蓮華

釜瑪 秋摩

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島国の戦士

第2話 泉翔国

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 人々がそう決めたとき、巫女がまたご神託を受けた。
 
『十六の歳に洗礼を受けたものの中から戦士を選び、三日月の守護印を授けます。そして印を受けたものが迷わないように、率いる力を持つものを八人選び、蓮華の花の印を授けます。ただし、これは守る思いにのみ発揮される守護の証しです。決してそれ以外のことに向かわないように。毎年、収穫の時期には収穫祭を執り行い、大陸に眠る女神さまの兄神さまのもとへ蓮華の印を持つものが奉納に行くこと。それを守ることで、守護の力を確固たるものとします』

 その年の洗礼で、数十人の三日月の印を持つ戦士と、八人の蓮華《れんげ》の印を持つ戦士が生まれた。
 以来、島の人々は女神さまを『泉《いずみ》の女神』と呼び、その教えを女神信仰として守り続けている。

 収穫祭と奉納をとりおこない、親から子へ、子から孫へと約束を語り継ぎ、それぞれが自らを鍛えながら大地を育み暮らした。

 島の人々はやがて一つに結束し、泉翔《せんしょう》という国を作った。
 そして国民の中から国王が選ばれた。
 四方を海で囲われた泉翔国は、城のある中央をはじめ、東、西、南、北の五つの区域に分けられた。

 どの区域もそれぞれの特色を持ち発展している。
 時がたち、文明が発達すると大陸の人々は動きだし、海を渡り、ついにこの島を目にすることとなる。
 そこはもはや枯れ果てた大陸とは違い、自然のあふれる島だった。

 北のロマジェリカ、南のジャセンベル、西のヘイト、東の庸儀《ようぎ》。
 四つの国が、それぞれの思惑をもって泉翔国を手に入れんとし、進軍を始めた。
 泉翔国は、長いときをかけて鍛えあげた戦士たちの手によって、それを阻んだ。

 これより泉翔国は、思いとは裏腹に戦乱に巻き込まれていくこととなった。
 戦士たちは決して流されず、すべての行動を防衛のためだけに働かせている。

 現在、泉翔には蓮華の印を持つ八人を筆頭に、五十人の戦士を一部隊として、全部で八部隊が存在していた。
 そこに組み込まれていない戦士は、予備隊として同じく五十人を一組に数部隊。

 洗礼で印を受けたばかりのものは、約二年間を訓練生として、戦うための体力の底上げや基礎を学んだ。

 年々増えてゆく戦士を取りまとめるための組織も作られた。
 大陸の四つの国が侵攻をしてくる、西、南、北区には戦士たちのためのさまざまな設備が配置されている。

 敵国の艦隊を監視するための塔、訓練をするための演習場。
 いつ襲撃をされてもすぐに対応できるように、また、十分な休息が取れるようにと、戦士たちの詰める宿舎。
 常にどの浜へも二部隊ずつが配備され、残る二部隊は休息を与えられた。

 他にも、巫女たちを頼り、組み合わせの吉凶を占ってもらったり、収穫祭や奉納を行うための教示を受けたりしている。

 国を、民を守るためならば、人を殺めることさえいとわない。
 たとえ自分が命を失うことになっても戦い続ける。
 そんな強い思いと覚悟を抱いて戦士たちは全力を尽くし続け、今に至る。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 神殿のそばにある泉の森で、集められた子どもたちは、巫女の長であるシタラの話を聞いていた。
 毎年、こうして昔ばなしが語り継がれている。

「さてさて……戦士たちはこうして生まれることとなったのだけれど、この中の何人が、新たな戦士として印を受けるかのう」

 泉翔ができるまでの古い言い伝えだ。
 それは神殿の近くにある資料館にも、文献として残っている。
 この島国で起こったさまざまな出来事や、いにしえの伝承とともに。

「もちろん、必ず戦士にならなければいけない、ということはないのだよ」

「農業を営むもの、狩りをするもの、この国にはたくさんの職業があるのだから」

 年寄りは口をそろえて同じことを言う。
 確かにそのとおりだと思う。

 みんながみんな戦士になってしまったら、人々の生活が成り立たない。
 戦士たちが使う武器を作る職人だって、当然、必要だ。

 ただ、この国では物心がついたころから必ず、誰もが十六歳をむかえるまで道場へ通っている。
 たとえ戦士にならなくても、体を鍛え、自分の身は自分で守れるようにとの願いを込めて。

 演習場に集められた大勢の子どもたちの中で、その一番うしろに腰をおろして膝を抱えた。
 小さな体をさらに小さくし、なるべく人の目に触れないようにしながらも、戦士になることを誰よりも強く望んでいるのは自分だと信じている。

 そんな思いを察したかのように、隣から大きな手が伸び、赤茶のくせ毛をそっとなでた。

「俺たちは絶対に戦士になる。そうだろ? 麻乃」

「うん。なるよ。修治もあたしも、絶対に」

 巫女たちを取りまとめる、一番巫女と呼ばれるシタラが立ちあがると、その場にいた子どもたちも全員が立ちあがり、麻乃も修治とともに慌ててそれにならった。

 つと、シタラの視線が麻乃に向いた。

 その、どこか冷たく憂いを含んだ視線を受けるたびに、麻乃自身、言いようのない不安をおぼえる。

(おまえは違うのだよ――)

 そう言われているように思えて、麻乃はその目を避けてうつむいた。
 指先、つま先から、全身が冷えていくようだ。小刻みに震えた手を修治がグッと握りしめてきた。

「俺がいる。おまえは大丈夫だ」

 小さくうなずいて唇を噛み、泣きそうになるのをこらえた。
 修治がここにいる。それだけが支えだった。だからいつでも立っていられた。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 数年のときを経て、麻乃も修治もこの国の戦士となった。

 ――そう。

 だから今、あたしはここに立っているんだ。
 すべてのものから……すべての不穏から守るために。そう。守るために。
 海風を背に受け、麻乃は大きく振り返った。
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