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島国の戦士
第28話 幼き精鋭たち ~麻乃 4~
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鼻がムズムズして、麻乃はクシュッとくしゃみをした。
「動くな。馬鹿者が」
子どものころから世話になり、爺ちゃん先生と呼んでいる医師の石川がギロリと睨んだ。
それほど深くはないと思っていた傷だったけれど縫ったところがすっかり開いてだいぶ出血していた。
少し前に消毒液で嫌と言うほど傷口を洗われ、今、爺ちゃん先生に改めて縫いなおされている。
「だって……子どもたちがあたしの悪口を言ってる」
麻酔のおかげで強い痛みはないけれど、チクチクと刺したときの引きつれを感じて顔をしかめた。
爺ちゃん先生は横目で麻乃を見て、すぐに視線を傷口に戻した。
目つきで呆れているのがわかる。
「なにを子ども同士がけんかしたときのようなセリフを言っとるんだ」
「だって、絶対そうに決まってますもん」
「そのせいでこのざまか? どんな無茶をしおった?」
糸を切り、薬のたっぷりついたガーゼを当てると、看護係が手早く包帯を巻いていく。
「別に……無茶はしていないですけど、ちょっと演習を……」
「演習? この……馬鹿者が! それを無茶と言わずになにを無茶と言うか! 当分のあいだは大人しくさせておけ! いいな、修治! 高田にもよく言っておくんだぞ!」
爺ちゃん先生は、衝立の向こうで待っている修治に向かって大声で怒鳴った。
「おまえのおかげで、俺まで怒られた」
帰り道、車の中で修治がぼやく。
「あたしなんか、消毒液で傷口を洗われたよ。涙がでそうだったよ」
「そりゃあおまえ、自分のせいだろうが。なんだって時間半分であがってきた? 四時間ももらったんだろ? 時間いっぱい、のんびりやってりゃあ、傷が開くこともなかっただろうよ」
「だってさ、あの子たちってば気配丸だしなんだもん。そこそこ腕はいいし気迫もあっていいんだけど、過信してるからさ、つい……ね」
「おまえ、相当舐められていたらしいな」
「オバサンなんて言われた。あたしまだ二十四なのに」
修治がニヤリと笑ったのを見て、窓の外に視線を移し、憮然として答えた。
「それじゃあ俺はオジサンってところか。まあ、子どもたちにしてみれば、そんなもんなのかもしれないな」
言いながら大声で笑っている。
「笑いごとじゃないよ。あ、ねぇ、あたしの家に寄っても平気かな?」
麻乃の服はすっかり血まみれになってしまったので、今は修治のシャツを借りて着ている。
修治は身長が二メートル以上あるから、百五十五センチしかない麻乃には、シャツは大きすぎだった。
「着替えか? 荷物はいったん、全部自宅に届いているから、これから寄っておまえの荷物を全部、車に積んじまおう。そうすれば明日、先生のところから直接送って行けるしな」
「うん、そうだね、そうしてもらえると助かるよ」
ハンドルを切って修治は自宅に向かった。
自宅には修治の母親だけが残っていた。
父親と弟たちは、畑仕事に出ているそうだ。
預かってもらっていた荷物を寄りわけて、三人で車に積んだ。
「あんたたち、夕飯はどうするんだい?」
「あぁ、俺たち今夜は、道場のほうに世話になる」
「麻乃もかい? だけど怪我をしてるじゃないの」
母親は心配そうな視線を麻乃に向けてきた。
いつも優しく気づかってくれるし、悪いことをすれば叱ってくれる。
修治や弟たちとなんら変わりない態度で、本当に自分の子どものように接してくれるのを嬉しく思う。
「うん、でも大した怪我じゃないし大丈夫。それより明日の夕飯は魚が食べたいな」
「そう? あんたもいい加減落ち着いたらいいのに……」
母親の落ち着く、というのが結婚にかかっていると、うすうす気づいているけれど、バツが悪くて素知らぬ顔で流した。
麻乃には向かないと思うし、なにより相手がいない。
そもそも修治がいつもそばにいては、誰も近寄ってきやしないだろう。
