蓮華

釜瑪 秋摩

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島国の戦士

第29話 幼き精鋭たち ~塚本 1~

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「失礼します」

 ほかの師範に子どもたちを任せると、塚本は市原とともに道場の奥にある高田の部屋に入った。

「麻乃の傷が開いてしまったようで、出血がひどかったため、修治が医療所へ連れていきました」

「そうか。かすり傷程度とみて演習に行かせたが、かわいそうなことをしたな」

 数十分前に高田の娘の多香子が買い物を済ませて戻ってきた。
 怪我を負っている麻乃を演習に出したことで、多香子たかこが高田に噛みついていたのが、道場の外まで響いていた。
 そのせいもあってか、高田は言いながら罰の悪そうな顔を見せる。

「少し無茶をしたようですよ。二時間十分であがってきましたから」

「なんだ、やけに早いな」

「ええ。それと、最後の四人相手に二刀抜いたそうです」

「ははぁ、洸たちだな?」

 それにうなずくと、塚本は苦笑しながら話しを続けた。

「それから、自分の勝ちだから、夕飯のことをちゃんと伝えておいてくれ、だそうです」

「怪我より飯か。まったく、あれは驚くほどの変わりものだな」

「麻乃はまだ覚醒していないようですね?」

 呆れている高田に市原がそう問いかけた。
 穏やかだった雰囲気が、途端に張りつめた気がする。

 昔からずっと、麻乃の覚醒が絡んでくると、高田の中でなにかが変わるのを感じている。それは今をもっても変わらないままだ。

 当の麻乃のほうも、幾度となく促されても、そのたびにかたくなに拒絶している。
 二人が相いれないままに過ごしてきたのを、塚本も市原もずっと見続けてきた。

「麻乃が洗礼を受けてから、もう八年だ。とうに目覚めていてもおかしくはないのに、なにがあれの妨げになっているやら……」

「やはり両親のことではないでしょうか?」

「うむ……しかし、どうもそれだけではない気がする。麻乃はなにかを隠しているようなのだが、あれは母親ゆずりで頑固なところがあるからな。聞いたところで答えまい。言いくるめて当分ここに通わせるつもりだ。おまえたちにも手間をかけさせるが、少し麻乃を気にかけてやってくれ」

「わかりました」

 麻乃の両親とは塚本も市原も親しくしていた。
 だから高田が多香子と同様、麻乃を自分の子どものように思っている気持ちもわかる。
 高田は不意に立ちあがると、窓の外に視線を向けた。

「戻ってきたようだぞ」

 裏口のほうから、車のエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。
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