52 / 58
榎木 勝太
第3話 おれの三日目
しおりを挟む
――三日目――
おれは朝から競輪場へと向かった。
行き先は、ちょっと遠いが、立川だ。
今日、ここで開催があるから、人が多い。
おれは集まる人波を眺めて、なるべく金を持っていそうなヤツを選ぶと、シンちゃんにやったように、その体に触れた。
視界が変わる瞬間が、ぐにゃりとして気持ちが悪いけれど、一回、乗り移るともう自分の体と同じだ。
財布を取り出して、中身を確認する。
「結構、持ってるじゃねぇか……飲み食いしても残るくらい、儲けりゃあ文句はねえだろう?」
さっそく、憑いた相手が持っていた新聞に目を通す。
正直……競輪は勝った経験が少ない。
「まぁ、競馬ほど来ないしな……」
悩みに悩んで、車券を買うと、チマチマと当たる。
大きくは増えないけれど、当たれば気分がいいし、増えているだけマシだろう。
「飲み代くらい稼げりゃあいいか」
どうせ金が残っても、自分のものにはならないし、儲けたぶんでなにかを買ったところで、これも自分のものにはならない。
欲がないのが幸いしたのか、レースが終わるころには、そこそこ儲けが出た。
駅前に戻り、時計を見ると、まだ昼過ぎだ。
「なんだよ……? ずいぶんと早く終わっちまったな……」
この辺りの店で、行ったことがあるのは……蕎麦屋か牛丼屋くらいなものだ。
そんないつでも食えるものじゃあなく、ちょっと高そうな店に入りたい。
ステーキ屋の前で、足を止めた。
来たことはないけれど、入れるだろうか?
入り口のドアを押してみると、意外にも中へ入れた。
「……来たことがねぇのに、入れるじゃんか」
行ったことがある場所だけというのは、嘘だったか?
入れたのをいいことに、一番高いステーキと、ワインを頼んだ。
「高ぇだけあるな。うまいもんだわ……」
若いころは、こんなものをいつでも食べられるような、そんな生活を送るつもりでいた。
出世して偉くなって、高給取りになると、漠然と思っていたはずなのに。
いつ、なにを、どう間違って、こんな自分になったのか。
最初に入った会社で、先輩や上司の嫌味に耐えて続けていたら良かったのか?
そのあと入った会社で、不倫をしたのがバレなければ良かったのか?
いや、そもそも、不倫なんてしなきゃあ良かったのか?
辛い仕事も怠けずに、二十四時間、戦えば良かったんだろうか?
「へっ……馬鹿らしい……」
転職を繰り返すたびに、働く条件が悪くなっていき、給料も下がっていき、最後はバイトで食いつないだ。
あとは、一緒に暮らした女房たちの、稼ぎ任せだ。
軽いヒモのような暮らしだけれど、おれはそれで良かった。
誰もかれもが、口を開けば「働け」「稼げ」ばかりだった。
両親や兄弟も、金を無心にいくほどに、だんだんとおれに冷たくなっていき、最後は縁を切られた。
何年か前に、実家を訪ねたときには、どこかへ引っ越して知らない人間が住んでいた。
「どいつもこいつも……」
古い友人たちとも、気づけば疎遠になっていて、年賀状のやり取りさえなくなった。
同窓会もあるんだかないんだか、通知さえ来ない。
せっかくのワインも、味気なく感じてきて、おれは会計を済ませて店を出ると、そのまま男から離れてアパートへと戻った。
最寄り駅に着くと、そのまままた、パチンコ屋へと顔を出す。
慣れ親しんだ街は、居心地がいい。
昨日はシンちゃんを儲けさせてやったから、今度は別の常連の加藤さんを選んだ。
もうすでにフィーバーしていたけれど、確変が終わったタイミングで一度、換金してから、スロット台に移った。
――あら? 加藤さん今日はスロット? 珍しいわね?
――なんだよ加藤さん、スロットなんていつも打たないじゃないか?