後部席のドアを閉め、早くこいと急かしてくる修治を見ながら、人の気も知らず……と思うと、麻乃はほんの少し腹が立った。
「動くな。馬鹿者が」
子どものころから世話になり、爺ちゃん先生と呼んでいる医師の石川がギロリと睨んだ。
それほど深くはないと思っていた傷だったけれど縫ったところがすっかり開いてだいぶ出血していた。
少し前に消毒液で嫌と言うほど傷口を洗われ、今、爺ちゃん先生に改めて縫いなおされている。
「だって……子どもたちがあたしの悪口を言ってる」
麻酔のおかげで強い痛みはないけれど、チクチクと刺したときの引きつれを感じて顔をしかめた。
爺ちゃん先生は横目で麻乃を見て、すぐに視線を傷口に戻した。
目つきで呆れているのがわかる。
「なにを子ども同士がけんかしたときのようなセリフを言っとるんだ」
「だって、絶対そうに決まってますもん」
「そのせいでこのざまか? どんな無茶をしおった?」
糸を切り、薬のたっぷりついたガーゼを当てると、看護係が手早く包帯を巻いていく。
「別に……無茶はしていないですけど、ちょっと演習を……」
「演習? この……馬鹿者が! それを無茶と言わずになにを無茶と言うか! 当分のあいだは大人しくさせておけ! いいな、修治! 高田にもよく言っておくんだぞ!」
爺ちゃん先生は、衝立の向こうで待っている修治に向かって大声で怒鳴った。
「おまえのおかげで、俺まで怒られた」
帰り道、車の中で修治がぼやく。
「あたしなんか、消毒液で傷口を洗われたよ。涙がでそうだったよ」
「そりゃあおまえ、自分のせいだろうが。なんだって時間半分であがってきた? 四時間ももらったんだろ? 時間いっぱい、のんびりやってりゃあ、傷が開くこともなかっただろうよ」
「だってさ、あの子たちってば気配丸だしなんだもん。そこそこ腕はいいし気迫もあっていいんだけど、過信してるからさ、つい……ね」
「おまえ、相当舐められていたらしいな」
「オバサンなんて言われた。あたしまだ二十四なのに」
修治がニヤリと笑ったのを見て、窓の外に視線を移し、憮然として答えた。
「それじゃあ俺はオジサンってところか。まあ、子どもたちにしてみれば、そんなもんなのかもしれないな」
言いながら大声で笑っている。
「笑いごとじゃないよ。あ、ねぇ、あたしの家に寄っても平気かな?」
麻乃の服はすっかり血まみれになってしまったので、今は修治のシャツを借りて着ている。
修治は身長が二メートル以上あるから、百五十五センチしかない麻乃には、シャツは大きすぎだった。
「着替えか? 荷物はいったん、全部自宅に届いているから、これから寄っておまえの荷物を全部、車に積んじまおう。そうすれば明日、先生のところから直接送って行けるしな」
「うん、そうだね、そうしてもらえると助かるよ」
ハンドルを切って修治は自宅に向かった。
自宅には修治の母親だけが残っていた。
父親と弟たちは、畑仕事に出ているそうだ。
預かってもらっていた荷物を寄りわけて、三人で車に積んだ。
「あんたたち、夕飯はどうするんだい?」
「あぁ、俺たち今夜は、道場のほうに世話になる」
「麻乃もかい? だけど怪我をしてるじゃないの」
母親は心配そうな視線を麻乃に向けてきた。
いつも優しく気づかってくれるし、悪いことをすれば叱ってくれる。
修治や弟たちとなんら変わりない態度で、本当に自分の子どものように接してくれるのを嬉しく思う。
「うん、でも大した怪我じゃないし大丈夫。それより明日の夕飯は魚が食べたいな」
「そう? あんたもいい加減落ち着いたらいいのに……」
母親の落ち着く、というのが結婚にかかっていると、うすうす気づいているけれど、バツが悪くて素知らぬ顔で流した。
麻乃には向かないと思うし、なにより相手がいない。
そもそも修治がいつもそばにいては、誰も近寄ってきやしないだろう。
後部席のドアを閉め、早くこいと急かしてくる修治を見ながら、人の気も知らず……と思うと、麻乃はほんの少し腹が立った。
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