6 / 780
島国の戦士
第6話 西浜防衛戦 ~麻乃 4~
しおりを挟む
突然、地を揺るがすような轟音が響き、麻乃はハッとして身を縮めた。
高ぶっていた感情が、すっと引いていく。
「今度はなに――!」
「やっと始まったな」
穂高を見返すと、入り江の崖に目を向けている。
「始まったって、なにが……」
「梁瀬さんたちだよ。あの崖の上……砦にいる」
「砦に? なんでそんなところに……あっ! まさか、大砲?」
「そう。まぁ、長いこと使ってなかったうえに、今じゃ手入れもろくにしていない。多分当たらないだろうけど、ロマジェリカの連中はそれを知らないからね。普通に考えたらあれで引くはずだ」
崖の上には、昔はよく使われていた砦があり、いくつかの大砲が設置されている。
今、その場所から第二部隊隊長の笠原梁瀬《かさはらやなせ》が、隊員たちとともに砲撃を行っているという。
最後に使われたのは麻乃がまだ子どものころで、しばらくは手入れをされていたけれど、ここ十年ほどは、それすらされていなかった。
「まさか、まだ使えるとは思いもしなかった」
「うん。けど、なかなか大したものだと思わないか?」
風に流された煙の切れ間から、大きく揺れる戦艦がチラチラと見える。
照準を合わせることができなくても、次々と撃ち込んでいるせいか、何発は当たっているようだ。
「梁瀬のやつ、やけっぱちで撃っていやがるのか?」
気がつくと、麻乃の隣にいつの間にか修治が立っていた。
見たかぎり、怪我はないようだ。
「修治、無事だったんだ」
「おまえも無事のようだな」
修治の手が麻乃の頭をクシャクシャとなでた。
そのせいで髪が乱れ、穂高がそれをみてクスリと笑う。
「梁瀬さん、ありったけを撃ちまくるって、息巻いていたからね。数撃ちゃ当たる、なんて言っていたよ」
敵艦が少しずつ遠ざかっているのは、引き潮で流されているだけでなく、撤退を始めたからのようだ。
被弾しても沈ませるほどではないのが悔しい。
「やっと引き上げてくれるか。座礁して動けなくなったら、今の状況じゃあ、向こうに不利だろうからな」
「砲撃がもう少し遅かったら、次の部隊が出てきたかもしれないね。いつものやつらが控えていただろうし」
「最初は楽に防衛できると思ったが、やつら……とんでもないことをしてくれたな……」
忌々しそうに修治がつぶやいた。珍しく怒りをあらわにしている。
ロマジェリカの戦艦を睨んでいる修治が刀を鞘に納めるのを見て、砂浜に刀を置き去りにしてきたことを思い出した。
堤防から降り、あらためて周囲を見渡した。
もう火は弱まってくすぶりはじめ、人が焼け焦げた独特の臭いを漂わせている。
敵兵もほとんどが燃えつきて黒い塊がいくつも転がっていた。
その中には麻乃の隊員もいると思うとこらえ切れない悲しみに押し潰されそうになる。
「一体、何人が残ったんだろう……」
麻乃の中で、またふつふつと怒りが込み上げてきた。
ロマジェリカのやつらに対しても麻乃自身に対しても。
まさか生きた人間に火をかけるとは思いもしなかった。
それに加え、これまでにもこんなに火を出すような攻撃をされたことがなかった。
だけど、途中からなにか違和感を覚えてはいた。
もっと周りをよく見て冷静に判断していたら、こうなることを予測できていたかもしれない。
そうすれば、もっとうまく指揮することができて、炎にまかれた隊員は減ったかもしれない。
毒矢に倒れた隊員も減ったかもしれない。
(川上の腕を斬り落とすこともなかったかもしれない……)
すべてが結果論だけれど、引きつるように痛む火傷と左肩の傷が、麻乃を責めているように感じた。
積み重なるように倒れた黒焦げの遺体の傍らに、刀をみつけた。
近寄って伸ばした左腕を、突然黒い塊につかみ取られた。
ハッとして手を引いても、今にも崩れ落ちそうな黒こげの腕が、その姿とは裏腹にがっちりつかんで離さない。
「おまえが……」
もうなにも判別できない顔をこちらに向けた塊が、明らかに麻乃を認識し、なにかをつぶやいている。
握られた左腕に、ジリジリと焼けるような痛みが走った。
落ちくぼんだ二つの穴に、真っ青な瞳が見えた。
戦闘の最中に麻乃を見つめ、殺気を放った視線と同じだ。
気味が悪くてたまらないのに、その瞳から目が離せない。
つぶやいている言葉はわからないけれど、やけに耳に残る声だ。
全身に冷や水を浴びたような寒気を感じ、麻乃は必死にその腕を振り払った。
体から力が抜けていく。
ゆっくりと後ずさりすると、そのまま意識を失った。
