月灯

釜瑪 秋摩

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3rd

第19話 最後のお願い

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 今日は私は喫茶店の前に立つと、中に入る前にまず和馬の家に行った。
 和馬は店先で開店の準備をしながら、体を伸ばすと大あくびをしている。その横を通りすぎ、冬子の前に立った。
 冬子には私の姿は見えていない。当然、声も聞こえてはいないけれど、私は必死に冬子に訴えた。

(どうか伝わりますように……)

 そう願いながら、喫茶店のドアを開けた。
 カウベルの音に、こちらへ目を向けた悠斗がカウンターから飛び出してきた。

「どうしてまた来たの! 昨日より透けているじゃないか……早く戻って! お願いだから!」
「どうしても悠斗に会いたいんだもの。一緒にいたい。ただ見ているだけで、それだけで……」
「だからって……もしも結菜になにかあったら、僕はどうしたらいいの? たとえ会うことができなくても、僕は結菜が生きていてくれれば、それでいいのに!」

 悠斗が泣いている。こんな姿を見ると切なくて胸が痛む。
 頬を伝う涙を、包むように手のひらで拭った。

「ねえ悠斗、まだちょっとでも私を思ってくれるなら……私にチャンスをくれるなら……最後に私のお願い、聞いてくれる?」
「最後だなんて言わないでくれよ……お願いなんていくらでも聞くから……」

 悠斗は頬に触れていた私の手を取ると、これまでにないくらい力強く私を抱きしめてくれた。
 こんなふうに抱きしめられるのは、一体どのくらいぶりだろう。とても懐かしくて、愛おしい感覚だ。
 私は悠斗の胸に頬をうずめ、背中に手を回した。胸がいっぱいで涙があふれる。

「ホント? それなら明日、私に会いに来て」
「それは……調べてはいるんだ。和馬も准も慧一も、三人とも協力してくれて探している。でもまだ見つけられないんだよ。明日なんて……」
「きっと来て。必ず来てね。朝、一番の電車で来て」
「結菜、聞いて。明日は……」
「悠斗。約束よ。絶対に守ってくれないと、許さないんだから。朝一番の電車じゃなきゃダメだからね。私は……」

 そう言ったとき、悠斗の携帯が鳴り響いた。

「……東京と千葉の境の、〇×附属病院に私はいるから。待っているから。約束だからね」

 そっと悠斗の頭を撫でてから、私は女の子を見た。

「今までありがとう」
「私はなにもしてないよ。私のほうこそ、ありがとうね。悠斗のこと、お願いね」

 女の子はいつものように肩をすくめて言うと、私に向かって手を振った。
 うなずいてほほ笑むと、私の意識はまた途切れた。
 やれることはやったはずだった。明日、本当に悠斗が約束を守ってくれるのかは、明日になってみないとわからない。

 でも――。

 きっと大丈夫。
 だって私、多分結構、頑張ったもの。


~3rd 完~
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