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閑話
第1話 休息
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チリリン――。
チリリン――。
ガラスのベルが響く。
真っ白な部屋の真ん中に、テーブルが一つとソファが四つ。
ワゴンを押してテーブルの脇に立ち、真っ白なカップに琥珀色のお茶を注いで並べた。
「今回も、お疲れさまでした」
ソファに腰をおろしている三人に向かって、サキカワはねぎらいの言葉をかけると、空いたソファに腰かけた。
「今回は、まんべんなく流れましたね」
青の間のモトガワラは、そう言いながらカップを手にした。
赤の間のイバラギが、テーブルの真ん中に設置されたスタンドから、マカロンをとって口へ放り込む。
「わたくしのところへは、今回はこないかと思いましたよ」
口の中が甘いのか、すぐにお茶を飲み干して答えた。
モトガワラとイバラギは、話しながら小皿にムースやチョコレートケーキ、スコーンを取り、甘味を堪能している。
サキカワは二人のカップに、お茶を注いでやった。
「唐突なことだったはずですが、意外にも皆さま、落ち着いていらっしゃいましたから」
サキカワは小皿にサンドイッチとキッシュを取り分け、オサナイに渡してやる。
モトガワラとイバラギとは違い、オサナイは甘いものを好まない。
「いつまで気取った話しかたをしているつもりだ? おれは今回、二人も来るなんて思わなかった」
オサナイがサンドイッチを頬ばりながら、砕けた口調で話しだすと、イバラギが笑う。
「オサナイは切り替えが早すぎるんですよ……」
思わず苦笑して、サキカワは答えた。
「それにしても、今回は凄いのがいたな?」
モトガワラはスタンドから次々にケーキを取り、腹に収めていく。
全部の種類を食べきるつもりのようだ。
「サキカワを御付の執事だとでも思ったんだろうか?」
「おれのところでも、サキカワを呼べ! ってギャアギャア騒いでいたからな」
オサナイとイバラギが、クスクスと含み笑いを漏らした。
「わたくしも、あの手のかたにお会いしたのは久しぶりでした」
ときに感情的に、何度も呼ばれることはある。
それでも、ああも何度も、横柄な態度で呼びだされることは、そうそうない。
あんなふうに亡くなられても、己の欲望ばかりを叶えようとするのは、一定数は、いる。
「みんな映像を見て、出かけるのをやめてくれれば、俺たちも少しは楽になるんだけどなぁ」
イバラギは伸びをして大あくびをしながら、そう言った。
確かに、ああいう穏やかなかたが多いと、サキカワたちの仕事も楽になる。
もしも、行ったことのない場所へも行かれるとしたら、もっといろいろな問題が起こったり、戻ってこないことも増えて、サキカワたちは翻弄されることになるだろう。
基本的に入り口を担当している、サキカワは特に。
送り出したあと、こうして雑談を交わしながら過ごす時間は、サキカワたちにとってのストレス発散になっている。
こんな時間を持てないと、日々、やってくる新たな旅人に、笑顔を向けることなどできなくなるだろう。
プツプツと、スピーカーが雑音を発した。
「ああ、次のかたがいらっしゃったようですね……次は団体ではなさそうですが」
「……まだ全部の種類を食べいていないのに」
モトガワラは名残惜しそうに、手にした小皿をテーブルに置いた。
妙に悲し気な表情をみて、オサナイがニヤニヤと笑っている。
「またあとで、続きをすればいいじゃあありませんか?」
イバラギはそういいながら、立ち上がってスーツの襟を正し、ネクタイをきちんと締め直した。
サキカワは真っ白な部屋の一カ所へと視線を向けた。
銀色のドアハンドルが現れている。
四人揃って立ちあがり、新たな旅人を迎えるために、それぞれの部屋へと戻っていく。
手早く片づけをして、テーブルとソファを消すと、サキカワは『白の間』のドアの前へと向かった。
――人生という長い旅路を終えたみなさま。
ようこそ、この「白の間」へお越しくださいました。
