蓮華

釜瑪 秋摩

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島国の戦士

第8話 西浜防衛戦 ~鴇汰 2~

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「おい……なんだよ、あれ……」

 通常、北浜から西区へ行くには、まず中央へ入るルートをつかう。
 けれど、こんなときには中央を通らず、脇道からトンネルを通って向かう抜け道をつかう。

 それでももう三時間はすぎているけれど、スピードを上げていたおかげで、かなりの早さで着けそうだ。

 トンネルを抜けてカーブを曲がる。
 差しかかった丘から、遠く西浜の方角に、黒煙が勢いよく上がっているのが見えた。
 車を止めた鴇汰は、急な寒気に身震いをした。

「あんなに燃えるようなもの、西浜にはないっスよね? 敵艦でも燃えたんスかね?」

「だといいんだけどよ……なにか嫌な予感がする。先を急ごう」

「森はダメっスよ。枝をよけながらじゃ、スピードが出せませんから」

 距離を稼ごうと、森を抜ける近道へ入ろうとしたところを岱胡に止められ、通常のルートを走った。
 西浜へ続く道をしばらく行くと、医療所へ向かう途中の穂高の隊員たちと出くわした。

 彼らの抱えている修治と麻乃の部隊のやつらは、かなりの傷や火傷を負っている。
 その中になじみのある顔を見つけ、鴇汰は急ブレーキをかけると車を飛び出した。

「麻乃んトコの川上か! 一体どうしたんだ、おまえ――」

 肩に手を置こうとして、ギクリとする。

(――腕がない)

 気を失っているのか、目を閉じたままで動かない。
 ほかの隊員もそろって怪我が重く疲労しきった顔をしている。

 聞けば、穂高と梁瀬の部隊が援護にでたけれど、その前に相当な苦戦を強いられていたらしい。
 怪我人をトラックに乗せ、急いで医療所に送るように指示すると、助手席からおりてきた岱胡に向かって叫んだ。

「穂高んトコのやつらも、そっちのトラックに乗せてやってくれ! 俺は先にいく!」

 車に戻って飛び乗ると、今まで以上のスピードで走り出した。
 途中、西詰所が目に入り、なにか情報を聞きに行こうかと思ったけれど、立ち寄る時間が惜しくてそのまま通りすぎた。
 さっきから、何度も爆発音が響いている。

(岱胡が言ったように、敵艦が燃えて爆発でもしてるんだろうか?)

 目の前に見える、長く緩やかな坂をのぼった向こうに、西浜が広がっている。
 川にかかる橋を渡ろうとしたところで、また爆音が響いた。

「さっきからなんなんだよ!」

 舌打ちをしてつぶやくと、アクセルを踏み込む。
 登りきった丘の上から西浜を見おろし、鴇汰は息をのんだ。

 波打ち際に沿うように、黒い焼け跡がのびていて、まだところどころで燻ぶって煙をあげている。
 響いていた爆音は砲撃だったようだ。
 撤退していくロマジェリカの戦艦を追うように、その周辺にしぶきをあげていた。

 堤防沿いには、まばらに立ちつくす隊員たちが、砂浜には黒焦げになって折り重なるように倒れているたくさんの死体が見える。

(どうなってるんだ……? なんだってこんな……)

 敵が多く出てくると、当然倒す数も多くなり、大勢の亡骸を見るのは鴇汰も慣れてはいる。
 だけど、こんな凄惨せいさんな光景は、長く見ていない。
 追いついてきたトラックから降りてきた岱胡は、鴇汰の隣に立つと砂浜を見おろした。

「ひどい状態っスね……穂高さんの所のやつらが言うには、みんな堤防までさがっているようです。とりあえず、そっちへ行ってみましょうよ」

「ああ、そうだな……」

 丘をおりる途中、焼け跡から少し離れたところで、修治と穂高がなにかをのぞき込むように腰をおろしているのが見えた。

(あいつらなにやってるんだ? あんなところで――)

 二人が立ちあがり、こちらを向いた。
 修治の腕に、ぐったりとした麻乃が抱かれている。
 その姿を見た瞬間、全身から血の気が引いた。
 手も足も、力が抜けて震えている気がする。

「岱胡……おまえ、先に向こうに……俺はあっち……」

 うまく言葉が出てこない。
 岱胡が怪訝そうな表情を浮かべているのを無視して、修治たちのところへ走った。

「鴇汰!」

 気づいた穂高が駆け寄ってきて、丘の上に目を向けるとホッとした顔をみせた。

「ちょうどよかった。車で来たなら、麻乃を医療所へ運んでやってくれないかな」

「死んでない……よな?」

「当り前じゃないか! 左肩の傷がちょっとね……多分出血しすぎたんじゃないかと思うんだ」

 穂高の答えに鴇汰は深いため息をもらすと、急いで車に戻ってエンジンをかけた。

「もう血は止まっているようだが、あまり動かすとまた出血するかもしれない。ゆっくり向かってやってくれ。後処理が終わったら、俺たちも医療所へ向かう。それまで、こいつを頼む」

 修治が後部席にそっと麻乃を寝かせた。
 うなずいて麻乃に目を向けると、腕にも足にも火傷を負っている。
 できるだけ大きな揺れを出さないように、ゆっくり走りだした。
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