高ぶっていた感情が、すっと引いていく。
「今度はなに――!」
「やっと始まったな」
穂高を見返すと、入り江の崖に目を向けている。
「始まったって、なにが……」
「梁瀬さんたちだよ。あの崖の上……砦にいる」
「砦に? なんでそんなところに……あっ! まさか、大砲?」
「そう。まぁ、長いこと使ってなかったうえに、今じゃ手入れもろくにしていない。多分当たらないだろうけど、ロマジェリカの連中はそれを知らないからね。普通に考えたらあれで引くはずだ」
崖の上には、昔はよく使われていた砦があり、いくつかの大砲が設置されている。
今、その場所から第二部隊隊長の笠原梁瀬《かさはらやなせ》が、隊員たちとともに砲撃を行っているという。
最後に使われたのは麻乃がまだ子どものころで、しばらくは手入れをされていたけれど、ここ十年ほどは、それすらされていなかった。
「まさか、まだ使えるとは思いもしなかった」
「うん。けど、なかなか大したものだと思わないか?」
風に流された煙の切れ間から、大きく揺れる戦艦がチラチラと見える。
照準を合わせることができなくても、次々と撃ち込んでいるせいか、何発は当たっているようだ。
「梁瀬のやつ、やけっぱちで撃っていやがるのか?」
気がつくと、麻乃の隣にいつの間にか修治が立っていた。
見たかぎり、怪我はないようだ。
「修治、無事だったんだ」
「おまえも無事のようだな」
修治の手が麻乃の頭をクシャクシャとなでた。
そのせいで髪が乱れ、穂高がそれをみてクスリと笑う。
「梁瀬さん、ありったけを撃ちまくるって、息巻いていたからね。数撃ちゃ当たる、なんて言っていたよ」
敵艦が少しずつ遠ざかっているのは、引き潮で流されているだけでなく、撤退を始めたからのようだ。
被弾しても沈ませるほどではないのが悔しい。
「やっと引き上げてくれるか。座礁して動けなくなったら、今の状況じゃあ、向こうに不利だろうからな」
「砲撃がもう少し遅かったら、次の部隊が出てきたかもしれないね。いつものやつらが控えていただろうし」
「最初は楽に防衛できると思ったが、やつら……とんでもないことをしてくれたな……」
忌々しそうに修治がつぶやいた。珍しく怒りをあらわにしている。
ロマジェリカの戦艦を睨んでいる修治が刀を鞘に納めるのを見て、砂浜に刀を置き去りにしてきたことを思い出した。
堤防から降り、あらためて周囲を見渡した。
もう火は弱まってくすぶりはじめ、人が焼け焦げた独特の臭いを漂わせている。
敵兵もほとんどが燃えつきて黒い塊がいくつも転がっていた。
その中には麻乃の隊員もいると思うとこらえ切れない悲しみに押し潰されそうになる。
「一体、何人が残ったんだろう……」
麻乃の中で、またふつふつと怒りが込み上げてきた。
ロマジェリカのやつらに対しても麻乃自身に対しても。
まさか生きた人間に火をかけるとは思いもしなかった。
それに加え、これまでにもこんなに火を出すような攻撃をされたことがなかった。
だけど、途中からなにか違和感を覚えてはいた。
もっと周りをよく見て冷静に判断していたら、こうなることを予測できていたかもしれない。
そうすれば、もっとうまく指揮することができて、炎にまかれた隊員は減ったかもしれない。
毒矢に倒れた隊員も減ったかもしれない。
(川上の腕を斬り落とすこともなかったかもしれない……)
すべてが結果論だけれど、引きつるように痛む火傷と左肩の傷が、麻乃を責めているように感じた。
積み重なるように倒れた黒焦げの遺体の傍らに、刀をみつけた。
近寄って伸ばした左腕を、突然黒い塊につかみ取られた。
ハッとして手を引いても、今にも崩れ落ちそうな黒こげの腕が、その姿とは裏腹にがっちりつかんで離さない。
「おまえが……」
もうなにも判別できない顔をこちらに向けた塊が、明らかに麻乃を認識し、なにかをつぶやいている。
握られた左腕に、ジリジリと焼けるような痛みが走った。
落ちくぼんだ二つの穴に、真っ青な瞳が見えた。
戦闘の最中に麻乃を見つめ、殺気を放った視線と同じだ。
気味が悪くてたまらないのに、その瞳から目が離せない。
つぶやいている言葉はわからないけれど、やけに耳に残る声だ。
全身に冷や水を浴びたような寒気を感じ、麻乃は必死にその腕を振り払った。
体から力が抜けていく。
ゆっくりと後ずさりすると、そのまま意識を失った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる