ラスト・チケット

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
58 / 58
閑話

第1話 休息

しおりを挟む
 チリリン――。
 チリリン――。

 ガラスのベルが響く。

 真っ白な部屋の真ん中に、テーブルが一つとソファが四つ。

 ワゴンを押してテーブルの脇に立ち、真っ白なカップに琥珀色のお茶を注いで並べた。

「今回も、お疲れさまでした」

 ソファに腰をおろしている三人に向かって、サキカワはねぎらいの言葉をかけると、空いたソファに腰かけた。

「今回は、まんべんなく流れましたね」

 青の間のモトガワラは、そう言いながらカップを手にした。
 赤の間のイバラギが、テーブルの真ん中に設置されたスタンドから、マカロンをとって口へ放り込む。

「わたくしのところへは、今回はこないかと思いましたよ」

 口の中が甘いのか、すぐにお茶を飲み干して答えた。
 モトガワラとイバラギは、話しながら小皿にムースやチョコレートケーキ、スコーンを取り、甘味を堪能している。
 サキカワは二人のカップに、お茶を注いでやった。

「唐突なことだったはずですが、意外にも皆さま、落ち着いていらっしゃいましたから」

 サキカワは小皿にサンドイッチとキッシュを取り分け、オサナイに渡してやる。
 モトガワラとイバラギとは違い、オサナイは甘いものを好まない。

「いつまで気取った話しかたをしているつもりだ? おれは今回、二人も来るなんて思わなかった」

 オサナイがサンドイッチを頬ばりながら、砕けた口調で話しだすと、イバラギが笑う。

「オサナイは切り替えが早すぎるんですよ……」

 思わず苦笑して、サキカワは答えた。

「それにしても、今回は凄いのがいたな?」

 モトガワラはスタンドから次々にケーキを取り、腹に収めていく。
 全部の種類を食べきるつもりのようだ。

「サキカワを御付の執事だとでも思ったんだろうか?」

「おれのところでも、サキカワを呼べ! ってギャアギャア騒いでいたからな」

 オサナイとイバラギが、クスクスと含み笑いを漏らした。

「わたくしも、あの手のかたにお会いしたのは久しぶりでした」

 ときに感情的に、何度も呼ばれることはある。
 それでも、ああも何度も、横柄な態度で呼びだされることは、そうそうない。
 あんなふうに亡くなられても、己の欲望ばかりを叶えようとするのは、一定数は、いる。

「みんな映像を見て、出かけるのをやめてくれれば、俺たちも少しは楽になるんだけどなぁ」

 イバラギは伸びをして大あくびをしながら、そう言った。
 確かに、ああいう穏やかなかたが多いと、サキカワたちの仕事も楽になる。

 もしも、行ったことのない場所へも行かれるとしたら、もっといろいろな問題が起こったり、戻ってこないことも増えて、サキカワたちは翻弄されることになるだろう。
 基本的に入り口を担当している、サキカワは特に。

 送り出したあと、こうして雑談を交わしながら過ごす時間は、サキカワたちにとってのストレス発散になっている。
 こんな時間を持てないと、日々、やってくる新たな旅人に、笑顔を向けることなどできなくなるだろう。

 プツプツと、スピーカーが雑音を発した。

「ああ、次のかたがいらっしゃったようですね……次は団体ではなさそうですが」

「……まだ全部の種類を食べいていないのに」

 モトガワラは名残惜しそうに、手にした小皿をテーブルに置いた。
 妙に悲し気な表情をみて、オサナイがニヤニヤと笑っている。

「またあとで、続きをすればいいじゃあありませんか?」

 イバラギはそういいながら、立ち上がってスーツの襟を正し、ネクタイをきちんと締め直した。

 サキカワは真っ白な部屋の一カ所へと視線を向けた。
 銀色のドアハンドルが現れている。

 四人揃って立ちあがり、新たな旅人を迎えるために、それぞれの部屋へと戻っていく。
 手早く片づけをして、テーブルとソファを消すと、サキカワは『白の間』のドアの前へと向かった。



――人生という長い旅路を終えたみなさま。
 ようこそ、この「白の間」へお越しくださいました。
 中には短いかたもいらっしゃるかもしれませんが……大変お疲れさまでした――


- 完 -
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...