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4th
第4話 不思議な女の子
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その後も僕は、変わらぬ毎日を過ごしていた。
友だちと遊び、祖父の手伝いをし、日曜にはランプを磨く。
ただ――。
川で溺れたあとから、変だな、と思うような出来事が何度となく起こった。
それはいつも、僕が一人でいるときだけだ。
「いつも大変だね」
今朝もランプを磨いていると、不意に後ろから声をかけられた。
振り返ると、溺れたときに僕を助けてくれた女の子が、白樺の木に寄りかかってこちらを見ている。
「別に……これは僕の仕事だから」
「面倒だって思わない?」
「全然。このランプ、気に入っているし……」
「ふうん、そうなんだ」
見られていると思うとなんだか居心地が悪い。だからと言って掃除の手抜きは嫌で、僕はできるだけ早く済ませようと、黙々とガラスを拭き続けた。
一体、どこの子だろう。
学校で見たことがないから、違う学校の子だろうか?
といっても学区は広い。別の学校なら、きっと家はかなり遠いだろう。なのに、朝からこんな場所にいるなんて。
もしかすると、夏休みだから、遠くから遊びにきているだけなんだろうか?
誰かの親戚?
だとしても一人きりでいるのは変な気がする。
あれこれ考えていて、僕はまだ女の子に助けてもらったお礼を言っていないことを思い出した。
「そうだ、この間は助けてくれてありがとう……」
そう言って振り返ると、女の子はもういなくなっていた。
左右を見てもどこにもいない。一本道の商店街、隠れる場所などどこにもないのに。
「……変なの」
変だ、そう思うのに嫌な気持ちにもならないし、怖さもまったく感じない。
それからも、時々僕は、その女の子に会うことがある。
いつも大体、危ないことをする前や、いたずらをして叱られたあと、父さんが来る日に会うことが怖くて隠れているとき……。
夏休みが終わって学校が始まってからも、ずっと女の子は僕の行動範囲内にいる。
そして僕以外の誰も、女の子に気づかない。
(ということは、もしかして幽霊だったり……?)
駅舎を見渡せる、商店街の裏通りに積まれた段ボールの陰で、膝を抱えた僕の隣にいる女の子はクスリと笑った。
「バーカ、そんなんじゃないよ」
僕が口に出さなくても答えてくる。
「それなら超能力者とか? ホラ、僕が溺れた日も凄い怪力で助けてくれたでしょ」
女の子はまん丸に口を開けて僕を見つめてから、大声で笑った。
「あんた面白いこと言うよね。おっかしーの」
「だってさ……」
「それに、失礼よ。あのときだって、怪力女とか言っちゃって」
「あのときは……はぁ、もういいや。キミが誰でも」
変だけれど、不思議だけれど、一人でいたくないときに誰かがそばにいてくれるのは、心強い。
ふと顔を上げると、駅舎に向かって歩く父の姿が見えた。
離れているから気づかれるはずなどないのに、僕は息を殺してその姿を見えなくなるまで見送った。
「……会ってあげればいいのに」
「やだよ……だって僕は……」
「嫌われてるから?」
「…………」
図星を突かれて黙った僕の顔を覗き込み、ため息をついてから女の子は立ち上がった。
「ホントに嫌いなら、わざわざ時間をかけて会いになんて来ないよ。絶対にね。忙しいとか病気になったとか、嘘をつけば簡単に来なくて済むんだから」
最後に早口でそう言うと、裏通りを駅とは反対に向かって走っていってしまった。
ガタンゴトンと電車の音が聞こえてきた。
次はいつ来るのかもわからない父を乗せて、出ていってしまう。
見えるはずもないのに、離れていく電車の窓の中を見覚えのある姿を探して、ただジッと見つめていた。
友だちと遊び、祖父の手伝いをし、日曜にはランプを磨く。
ただ――。
川で溺れたあとから、変だな、と思うような出来事が何度となく起こった。
それはいつも、僕が一人でいるときだけだ。
「いつも大変だね」
今朝もランプを磨いていると、不意に後ろから声をかけられた。
振り返ると、溺れたときに僕を助けてくれた女の子が、白樺の木に寄りかかってこちらを見ている。
「別に……これは僕の仕事だから」
「面倒だって思わない?」
「全然。このランプ、気に入っているし……」
「ふうん、そうなんだ」
見られていると思うとなんだか居心地が悪い。だからと言って掃除の手抜きは嫌で、僕はできるだけ早く済ませようと、黙々とガラスを拭き続けた。
一体、どこの子だろう。
学校で見たことがないから、違う学校の子だろうか?
といっても学区は広い。別の学校なら、きっと家はかなり遠いだろう。なのに、朝からこんな場所にいるなんて。
もしかすると、夏休みだから、遠くから遊びにきているだけなんだろうか?
誰かの親戚?
だとしても一人きりでいるのは変な気がする。
あれこれ考えていて、僕はまだ女の子に助けてもらったお礼を言っていないことを思い出した。
「そうだ、この間は助けてくれてありがとう……」
そう言って振り返ると、女の子はもういなくなっていた。
左右を見てもどこにもいない。一本道の商店街、隠れる場所などどこにもないのに。
「……変なの」
変だ、そう思うのに嫌な気持ちにもならないし、怖さもまったく感じない。
それからも、時々僕は、その女の子に会うことがある。
いつも大体、危ないことをする前や、いたずらをして叱られたあと、父さんが来る日に会うことが怖くて隠れているとき……。
夏休みが終わって学校が始まってからも、ずっと女の子は僕の行動範囲内にいる。
そして僕以外の誰も、女の子に気づかない。
(ということは、もしかして幽霊だったり……?)
駅舎を見渡せる、商店街の裏通りに積まれた段ボールの陰で、膝を抱えた僕の隣にいる女の子はクスリと笑った。
「バーカ、そんなんじゃないよ」
僕が口に出さなくても答えてくる。
「それなら超能力者とか? ホラ、僕が溺れた日も凄い怪力で助けてくれたでしょ」
女の子はまん丸に口を開けて僕を見つめてから、大声で笑った。
「あんた面白いこと言うよね。おっかしーの」
「だってさ……」
「それに、失礼よ。あのときだって、怪力女とか言っちゃって」
「あのときは……はぁ、もういいや。キミが誰でも」
変だけれど、不思議だけれど、一人でいたくないときに誰かがそばにいてくれるのは、心強い。
ふと顔を上げると、駅舎に向かって歩く父の姿が見えた。
離れているから気づかれるはずなどないのに、僕は息を殺してその姿を見えなくなるまで見送った。
「……会ってあげればいいのに」
「やだよ……だって僕は……」
「嫌われてるから?」
「…………」
図星を突かれて黙った僕の顔を覗き込み、ため息をついてから女の子は立ち上がった。
「ホントに嫌いなら、わざわざ時間をかけて会いになんて来ないよ。絶対にね。忙しいとか病気になったとか、嘘をつけば簡単に来なくて済むんだから」
最後に早口でそう言うと、裏通りを駅とは反対に向かって走っていってしまった。
ガタンゴトンと電車の音が聞こえてきた。
次はいつ来るのかもわからない父を乗せて、出ていってしまう。
見えるはずもないのに、離れていく電車の窓の中を見覚えのある姿を探して、ただジッと見つめていた。
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