「まあ、たまには、な」
そう答えて打ち始める。
さっき換金したから、懐は豊かだ。
スイスイ金が吸い込まれていくけれど、そのまま打ち続ける。
しばらくすると、当たりがきた。
スリーセブンだ。
今日もコインを缶コーヒーやジュースに変えると、いつもの面々に配っていく。
よく顔を合わせる婆ちゃんや爺ちゃんが、今日は出ないといって早く帰っていくのを見送った。
当たりはしばらく続き、閉店まででだいぶ稼いだ。
「死んでからこんなに引きがよくなるなんてな……生きてるうちに当たれってんだよ」
それでも自分で打つのは、やっぱり面白い。
ただ、今日はなぜか飲みに行く気になれず、そのまま家に戻った。
おれは朝から競輪場へと向かった。
行き先は、ちょっと遠いが、立川だ。
今日、ここで開催があるから、人が多い。
おれは集まる人波を眺めて、なるべく金を持っていそうなヤツを選ぶと、シンちゃんにやったように、その体に触れた。
視界が変わる瞬間が、ぐにゃりとして気持ちが悪いけれど、一回、乗り移るともう自分の体と同じだ。
財布を取り出して、中身を確認する。
「結構、持ってるじゃねぇか……飲み食いしても残るくらい、儲けりゃあ文句はねえだろう?」
さっそく、憑いた相手が持っていた新聞に目を通す。
正直……競輪は勝った経験が少ない。
「まぁ、競馬ほど来ないしな……」
悩みに悩んで、車券を買うと、チマチマと当たる。
大きくは増えないけれど、当たれば気分がいいし、増えているだけマシだろう。
「飲み代くらい稼げりゃあいいか」
どうせ金が残っても、自分のものにはならないし、儲けたぶんでなにかを買ったところで、これも自分のものにはならない。
欲がないのが幸いしたのか、レースが終わるころには、そこそこ儲けが出た。
駅前に戻り、時計を見ると、まだ昼過ぎだ。
「なんだよ……? ずいぶんと早く終わっちまったな……」
この辺りの店で、行ったことがあるのは……蕎麦屋か牛丼屋くらいなものだ。
そんないつでも食えるものじゃあなく、ちょっと高そうな店に入りたい。
ステーキ屋の前で、足を止めた。
来たことはないけれど、入れるだろうか?
入り口のドアを押してみると、意外にも中へ入れた。
「……来たことがねぇのに、入れるじゃんか」
行ったことがある場所だけというのは、嘘だったか?
入れたのをいいことに、一番高いステーキと、ワインを頼んだ。
「高ぇだけあるな。うまいもんだわ……」
若いころは、こんなものをいつでも食べられるような、そんな生活を送るつもりでいた。
出世して偉くなって、高給取りになると、漠然と思っていたはずなのに。
いつ、なにを、どう間違って、こんな自分になったのか。
最初に入った会社で、先輩や上司の嫌味に耐えて続けていたら良かったのか?
そのあと入った会社で、不倫をしたのがバレなければ良かったのか?
いや、そもそも、不倫なんてしなきゃあ良かったのか?
辛い仕事も怠けずに、二十四時間、戦えば良かったんだろうか?
「へっ……馬鹿らしい……」
転職を繰り返すたびに、働く条件が悪くなっていき、給料も下がっていき、最後はバイトで食いつないだ。
あとは、一緒に暮らした女房たちの、稼ぎ任せだ。
軽いヒモのような暮らしだけれど、おれはそれで良かった。
誰もかれもが、口を開けば「働け」「稼げ」ばかりだった。
両親や兄弟も、金を無心にいくほどに、だんだんとおれに冷たくなっていき、最後は縁を切られた。
何年か前に、実家を訪ねたときには、どこかへ引っ越して知らない人間が住んでいた。
「どいつもこいつも……」
古い友人たちとも、気づけば疎遠になっていて、年賀状のやり取りさえなくなった。
同窓会もあるんだかないんだか、通知さえ来ない。
せっかくのワインも、味気なく感じてきて、おれは会計を済ませて店を出ると、そのまま男から離れてアパートへと戻った。
最寄り駅に着くと、そのまままた、パチンコ屋へと顔を出す。
慣れ親しんだ街は、居心地がいい。
昨日はシンちゃんを儲けさせてやったから、今度は別の常連の加藤さんを選んだ。
もうすでにフィーバーしていたけれど、確変が終わったタイミングで一度、換金してから、スロット台に移った。
――あら? 加藤さん今日はスロット? 珍しいわね?
――なんだよ加藤さん、スロットなんていつも打たないじゃないか?
「まあ、たまには、な」
そう答えて打ち始める。
さっき換金したから、懐は豊かだ。
スイスイ金が吸い込まれていくけれど、そのまま打ち続ける。
しばらくすると、当たりがきた。
スリーセブンだ。
今日もコインを缶コーヒーやジュースに変えると、いつもの面々に配っていく。
よく顔を合わせる婆ちゃんや爺ちゃんが、今日は出ないといって早く帰っていくのを見送った。
当たりはしばらく続き、閉店まででだいぶ稼いだ。
「死んでからこんなに引きがよくなるなんてな……生きてるうちに当たれってんだよ」
それでも自分で打つのは、やっぱり面白い。
ただ、今日はなぜか飲みに行く気になれず、そのまま家に戻った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
見捨てられたのは私
梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。
ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。
ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。
何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
吉原遊郭一の花魁は恋をした
佐武ろく
ライト文芸
飽くなき欲望により煌々と輝く吉原遊郭。その吉原において最高位とされる遊女である夕顔はある日、八助という男と出会った。吉原遊郭内にある料理屋『三好』で働く八助と吉原遊郭の最高位遊女の夕顔。決して交わる事の無い二人の運命はその出会いを機に徐々に変化していった。そしていつしか夕顔の胸の中で芽生えた恋心。だが大きく惹かれながらも遊女という立場に邪魔をされ思い通りにはいかない。二人の恋の行方はどうなってしまうのか。
※この物語はフィクションです。実在の団体や人物と一切関係はありません。また吉原遊郭の構造や制度等に独自のアイディアを織り交ぜていますので歴史に実在したものとは異なる部分があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる