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1st
第17話 デジャヴュ
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店に入る前に、夫は自分の背丈ほどもあるランプの前に立った。
「本当に大きいね。近くで見るとなおさらだ」
「でしょう? 以前見て、ずっと気になっていたの。前は車で帰ったから、結局寄れなかったけど、一緒に来られて良かった」
私は夫の手を取り、喫茶店のドアを押した。
コロンコロロン……。
押し扉に取りつけられたカウベルは、少し低目のくぐもった音を立てた。
良くある、カランカランと甲高く響き
『おーい! お客さんだよ!』
と入ってきたことを強調させるような音とは違って
『やあ、いらっしゃい』
さり気なく歓迎されているような、そんな感覚。
中は思ったよりも狭く、こぢんまりとして、店内にはカウンター席が二列、キッチンに向う側と、窓の外に向う側があった。
テーブル席がないからか、店内が少し広めに感じる。
観葉植物と籐の衝立が、二つの空間を隔てて、落ち着きのある雰囲気をかもし出している。
キッチンに向かうカウンターには、先客の女性が一人、腰を下ろしてぼんやりと雑誌を眺めていた。
ランプが良く見えるからと、夫は窓際の席を選んだ。なんだか、同じ景色を見たことがあるような気がする。店内の雰囲気も、窓の外の景色も。
「いらっしゃいませ」
一見、若そうな、それでいてやけに落ち着いた雰囲気を持った男性が、メニューとお水を持ってきてくれた。
ニッコリと笑うと、やっぱり若く見える。この人にも見覚えがあるような気がした。
他に店員さんの姿がないところをみると、この人がマスターだろうか?
夫と二人、同じ銘柄のコーヒーを注文した。
「かしこまりました……今日はご旅行ですか?」
不意な問いかけに、夫と二人、顔を見合わせた。ポッと顔が熱くなったのがわかる。夫のほうも、耳が赤い。
「ええ、新婚旅行の途中なんです」
「そうですか、それはおめでとうございます」
「ありがとうございます」
しきりに照れる夫の姿に、私はつい吹き出してしまった。男性が戻っていったあと、外のランプを眺めながら、二人でこのあとの予定や他愛もない話しをした。
店内にコーヒーの香りが漂っている。ほどなくして運ばれて来たのは、コーヒーとフルーツが綺麗にあしらわれたタルトだった。
「あの……これは頼んでないんですけど」
「実は今日から出すメニューなんです。新婚旅行だと仰られていたので……お祝いと言うほどのものでもありませんが、お嫌いでなければ是非」
「すみません、折角なのでありがたくいただきます」
ガチャッ! バーン!
――コロロロロン!
突然、勢い良く開かれた扉の音と、控えめだったカウベルが驚くほどけたたましく鳴り響き、女子高生が数人、入ってきた。
静かだった店内が一気ににぎやかになる。
「急ににぎやかになったね。でもなんだろう? 不思議と嫌な感じはしないな」
「ええ、そうね」
「それにしても本当に大きなランプだなぁ。真ん中の丸い電球は、満月みたいだ」
「私も同じことを思った」
背中に女子高生たちの笑い声を聞きながら、私たちはコーヒーとケーキを堪能した。
会計を済ませ、マスターにお礼を言ってドアを引いた。
「良かったねー! おめでとうー!」
女子高生のひときわ大きな声が、まるで私に言ったように聞こえて、思わず振り返った。
ちょうど入り口の方を向いていた、一人の女の子と目が合い、女の子は少し首をかしげながら頭を下げた。
私も会釈を返し、夫のあとを追って店を出た。
「いい感じのお店だったな。また来られるといいね」
白樺並木の下を駅まで歩きながら、夫はそう言った。
「ええ、また来ましょう、二人で」
差し出された手を握り、私はそう言って、もう一度ランプを振り返る。
