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島国の戦士
第22話 古巣での待ち人 ~修治 1~
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二度目の大太鼓が鳴った。
きっと麻乃のスタートの合図だ。
ビリビリと床板に音の振動が伝わってくる。
「始まったな」
「よくないですよ、先生。あれでも怪我人なんですから」
「仕方なかろう。話しをするあいだ、体よく麻乃を追っ払っておくには、演習が一番だ。まさか麻乃に道場の掃除や食事の支度などさせられないだろう」
「それは……まあ、そうでしょうけど……」
「大体、よくないのはおまえたちのほうだ。まさか今もまだ、こいつを帯びているとは思いもしなかったぞ。麻乃が帯びている以上、おまえも手放せなかったのだろうが……」
高田は床の間にある刀掛けに炎魔刀を置くと、懐かしそうにそれを眺めた。
「こいつを抜けないということは、麻乃はまだ覚醒する様子がみえないか。髪も瞳も変化がないようだしな」
「それなんですが、麻乃は覚醒しそうになると、それを自分で抑え込んでいるようなんです」
「抑え込む? おまえにはそう見えるのか?」
「見えるというか……何度かそう感じることが。覚醒することに対して、いつもなにかを怖がっているふうで」
「ふむ……よほどのことがなければ、今の自分となんら変わらないと言い聞かせてはあるのだが……」
高田は腕を組み、少し上を向いて考え込んでいる。
昔から、麻乃のこととなると、高田は難しい顔をすることが多い。
「無理に抑えているせいか、精神的に不安定なことが多いんです。それからおとといですが、多分覚醒しかけています」
「確かか?」
「麻乃が腕を落とした隊員のところに、夜中に立ち寄ったそうです。そいつは常夜灯のせいで瞳が紅く見えたと思ったようですが、その場所では瞳の色が変わるほど、常夜灯の光は差し込みません」
そして――と修治は握ったこぶしを口もとに持っていくと、高田を見つめた。
「その隊員に『おまえをこんな目に合わせるなんて。このままではおかない』と、言ったそうです。麻乃はそれを、まったく覚えていない様子でした」
「まずいな。通常ならなんの問題もないが、隊員を多く亡くしている今、怒りや哀しみを大きく抱えているだろう。そんな状態で覚醒したら厄介だ」
「敵が撤退したあと、あいつ一度、倒れています。そのときに、なにかあったんじゃないかと思うんです」
「手出しができるなら、無理やりにでも覚醒させるのだが、こればかりは麻乃次第だ。どうにもならん。しかし……」
「先生、俺は今度の襲撃は、なにかおかしい気がします。いつもとなにかが違っていました。もしかすると敵国に、あいつが鬼神だってことを知られているんじゃないでしょうか? その力を利用しようと、揺さ振りを掛けてきているんじゃないでしょうか?」
どうにも落ち着かず、修治は矢継ぎ早に高田に訴えかけた。
「そう簡単に情報が流れるとは思えんな……それに万一、知られたところで大陸のやつらには何もできまい。麻乃をどうにかしようにも、やつらはこの国には決して入り込めやしないのだからな」
「先生、お忘れですか? 俺たちはもうすぐ……必ず大陸へ行くんですよ?」
「豊穣の儀か――」
高田はハッとして修治に視線を向けると思いつめたようにうなった。
それから何度か一人で小さくうなずいている。
黙って向き合ったまま、時間だけがただ過ぎてゆく。
良いことはなかなか思い浮かばないのに、悪いことは次々と頭をもたげでくる。
どんなに周囲に笑われようが思い過ごしだと言われようが、いつ、どんなことが起きようとも対処できるようにしておきたいと、修治は考えている。
麻乃のことは特に、修治自身が率先しなければならないのだから。
数分後に高田は、よし、と膝を打って顔をあげた。
「考えているだけでは、どうにもならん。今はとにかく、麻乃から目を離さないようにするほかにないだろう。折をみて私からもう一度、水を向けてみよう。どうもあれは、なにかを隠している気がしてならんからな」
