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井手口 隆久
第6話 わたしの六日目
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サキカワさんにチケットの使いかたを教わり、わたしはまず、基樹に会いにいった。
基樹は浩三おじさんと同じ会社に就職をしている。
今では役職についていたはずだ。
外は朝のようで、行き交う人も多く、わたしは手近の青い者両に乗った。
基樹の家には、何度か招待されて会いに行ったことがある。
恐らく出勤前だろうと思う。
浩三おじさんのところへも、アパートを借りてくれたり、仕事に就くうえで助言を貰ったことのお礼を言いに行こう。
江梨子おばさんのことは、死んでしまった今でも許せずにいる。
わたしは浩三おじさんには、会社のほうへ会いに行くことにした。
「基樹さん、まだ家にいるかな?」
わたしは基樹の家の最寄り駅で下者すると、記憶を頼りに急ぎ足で向かった。
ここへ来るのは何年ぶりだろうか。
まだ祥子が結婚をする前で、駅で待ち合わせをして、基樹に迎えに来てもらった気がする。
「あった……良かった。引っ越したりしてなくて」
インターホンを押そうと触れた指先が、そのまま通り抜けて驚いた。
「あー……実体がないってこういうことになるんだな……」
周囲の誰にも認識されないとわかっても、コソ泥にでも入るような気持で落ち着かない。
ソロリソロリと玄関を抜け、廊下を進んでいく。
奥の部屋から基樹と子どもたちの声が聞こえてくる。
奥さんの笑い声もだ。
学校へ行く準備をしているんだろうか。
あれがない、これがないと、部屋とリビングを行ったり来たりしていた。
基樹の家庭の雰囲気は、わたしがお世話になってきた秀樹おじさんや、江梨子おばさんの家の雰囲気とはまるで違う。
そう思いたいだけなのかもしれないけれど、基樹の家は、わたしが両親と暮らしていたころや、父と祖父母と暮らしていた家の雰囲気と似ている。
本当はわたしも、こんな家庭に恵まれたかった。
わたし自身が暖かい家庭をつくればよかった。
十数分ほど基樹の家族を眺めてから、わたしは基樹の側へ行き、頭を下げた。
「基樹さん、勉強、いつも教えてくれてありがとう。いろいろなことでも、力になってくれて、気にかけてくれて、本当にありがとう」
当然、聞こえていないんだから、反応はないはずなのに、新聞に落としていた基樹の視線が部屋の中をグルッと動いた。
――なんか言った?
――え? 私はなにも言ってないけど?
――あれ? 呼ばれたような気がしたんだけどな。
気づかれてはいないようだ。
少し驚いたけれど、もう一度、お礼をいって頭を下げ、基樹の家をあとにした。
玄関を出るときも、わたしはやっぱり見えやしないのに、誰かに見咎められるんじゃあないかとビクビクしながら通り抜けた。
これから登校する小学生たちが、家の前の通りを駆け抜けていき、わたしはそれとは逆方向に歩きだした。
駅へと戻り、今度は浩三おじさんの会社を思い浮かべた。
通勤時間だからだろうか?
者両はたくさん現れた。
乗者してからふと気づく。
浩三おじさんと基樹は同じ会社なんだから、基樹に乗ればよかっただろうか?
さっきはのんびりしていたけれど、今ごろは家を出ているかもしれない。
「まぁ……どっちでもいいか」
電車を乗り継ぎ、三十分ほどで都内の大きなビルにたどり着いた。
ここでも、つい挙動不審になってしまう。
人が多いから、霊感の強い人がいたりするだろうか?
サキカワさんには、黄色と赤の者両は乗ってはいけないと言われたけれど、今のところ、わたしは青しかみていない。
広いロビーを見渡し、浩三おじさんの姿を探してみるも、まだ早すぎるのか、なかなか姿が見えない。
昔、基樹さんに連れられて通されたのは、ビルの五階のフロアだったけれど、今は出世もしているし、席が変わっているだろう。
まさか、定年で退職したなんてことは……?
