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井手口 隆久
第8話 旅立ち ~井手口 隆久~
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目を開けると、わたしはあの真っ白な部屋で、卵型のソファーに座っていた。
確か、チケットを使って二日間、出かけていたと思ったけれど……。
映像を見ながら、夢でも見たんだろうか?
「井手口さま。七日間、お疲れさまでした。有意義なお時間を過ごせましたでしょうか?」
「えっ……?」
ソファーから体を起こすと、サキカワさんが立っていた。
ちょうどサキカワさんの頭上に、壁掛け時計がみえて、時間は二十時十九分を指している。
そういえば、戻ってきたのが期限よりだいぶ早かった。
残った時間をどうするかとサキカワさんに聞かれて、わたしは少し、休むことにしたんだった。
「すみません、休むといったのを忘れていました」
「構いません。ゆっくりお休みになられたようで、なによりです」
「はい。それに……映像を見たことで、出かけることもできましたし……ありがとうございました」
わたしが頭をさげると、サキカワさんは笑顔のままでうなずいた。
「私はなにもしておりません。すべて井手口さまご自身で選び、選択された結果でございますから」
そうか。
わたしは、最後の最後で、自分でしっかり選んで決めたのか。
家族を失ってから、流されるように生きてきた。
深く考えることもせず、ただ流されていた気がする。
映像を見ながら、いくつかの選択肢を選び間違えたんじゃあないかとも思った。
けれど……。
基樹と浩三おじさんに、ちゃんとお礼を言いに行くことができた。
本当なら、生きて伝えるべきだったんだろうけれど、こうならなかったら、言えなかったに違いない。
両親と祖父母のお墓を訪れることもできた。
一方的に話しかけただけだったけれど、聞いていてくれたんじゃあないかと思う。
「それでは、チケットをお返しいただきます」
サキカワさんが胸のあたりで手にしている黒革のトレイに、チケットが吸い寄せられるように乗った。
「それでは、お時間でございます。井手口さまには、あちらの扉からお進みいただきます」
「あ、あの……時間がないのはわかっているんですが、お聞きしたいことが……」
「なんでございましょう?」
「さっき……映像を見たときに、事故の瞬間をみたんです」
サキカワさんは笑顔を崩さないまま、黙っている。
「それで……その……あのときわたしの腕を取って、庇ってくれようとした男性がいたんですが、彼は無事だったんでしょうか?」
「……無事、とはいえませんが……」
「確かに、それもそうですよね。彼は助かったんでしょうか?」
「つい先ほど、この白の間より旅立たれました」
ああ……。
やっぱり亡くなってしまったのか。
あれだけの衝撃だったんだ……当然だろう。
名前も知らないし顔も咄嗟のことで覚えていなかったけれど、あの映像で確認はできた。
たまたま居合わせただけのわたしを助けようとしてくれた彼に、会ってありがとうと伝えたい。
「わたしもこの先へ進めば、彼に追いつくことができるんでしょうか? できればあのときの、お礼を言いたいんですが」
「残念ですが……この旅は、どなたさまも最後まで、お一人で歩まなければなりません」
「一人で……」
「もっとも、私の管轄は、この白の間のみ。それより先になにがあり、どのようになるのかは把握しておりません」
サキカワさんは、生まれ変わるための手順に、いくつかの手続きがあるけれど、それが済んだのち、どうなるのかはわからないといった。
「生まれ変わるまでの時間もそれぞれという噂がございます。そのあいだに先に進まれた方々とお会いできる可能性もあるのかと……」
「そうですか。わかりました。まずは先へ進んでみることにします」
サキカワさんは満足そうな優しい表情を浮かべると、壁に向かって手を差し伸べた。
「お時間でございます。井出口さまには、あちらの扉から先へ進んでいただきます」
壁には金色のレバーがついている。
わたしはそのレバーをつかみ、扉を開いた。
「それでは井手口さま、いってらっしゃいませ」
わたしは一度、サキカワさんを振り返り、頭をさげてから扉をくぐった。
まぶしい光に体を包まれながら、この先で会いたい人たちに会えるときのことを思いながら。
【井手口 隆久 41歳 男 仕分け工場派遣社員 白の間より旅立ち】
確か、チケットを使って二日間、出かけていたと思ったけれど……。
映像を見ながら、夢でも見たんだろうか?