そう言って高田は立ち上がり、窓の外に視線を移した。
窓の向こうから、小鳥の囀りが響いた。
きっと麻乃のスタートの合図だ。
ビリビリと床板に音の振動が伝わってくる。
「始まったな」
「よくないですよ、先生。あれでも怪我人なんですから」
「仕方なかろう。話しをするあいだ、体よく麻乃を追っ払っておくには、演習が一番だ。まさか麻乃に道場の掃除や食事の支度などさせられないだろう」
「それは……まあ、そうでしょうけど……」
「大体、よくないのはおまえたちのほうだ。まさか今もまだ、こいつを帯びているとは思いもしなかったぞ。麻乃が帯びている以上、おまえも手放せなかったのだろうが……」
高田は床の間にある刀掛けに炎魔刀を置くと、懐かしそうにそれを眺めた。
「こいつを抜けないということは、麻乃はまだ覚醒する様子がみえないか。髪も瞳も変化がないようだしな」
「それなんですが、麻乃は覚醒しそうになると、それを自分で抑え込んでいるようなんです」
「抑え込む? おまえにはそう見えるのか?」
「見えるというか……何度かそう感じることが。覚醒することに対して、いつもなにかを怖がっているふうで」
「ふむ……よほどのことがなければ、今の自分となんら変わらないと言い聞かせてはあるのだが……」
高田は腕を組み、少し上を向いて考え込んでいる。
昔から、麻乃のこととなると、高田は難しい顔をすることが多い。
「無理に抑えているせいか、精神的に不安定なことが多いんです。それからおとといですが、多分覚醒しかけています」
「確かか?」
「麻乃が腕を落とした隊員のところに、夜中に立ち寄ったそうです。そいつは常夜灯のせいで瞳が紅く見えたと思ったようですが、その場所では瞳の色が変わるほど、常夜灯の光は差し込みません」
そして――と修治は握ったこぶしを口もとに持っていくと、高田を見つめた。
「その隊員に『おまえをこんな目に合わせるなんて。このままではおかない』と、言ったそうです。麻乃はそれを、まったく覚えていない様子でした」
「まずいな。通常ならなんの問題もないが、隊員を多く亡くしている今、怒りや哀しみを大きく抱えているだろう。そんな状態で覚醒したら厄介だ」
「敵が撤退したあと、あいつ一度、倒れています。そのときに、なにかあったんじゃないかと思うんです」
「手出しができるなら、無理やりにでも覚醒させるのだが、こればかりは麻乃次第だ。どうにもならん。しかし……」
「先生、俺は今度の襲撃は、なにかおかしい気がします。いつもとなにかが違っていました。もしかすると敵国に、あいつが鬼神だってことを知られているんじゃないでしょうか? その力を利用しようと、揺さ振りを掛けてきているんじゃないでしょうか?」
どうにも落ち着かず、修治は矢継ぎ早に高田に訴えかけた。
「そう簡単に情報が流れるとは思えんな……それに万一、知られたところで大陸のやつらには何もできまい。麻乃をどうにかしようにも、やつらはこの国には決して入り込めやしないのだからな」
「先生、お忘れですか? 俺たちはもうすぐ……必ず大陸へ行くんですよ?」
「豊穣の儀か――」
高田はハッとして修治に視線を向けると思いつめたようにうなった。
それから何度か一人で小さくうなずいている。
黙って向き合ったまま、時間だけがただ過ぎてゆく。
良いことはなかなか思い浮かばないのに、悪いことは次々と頭をもたげでくる。
どんなに周囲に笑われようが思い過ごしだと言われようが、いつ、どんなことが起きようとも対処できるようにしておきたいと、修治は考えている。
麻乃のことは特に、修治自身が率先しなければならないのだから。
数分後に高田は、よし、と膝を打って顔をあげた。
「考えているだけでは、どうにもならん。今はとにかく、麻乃から目を離さないようにするほかにないだろう。折をみて私からもう一度、水を向けてみよう。どうもあれは、なにかを隠している気がしてならんからな」
そう言って高田は立ち上がり、窓の外に視線を移した。
窓の向こうから、小鳥の囀りが響いた。
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