わたしの横を通りすぎた男性の口から『加賀専務』と聞こえた。
その男性のあとを急いで追っていくと、浩三おじさんが入り口を入ってきたのがみえた。
男性と一緒にそのそばに駆け寄り、あとについて歩いた。
二人はロビーの片隅にある打ち合わせブースに腰をおろし、すぐに仕事の話をしている。
わたしは空いた椅子に腰をおろして、その様子を眺めていた。
なにを話しているのかはまったくわからなかったけれど、男性がなにか失敗をして、その対処を話し合っているのはわかった。
おじさんの立場になると、こういう話しもしないといけないのか?
わたしが経験してきた業務内容とは、あまりにも違いすぎて、二人の話のなにもかもがわからない。
数十分が過ぎてようやく答えが出たのか、男性は盛んに頭をさげてエレベーターのほうへと走って行った。
――ふ~……。
朝、出勤して早々にトラブルに見舞われたからか、浩三おじさんは深く息をついた。
わたしはおじさんの正面に座り直した。
「浩三おじさん、江梨子おばさんのことは許せないけれど、いろいろと援助や世話をしてくれて、ありがとうございました」
結局、大学へは行かなかったけれど、高校卒業までのあいだ、アパートを借りてくれたのはありがたかった。
わたしが食費を受けとらなかったから、食材や弁当、総菜を基樹や祥子に持たせて差し入れてくれたのも、本当に助かった。
それになにより、『学費の心配はしなくていいから、大学へはいっておきなさい』そういってくれたことが、心底嬉しいと思ったのだ。
江梨子おばさんのしでかしたことへの償いのつもりだったのかもしれない。
それでもわたしには、進学を進めてくれたこと自体が、わたしの存在を認めてくれたようで嬉しかったのだ。
「事故に遭ったことで、このあと、面倒をおかけしてしまうかもしれませんが……通夜や葬儀はなくていいです。でも……できるなら、両親や祖父母と同じ墓に入れてくれるとありがたいです」
伝わるかはわからないけれど、わたしは自分の希望を伝え、最後にまた頭をさげて、この場をあとにした。
基樹は浩三おじさんと同じ会社に就職をしている。
今では役職についていたはずだ。
外は朝のようで、行き交う人も多く、わたしは手近の青い者両に乗った。
基樹の家には、何度か招待されて会いに行ったことがある。
恐らく出勤前だろうと思う。
浩三おじさんのところへも、アパートを借りてくれたり、仕事に就くうえで助言を貰ったことのお礼を言いに行こう。
江梨子おばさんのことは、死んでしまった今でも許せずにいる。
わたしは浩三おじさんには、会社のほうへ会いに行くことにした。
「基樹さん、まだ家にいるかな?」
わたしは基樹の家の最寄り駅で下者すると、記憶を頼りに急ぎ足で向かった。
ここへ来るのは何年ぶりだろうか。
まだ祥子が結婚をする前で、駅で待ち合わせをして、基樹に迎えに来てもらった気がする。
「あった……良かった。引っ越したりしてなくて」
インターホンを押そうと触れた指先が、そのまま通り抜けて驚いた。
「あー……実体がないってこういうことになるんだな……」
周囲の誰にも認識されないとわかっても、コソ泥にでも入るような気持で落ち着かない。
ソロリソロリと玄関を抜け、廊下を進んでいく。
奥の部屋から基樹と子どもたちの声が聞こえてくる。
奥さんの笑い声もだ。
学校へ行く準備をしているんだろうか。
あれがない、これがないと、部屋とリビングを行ったり来たりしていた。
基樹の家庭の雰囲気は、わたしがお世話になってきた秀樹おじさんや、江梨子おばさんの家の雰囲気とはまるで違う。
そう思いたいだけなのかもしれないけれど、基樹の家は、わたしが両親と暮らしていたころや、父と祖父母と暮らしていた家の雰囲気と似ている。
本当はわたしも、こんな家庭に恵まれたかった。
わたし自身が暖かい家庭をつくればよかった。
十数分ほど基樹の家族を眺めてから、わたしは基樹の側へ行き、頭を下げた。
「基樹さん、勉強、いつも教えてくれてありがとう。いろいろなことでも、力になってくれて、気にかけてくれて、本当にありがとう」
当然、聞こえていないんだから、反応はないはずなのに、新聞に落としていた基樹の視線が部屋の中をグルッと動いた。
――なんか言った?
