禁忌とされている。それを破ろうとした年に現れたのは、強大な力を持った鬼神だった。
国王以下、国中で大陸への侵攻を支持し、準備を始めたものたち全員が、それを阻むべく動いた鬼神の手にかかったと記されている。その件の表記に麻乃は強いショックを受けた。
「私は、それはあっちゃいけないことだと思うけど、なきゃいけなかったことだ、とも思うのよね」
「そんな……どうしてさ!」
最後の巧の言葉に驚いて顔をあげ、麻乃は思わず大きな声を出した。
(また気を失ってた……)
最近、多くなった気がする。自分の中の憤りが抑えられないことが多い。
頭の芯がまだ重いけれど、火傷の痕は痛みが引いたようだ。ドアをコツコツとたたく音が聞こえ、麻乃はベッドから体を起こした。
「入るよ」
起きあがった麻乃を見て、巧の表情がホッと緩んでいる。
「うん、だいぶ顔色も良くなったみたいね。どう? コーヒーでも淹れようか?」
「あ、じゃあ、あたしが」
「いいから。起きられるなら私の部屋においで。今、三番を使ってるから入って待ってなよ」
少しだけせっかちなところがある巧は、それだけを言うと、さっさと出ていってしまう。麻乃は急いでベッドからおりると、巧のあとを追った。
詰所は中央の施設に比べると格段に規模が小さい。夜番や持ち回りの当番で詰所を拠点にする際に不自由のないようにと、いくつかの個室と会議室、隊員たちの簡易宿舎があるだけだ。
二部隊程度の人数ならどうにかこと足りるが、三部隊になると談話室や食堂まで人であふれる。
三番の札がかかっている部屋へ入ると、窓辺に腰をかけて外の景色を眺めた。
少しずつ頭の中がはっきりしてきて、不意にさっきの赤髪の女を思い出した。
(あれが鬼神だとしたら、きっともう覚醒している。どれほどの力があるんだろう……)
腕前だけなら麻乃もそれなりに自信はある。ただ、普通より上回る力を持った相手と対峙したとき、その差がどのくらい開くのか想像もつかない。
戦ってみたい、と麻乃は思った。
歴然とした差がでるのであれば、それをこえるために覚醒する覚悟ができるかもしれない。
「お待たせ」
ドアが開いて、コーヒーの香りが部屋を満たした。なぜかホッとする香りだ。
「麻乃は確か、あれでいいのよね?」
巧が小さなデスクの上にトレイを乗せると「熱めの濃いめ、泥水のようなブラックでね」と、二人同時に言い、顔を見合わせてクスッと笑った。
「初めて聞いたときは、あんたちょっとおかしいのかと思ったけどね」
「だって、うんと濃いやつが好きなんだもん、ああ言ったらわかりやすいかな? って思ったんだよ」
「それにしたって、泥水なんてねぇ。大した表現力だよ」
笑いながら差し出されたカップを受け取り、一口、飲むと気持ちがしずまるようだ。
「麻乃はさ、自分のことをどう思ってる?」
突然の問いかけに面食らって、麻乃は一瞬、コーヒーを吹き出しそうになった。
「どう……って、どういうこと?」
「自分の能力について」
ドクン、と心臓が高鳴る。
(やっぱり知っているんだ。あたしのこと――)
その思いが聞こえたかのように、巧は話しを続けた。カップを持つ手が震える。
「トクちゃんも岱胡も気づいてるよ。きっと同じ文献を読んだんだと思う」
「あたしは……こんな能力、欲しくなかった。こんな……人を傷つけるだけの力……」
「ねぇ、あんたも読んだと思うけど、古い文献には、それこそ何世紀も前からのことが書かれてるよね」
「……うん」
「鬼神についての記載もあったけど、そのほとんどが普通に覚醒して、普通より能力が上回っただけよね?」
なにかを言おうと思っても喉の奥で声が詰まり、言葉が出ない。麻乃は黙ってうなずいた。
「それに、そのおかげで大陸に強力な力があったときでも、この国への侵略を阻むことができてるじゃない?」
「……うん」
「驚くようなことがあったのは、たった一度きりだったよね?」
巧はうつむいて視線を合わせない麻乃の表情を確かめるように、少し前屈みに身を寄せてきた。
文献は麻乃自身も読みあさった。かつて鬼神と呼ばれた人たちが、周囲にどう影響を与え、どう扱われていたのかを知りたかったから。
巧の言う、驚くようなこと……それはずいぶんと昔、当時の国王が他国への進出を目論んだことに始まった。
泉翔での女神信仰では、他国への侵攻は禁忌とされている。それを破ろうとした年に現れたのは、強大な力を持った鬼神だった。
国王以下、国中で大陸への侵攻を支持し、準備を始めたものたち全員が、それを阻むべく動いた鬼神の手にかかったと記されている。その件の表記に麻乃は強いショックを受けた。
「私は、それはあっちゃいけないことだと思うけど、なきゃいけなかったことだ、とも思うのよね」
「そんな……どうしてさ!」
最後の巧の言葉に驚いて顔をあげ、麻乃は思わず大きな声を出した。
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