琥珀色の淡い光は、日中の日差しにも負けず、柔らかく暖かな光を放っていた。
~1st 完~
「本当に大きいね。近くで見るとなおさらだ」
「でしょう? 以前見て、ずっと気になっていたの。前は車で帰ったから、結局寄れなかったけど、一緒に来られて良かった」
私は夫の手を取り、喫茶店のドアを押した。
コロンコロロン……。
押し扉に取りつけられたカウベルは、少し低目のくぐもった音を立てた。
良くある、カランカランと甲高く響き
『おーい! お客さんだよ!』
と入ってきたことを強調させるような音とは違って
『やあ、いらっしゃい』
さり気なく歓迎されているような、そんな感覚。
中は思ったよりも狭く、こぢんまりとして、店内にはカウンター席が二列、キッチンに向う側と、窓の外に向う側があった。
テーブル席がないからか、店内が少し広めに感じる。
観葉植物と籐の衝立が、二つの空間を隔てて、落ち着きのある雰囲気をかもし出している。
キッチンに向かうカウンターには、先客の女性が一人、腰を下ろしてぼんやりと雑誌を眺めていた。
ランプが良く見えるからと、夫は窓際の席を選んだ。なんだか、同じ景色を見たことがあるような気がする。店内の雰囲気も、窓の外の景色も。
「いらっしゃいませ」
一見、若そうな、それでいてやけに落ち着いた雰囲気を持った男性が、メニューとお水を持ってきてくれた。
ニッコリと笑うと、やっぱり若く見える。この人にも見覚えがあるような気がした。
他に店員さんの姿がないところをみると、この人がマスターだろうか?
夫と二人、同じ銘柄のコーヒーを注文した。
「かしこまりました……今日はご旅行ですか?」
不意な問いかけに、夫と二人、顔を見合わせた。ポッと顔が熱くなったのがわかる。夫のほうも、耳が赤い。
「ええ、新婚旅行の途中なんです」
「そうですか、それはおめでとうございます」
「ありがとうございます」
しきりに照れる夫の姿に、私はつい吹き出してしまった。男性が戻っていったあと、外のランプを眺めながら、二人でこのあとの予定や他愛もない話しをした。
店内にコーヒーの香りが漂っている。ほどなくして運ばれて来たのは、コーヒーとフルーツが綺麗にあしらわれたタルトだった。
「あの……これは頼んでないんですけど」
「実は今日から出すメニューなんです。新婚旅行だと仰られていたので……お祝いと言うほどのものでもありませんが、お嫌いでなければ是非」
「すみません、折角なのでありがたくいただきます」
ガチャッ! バーン!
――コロロロロン!
突然、勢い良く開かれた扉の音と、控えめだったカウベルが驚くほどけたたましく鳴り響き、女子高生が数人、入ってきた。
静かだった店内が一気ににぎやかになる。
「急ににぎやかになったね。でもなんだろう? 不思議と嫌な感じはしないな」
「ええ、そうね」
「それにしても本当に大きなランプだなぁ。真ん中の丸い電球は、満月みたいだ」
「私も同じことを思った」
背中に女子高生たちの笑い声を聞きながら、私たちはコーヒーとケーキを堪能した。
会計を済ませ、マスターにお礼を言ってドアを引いた。
「良かったねー! おめでとうー!」
女子高生のひときわ大きな声が、まるで私に言ったように聞こえて、思わず振り返った。
ちょうど入り口の方を向いていた、一人の女の子と目が合い、女の子は少し首をかしげながら頭を下げた。
私も会釈を返し、夫のあとを追って店を出た。
「いい感じのお店だったな。また来られるといいね」
白樺並木の下を駅まで歩きながら、夫はそう言った。
「ええ、また来ましょう、二人で」
差し出された手を握り、私はそう言って、もう一度ランプを振り返る。
琥珀色の淡い光は、日中の日差しにも負けず、柔らかく暖かな光を放っていた。
~1st 完~
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