ラスト・チケット

釜瑪 秋摩

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金田 千冬

第6話 私の六日目

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――六日目――

 この日は朝から正樹と二人で子どもたちの様子を見ていた。
 あの女の話は、輝樹も流里もよく理解していないようで、すぐに忘れた様子だけれど、流歌は私の両親に、正樹から聞いた話をしたようだ。
 きっと流歌の心には傷を残したに違いないけれど、事情をわかっている両親がそばにいれば、その傷が広がることはないだろう。

 父は仕事へ行き、母は子どもたちと一緒に家事をしたり料理を教えたりしている。
 これから少しずつ、ゆっくりといろいろな思いを解消してくれればいいのだけれど。
 この先、みんなに穏やかな時間が流れてくれればいいと思う。

「家のこととか、学校のこととか、きっと考えなければならないことはたくさんあるよね」
「そうね……保険のこととかも、手続きだなんだって、面倒なことがいっぱいだもん」
「お義父さんとお義母さんには苦労をかけちゃうな」
「うん……」

 保険の証券や諸々の書類はひとまとめにしてあるから、片づけをしていくうちに気づくだろうけれど、あまり遅くては意味がない。
 そのあたりが、少し不安でもある。

「でも、そういうことも、きっとわかっていると思うから」
「そうだね」

 なにかあったときのために、わかりやすく伝える手段を残しておけば良かったんだろうけれど、こんな突然に二人そろって死んでしまうなんて、私たちでなくても考えもしない気がする。
 夜になって、母は子どもたちを早めに寝かせた。
 父が帰ってきたとき、典子と正樹の同僚の池端さんが一緒だった。

――昨日は本当に申し訳ありませんでした。
――私たちも気をつけてはいたんですけど……お通夜には来なかったので油断していました。
――いえいえ、お二人が頭を下げることではありませんから。お気遣いいただいてありがとうございます。
――本当に……先に教えておいていただけたので、こちらも多少なりとも対処できましたのでね。

 私も正樹も驚いた。
 どうやら典子たちが先にあの女の存在を、両親や葬儀社の人たちに伝えてくれていたようだ。

「いつの間に……私、全然知らなかった……」
「俺もだ。池端と下村さんが一緒にいるのはなんでだ?」

 正樹のつぶやきに、そういえばおとといのランチで、松山さんの友人と連絡を取るような話しをしていたっけ。

――でも、結局はあんなことになってしまって……。
――それでも、私たちも知らない場所で子どもたちになにかあるよりは、良かったと思いますから。

 池端さんの話しでは、あの女は実家のある遠い県に連れ戻されたらしい。
 過去にも、ほかの複数の男性と揉めたことがあったようだ。
 そんなふうであれば、今は正樹に執着していても、すぐにほかの人へ移っていったんだろう。

「なんにせよ、子どもたちになにごともなくて良かった」
「うん……」

 最後まで何度も頭を下げて帰っていく二人に、くれぐれも気に病まないように言葉をかけた。
 両親も私たちと同じように「気に病まないでください」と伝えていた。
 
――それにしても、流里が成人するまでまだ九年もあるか……。
――まだまだ現役で頑張らないと。それに、成人までは九年ですけど、結婚までだと二十年はあるわよ。
――そんなにか! それじゃあ三十を超えるじゃあないか。
――だって、今の子は晩婚も多いっていうし……ねえ?
――む……長いな。
――お互い、健康でいないと。

 二人とももう若くはない。
 難しくなる年ごろの子どもが三人もいては、気苦労だけでも相当だろうし、体力的にも大変なことだろう。
 私の隣で正樹もなんともいえない表情をしている。
 やがて両親も眠りにつき、正樹と二人きりになった。

「……私、正樹に謝らないと、って思っていたのよね。本当にごめんなさい」
「なんだよ? 急に」
「だって……私がもっとちゃんと話しを聞いていたら……」
「ああ……」
「そうしたらきっと、こんなことには……なっていなかっただろうし……」

 後悔に苛まれて涙がこぼれる。

「正直、なんでちゃんと話しを聞いてくれないんだ、って腹は立ったよ」
「だよね……」
「でも、こうなったのはさ……別に千冬のせいじゃあないだろう? 悪いのは追突してきた運転手だ」
「追突してきた……って?」
「覚えていないのか? あの交差点で車が突っ込んできて……それで俺たち……」
「あのとき、なにが起きたのか覚えていないのよ」

 交差点で止まっていたとき、バックミラーに後ろから凄いスピードで近づいてくる車がみえたと正樹はいった。
 私を庇おうと名前を呼んだ瞬間、追突をされた勢いで前の車に衝突して、私たちの車は押し出されて中央分離帯に乗り上げてひっくり返ったそうだ。
 相当な衝撃だったようで、私たちの前にいた車は、歩道へ突っ込んだという。

「そんな大きな事故だったなんて……」
「俺は少しのあいだ、意識があったから……周りの騒ぎも聞こえていたんだ」

 正樹は白の間でもらったチケットをみせてくれた。
 日付は私の翌日で、一時五分となっていた。
 そういえば、私が病院へ着いて少しして亡くなったんだ……。

「千冬は明日、最後の一日だろう? その……千冬が嫌じゃなければ、少し早めに家を出て、横浜にいかないか?」
「横浜に……?」

 なんでなんて聞くまでもない。
 良く一緒にデートをした場所だ。

「子どもたちのことは気がかりだけど、千冬が戻る時間に、俺も一緒に戻るからさ」
「だって……」
「夕方までここにいて、夜に向こうに着くようにさ……少しだけ二人でいる時間、くれないかな」

 正樹の気持ちも少しはわかる。
 最初の何日かは顔を合わせることもなかったから。
 ポケットを探ってチケットを確認した。まだ手もとにあるということは、戻れるということだ。

「わかった。そうしよう」

 日付が変わった。
 残る時間は、あと少しだ。
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