中には短いかたもいらっしゃるかもしれませんが……大変お疲れさまでした――
- 完 -
チリリン――。
ガラスのベルが響く。
真っ白な部屋の真ん中に、テーブルが一つとソファが四つ。
ワゴンを押してテーブルの脇に立ち、真っ白なカップに琥珀色のお茶を注いで並べた。
「今回も、お疲れさまでした」
ソファに腰をおろしている三人に向かって、サキカワはねぎらいの言葉をかけると、空いたソファに腰かけた。
「今回は、まんべんなく流れましたね」
青の間のモトガワラは、そう言いながらカップを手にした。
赤の間のイバラギが、テーブルの真ん中に設置されたスタンドから、マカロンをとって口へ放り込む。
「わたくしのところへは、今回はこないかと思いましたよ」
口の中が甘いのか、すぐにお茶を飲み干して答えた。
モトガワラとイバラギは、話しながら小皿にムースやチョコレートケーキ、スコーンを取り、甘味を堪能している。
サキカワは二人のカップに、お茶を注いでやった。
「唐突なことだったはずですが、意外にも皆さま、落ち着いていらっしゃいましたから」
サキカワは小皿にサンドイッチとキッシュを取り分け、オサナイに渡してやる。
モトガワラとイバラギとは違い、オサナイは甘いものを好まない。
「いつまで気取った話しかたをしているつもりだ? おれは今回、二人も来るなんて思わなかった」
オサナイがサンドイッチを頬ばりながら、砕けた口調で話しだすと、イバラギが笑う。
「オサナイは切り替えが早すぎるんですよ……」
思わず苦笑して、サキカワは答えた。
「それにしても、今回は凄いのがいたな?」
モトガワラはスタンドから次々にケーキを取り、腹に収めていく。
全部の種類を食べきるつもりのようだ。
「サキカワを御付の執事だとでも思ったんだろうか?」
「おれのところでも、サキカワを呼べ! ってギャアギャア騒いでいたからな」
オサナイとイバラギが、クスクスと含み笑いを漏らした。
「わたくしも、あの手のかたにお会いしたのは久しぶりでした」
ときに感情的に、何度も呼ばれることはある。
それでも、ああも何度も、横柄な態度で呼びだされることは、そうそうない。
あんなふうに亡くなられても、己の欲望ばかりを叶えようとするのは、一定数は、いる。
「みんな映像を見て、出かけるのをやめてくれれば、俺たちも少しは楽になるんだけどなぁ」
イバラギは伸びをして大あくびをしながら、そう言った。
確かに、ああいう穏やかなかたが多いと、サキカワたちの仕事も楽になる。
もしも、行ったことのない場所へも行かれるとしたら、もっといろいろな問題が起こったり、戻ってこないことも増えて、サキカワたちは翻弄されることになるだろう。
基本的に入り口を担当している、サキカワは特に。
送り出したあと、こうして雑談を交わしながら過ごす時間は、サキカワたちにとってのストレス発散になっている。
こんな時間を持てないと、日々、やってくる新たな旅人に、笑顔を向けることなどできなくなるだろう。
プツプツと、スピーカーが雑音を発した。
「ああ、次のかたがいらっしゃったようですね……次は団体ではなさそうですが」
「……まだ全部の種類を食べいていないのに」
モトガワラは名残惜しそうに、手にした小皿をテーブルに置いた。
妙に悲し気な表情をみて、オサナイがニヤニヤと笑っている。
「またあとで、続きをすればいいじゃあありませんか?」
イバラギはそういいながら、立ち上がってスーツの襟を正し、ネクタイをきちんと締め直した。
サキカワは真っ白な部屋の一カ所へと視線を向けた。
銀色のドアハンドルが現れている。
四人揃って立ちあがり、新たな旅人を迎えるために、それぞれの部屋へと戻っていく。
手早く片づけをして、テーブルとソファを消すと、サキカワは『白の間』のドアの前へと向かった。
――人生という長い旅路を終えたみなさま。
ようこそ、この「白の間」へお越しくださいました。
中には短いかたもいらっしゃるかもしれませんが……大変お疲れさまでした――
- 完 -
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