――え? 私はなにも言ってないけど?
――あれ? 呼ばれたような気がしたんだけどな。
気づかれてはいないようだ。
少し驚いたけれど、もう一度、お礼をいって頭を下げ、基樹の家をあとにした。
玄関を出るときも、わたしはやっぱり見えやしないのに、誰かに見咎められるんじゃあないかとビクビクしながら通り抜けた。
これから登校する小学生たちが、家の前の通りを駆け抜けていき、わたしはそれとは逆方向に歩きだした。
駅へと戻り、今度は浩三おじさんの会社を思い浮かべた。
通勤時間だからだろうか?
者両はたくさん現れた。
乗者してからふと気づく。
浩三おじさんと基樹は同じ会社なんだから、基樹に乗ればよかっただろうか?
さっきはのんびりしていたけれど、今ごろは家を出ているかもしれない。
「まぁ……どっちでもいいか」
電車を乗り継ぎ、三十分ほどで都内の大きなビルにたどり着いた。
ここでも、つい挙動不審になってしまう。
人が多いから、霊感の強い人がいたりするだろうか?
サキカワさんには、黄色と赤の者両は乗ってはいけないと言われたけれど、今のところ、わたしは青しかみていない。
広いロビーを見渡し、浩三おじさんの姿を探してみるも、まだ早すぎるのか、なかなか姿が見えない。
昔、基樹さんに連れられて通されたのは、ビルの五階のフロアだったけれど、今は出世もしているし、席が変わっているだろう。
まさか、定年で退職したなんてことは……?
わたしの横を通りすぎた男性の口から『加賀専務』と聞こえた。
その男性のあとを急いで追っていくと、浩三おじさんが入り口を入ってきたのがみえた。
男性と一緒にそのそばに駆け寄り、あとについて歩いた。
二人はロビーの片隅にある打ち合わせブースに腰をおろし、すぐに仕事の話をしている。
わたしは空いた椅子に腰をおろして、その様子を眺めていた。
なにを話しているのかはまったくわからなかったけれど、男性がなにか失敗をして、その対処を話し合っているのはわかった。
おじさんの立場になると、こういう話しもしないといけないのか?
わたしが経験してきた業務内容とは、あまりにも違いすぎて、二人の話のなにもかもがわからない。
数十分が過ぎてようやく答えが出たのか、男性は盛んに頭をさげてエレベーターのほうへと走って行った。
――ふ~……。
朝、出勤して早々にトラブルに見舞われたからか、浩三おじさんは深く息をついた。
わたしはおじさんの正面に座り直した。
「浩三おじさん、江梨子おばさんのことは許せないけれど、いろいろと援助や世話をしてくれて、ありがとうございました」
結局、大学へは行かなかったけれど、高校卒業までのあいだ、アパートを借りてくれたのはありがたかった。
わたしが食費を受けとらなかったから、食材や弁当、総菜を基樹や祥子に持たせて差し入れてくれたのも、本当に助かった。
それになにより、『学費の心配はしなくていいから、大学へはいっておきなさい』そういってくれたことが、心底嬉しいと思ったのだ。
江梨子おばさんのしでかしたことへの償いのつもりだったのかもしれない。
それでもわたしには、進学を進めてくれたこと自体が、わたしの存在を認めてくれたようで嬉しかったのだ。
「事故に遭ったことで、このあと、面倒をおかけしてしまうかもしれませんが……通夜や葬儀はなくていいです。でも……できるなら、両親や祖父母と同じ墓に入れてくれるとありがたいです」
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