「井手口さま。七日間、お疲れさまでした。有意義なお時間を過ごせましたでしょうか?」
「えっ……?」
ソファーから体を起こすと、サキカワさんが立っていた。
ちょうどサキカワさんの頭上に、壁掛け時計がみえて、時間は二十時十九分を指している。
そういえば、戻ってきたのが期限よりだいぶ早かった。
残った時間をどうするかとサキカワさんに聞かれて、わたしは少し、休むことにしたんだった。
「すみません、休むといったのを忘れていました」
「構いません。ゆっくりお休みになられたようで、なによりです」
「はい。それに……映像を見たことで、出かけることもできましたし……ありがとうございました」
わたしが頭をさげると、サキカワさんは笑顔のままでうなずいた。
「私はなにもしておりません。すべて井手口さまご自身で選び、選択された結果でございますから」
そうか。
わたしは、最後の最後で、自分でしっかり選んで決めたのか。
家族を失ってから、流されるように生きてきた。
深く考えることもせず、ただ流されていた気がする。
映像を見ながら、いくつかの選択肢を選び間違えたんじゃあないかとも思った。
けれど……。
基樹と浩三おじさんに、ちゃんとお礼を言いに行くことができた。
本当なら、生きて伝えるべきだったんだろうけれど、こうならなかったら、言えなかったに違いない。
両親と祖父母のお墓を訪れることもできた。
一方的に話しかけただけだったけれど、聞いていてくれたんじゃあないかと思う。
「それでは、チケットをお返しいただきます」
サキカワさんが胸のあたりで手にしている黒革のトレイに、チケットが吸い寄せられるように乗った。
「それでは、お時間でございます。井手口さまには、あちらの扉からお進みいただきます」
「あ、あの……時間がないのはわかっているんですが、お聞きしたいことが……」
「なんでございましょう?」
「さっき……映像を見たときに、事故の瞬間をみたんです」
サキカワさんは笑顔を崩さないまま、黙っている。
「それで……その……あのときわたしの腕を取って、庇ってくれようとした男性がいたんですが、彼は無事だったんでしょうか?」
「……無事、とはいえませんが……」
「確かに、それもそうですよね。彼は助かったんでしょうか?」
「つい先ほど、この白の間より旅立たれました」
ああ……。
やっぱり亡くなってしまったのか。
あれだけの衝撃だったんだ……当然だろう。
名前も知らないし顔も咄嗟のことで覚えていなかったけれど、あの映像で確認はできた。
たまたま居合わせただけのわたしを助けようとしてくれた彼に、会ってありがとうと伝えたい。
「わたしもこの先へ進めば、彼に追いつくことができるんでしょうか? できればあのときの、お礼を言いたいんですが」
「残念ですが……この旅は、どなたさまも最後まで、お一人で歩まなければなりません」
「一人で……」
「もっとも、私の管轄は、この白の間のみ。それより先になにがあり、どのようになるのかは把握しておりません」
サキカワさんは、生まれ変わるための手順に、いくつかの手続きがあるけれど、それが済んだのち、どうなるのかはわからないといった。
「生まれ変わるまでの時間もそれぞれという噂がございます。そのあいだに先に進まれた方々とお会いできる可能性もあるのかと……」
「そうですか。わかりました。まずは先へ進んでみることにします」
サキカワさんは満足そうな優しい表情を浮かべると、壁に向かって手を差し伸べた。
「お時間でございます。井出口さまには、あちらの扉から先へ進んでいただきます」
壁には金色のレバーがついている。
わたしはそのレバーをつかみ、扉を開いた。
「それでは井手口さま、いってらっしゃいませ」
わたしは一度、サキカワさんを振り返り、頭をさげてから扉をくぐった。
まぶしい光に体を包まれながら、この先で会いたい人たちに会えるときのことを思いながら。
【井手口 隆久 41歳 男 仕分け工場派遣社員 白の間より旅立ち】
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